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ビショッカーの侵略 おにぎりの場合

鬼斬梅子は、いわゆるお嬢様であった。ご先祖様は嘘かホントかずっとたどっていけば桃太郎にたどり着くのだとは、よくよく乳母から聞かされた言葉である。
つややかな黒髪と品のある佇まいはまさにお嬢様然としていて、小さい頃から厳しい躾とお稽古の数々をこなしてきた賜物であった。彼女自身、家の恥に、両親の誇りになるようにと務めていた部分も往々にしてある。だから、彼女のささやかな趣味は誰にも秘密なのだった。

「誰にも言えませんよね。まさか、コンビニで買い食いしているなんて」

お嬢様である彼女がコンビニに行く理由などない。生活雑貨などは自分で見繕うことなどないし、料理やお菓子だってそうだ。出されるものは全て家で雇われたプロの料理人がつくり上げる完璧で、見た目にも美味しい食べ物立ち。だが、その中に彼女の大好きな食べ物は決して入っていないのだ。

「もぐもぐ。ああ、美味しい。海苔がパリっときいて、梅の味が舌にとろけて」

彼女が大好きなのは、彼女の名前にもなっている梅おにぎりだった。たったそれだけの簡単なものなのに、シェフは決して作ってくれない。一度だけ自分で挑戦した事もあったが、何度やっても上手に作ることは出来ずにポロポロと崩れてしまうのだ。だから彼女は、こっそりとコンビニへやってきて、その味を楽しんでいたのだ。

梅、おかか、鮭、昆布に明太子にシーチキン。どんな味でもある。彼女にとってコンビニは食の宝箱だった。

そう、過去形。彼女はある時、その買い食いの様子を使用人に見られ、親に報告されてしまったのだ。親はたいそう悲しむやら怒るやら。彼女の言い訳はコレッポチも聞いてもらえず、反省するまでということで屋敷に閉じ込められて美味しい料理の数々が振る舞われた。やれフカヒレだ、トリュフだ、フォアグラだと。

「違うの、ちがうんです。私が食べたいのはもっと……もっと……」

ああ美味しい、なんて贅沢な味。けれどけれど、それは違う。私が食べたいものではないの。私は、私は……

「真っ白なお米で作られた。三角形のおにぎりが食べたいだけなの!!」

広い部屋の只中で叫ぶ。防音もバッチリの部屋だから、その声は誰にも聞こえない。
はずだった……

『良い魂の響きじゃ。妾の元へと確かに届いたぞ』

「え……?」

そんな言葉が脳内に届いたその瞬間。梅子は……気づけば見知らぬ空間にいた。

「どこ、ここ……」

明らかに家の中ではない、それどころか……魂の何処かで理解している。この眼の前に広がる景色は、地球上に存在するそれではない。第一、大きさが違うのだ。彼女が立っているのはどこだ、足元に帰ってくるのは硬質的で艶やかな感触。それがお皿などの陶器だとはよく知っている。だが、その大きさは何だ。彼女の部屋ほどもあろうか。そんなお皿があるなんて聞いたこともないし、あったところで今この場で登場する理由がわからない。
遠くは歪んだように朧げに見えていて、そして目の前に……

『ここか……?妾の食卓よ』

目の前に、ぞっとするほどに美しい女がいた。長い髪、気だるげで物憂げな表情。つややかな唇に、魔性のこもった濡れた瞳。見るだけで吸い込まれそうだ。そして何よりその女は……大きかった。彼女の何倍もあろうか。
仮に、もし仮に更に並べられた食材の視界を借りることができたら、人間はそう映るだろうか。なんてことを思った。

『おにぎり……この島国ではメジャーな食べ物じゃな。大抵のものは単純であるほど奥深い。だが……妾に出来ぬ料理はない』

そういって、大きな大きな手が優しく彼女の頭を撫でる。その瞬間、彼女は全てを理解した。ああ、自分はなんと光栄なのだろうか。この世界でもっとも美しい食を求めた女王に食べていただけるなんて。

自ら服を脱ぎ、下着を脱ぐ。裸を見せたことなんて、親にだって数度しかない。それを見知らぬ相手など、ありえない話だった。だが、彼女はためらいなくそれをする。単純な話だ。服を着ていては、上手く料理できないじゃないか。皮は最初に剥くものである。

服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になった梅子は誇らしげに胸を張って女王を見上げた。

『良い食材じゃ』

女王は満足気に頷いて、そして……彼女の体を無造作に鷲掴みにした。

「あっ」

無造作だ、加減もなければ容赦もない、ただあったから触って拾い上げただけというだけの話。それだけで彼女の首は折れ、背骨はバキバキにネジ曲がった。だが構わない、彼女の体は既に白くつややかなご飯の塊になっていたからだ。ご飯は痛がらないし、骨もない。
食欲をそそる炊きたてご飯のいい匂いに包まれて彼女は幸せな気分だった。

「ああ、私の体がごはんに。炊きたてご飯になってしまっている」

恍惚とした表情で言うと、次の幸せは瞬間に訪れた。

ギュムッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ

「あ゛っ❤あ゛っ❤あ゛っ❤あ゛っ❤」

大きな手が彼女の体を覆い隠し包み隠す、そして、それを固めるように思い切り力を込めたのだ。至福の時であった。ご飯となった己の体が、今度はおにぎりとして生まれ変わろうとしている。おにぎり、おにぎりだ。おっぱいもおしりも顔もあそこも全部、全部握られて美味しい美味しい三角おにぎりに変わってしまう。

それはきっと、世界で一番美味しいおにぎりだ。そのおにぎりになれる。それ以上の幸福がこの世にあろうか。

「な゛い❤ぜっだいないいいい❤」

ない、絶対にありえない。これは誰も知らない彼女だけの幸福だ。幸せに意識が溶けていく、心地よい感覚に魂がが人の形を変えられていく。握られていく、握られていく。
彼女はそのさなか確かに見た、ぽっこりと膨れた女王のお腹を、そこにいくつも浮かび上がる女の顔を。誰も彼もが至福に溶けた表情を浮かべた顔たち。

「もうすぐ私も、そこに……!!」

そして、女王は手を開く。白い美しい手に隠されていたのは同じく白く美しいおにぎりだ。
数学者が卒倒するほどに美しい三角形で作られたおにぎりだ。だがそれは普通のおにぎりではない。当然だ、素材が違う。見れば、それが人間であるということが見て取れる。人間を無理やり三角形にすればおそらくこうなる。手足も、胸もあそこも顔も、なんとなくわかってしまう。
彼女は己の作り上げた作品の出来に満足して頷くと……それをはむと口に加えた。まずは半分噛みちぎる。中から出てきたのは梅干しだ。それこそが梅子の結晶化した魂である。女王はおにぎりをたべ、噛み締めながらいよいよその梅を歯の先でつまみ上げた。
そして、ねっとりと舌を絡ませて梅肉を小削ぎ取り種にしみた味を堪能する。

ああ、これがどれほどの快楽と幸福であるが想像もつくまい。敬愛する女王からの熱烈で濃厚なキス。コレを愛と言わずになんという。梅子の体は作り変えられていく。何度何度も絶頂味わって、魂を蕩けさせながら。

やがて完食した女王は、己の腹に浮かび上がる新たな顔を撫で上げた。至福の快楽にとろけた堕ちた女の顔を。鬼斬梅子だったものの顔を。

「次は、そなたのおにぎりを食べさせておくれ」


そして……おにぎり料理怪人ニギライスは誕生した。









ローラー作戦

「お前だな、最近このあたりで人を踏みつぶして平にしてしまっている怪人は!!」

両手がローラーになっている怪人の前にたち、ビッシと指を突きつける。

「ローラー!! いかにもそのとおり。我が名はロールローラー。邪魔立てしても無意味だ!! 貴様も押しつぶしてくれるわ」

「そんな力押しに、このディアクリスタルが負けるだなんて思わないことね!! 華麗なるクリスタルの妙技で沈めてやる!!」

「ふははー、そんな口上を言っている間にほれほれ。押しつぶしてしまうぞー」

「のろまな動きね、ハエが止まるわ」

「ふふ、よけていいのかな? お前が避けるとこの通りの向こうにいる逃げ遅れた者どもをぺしゃんこのペラペラにしてしまうぞ?」

「く、卑怯な!! こうなったら、私が抑えるしかないっ!!」

「頑張れ頑張れ、どこまで抑えられるかな」

「皆の願いを、力にっ……クリスタルエナジー全開!!」

「くっ、意外とやるわね……たった一人でこのヘヴィローラーを止めるとは……いいわ、私もパワー全開っ」

「ぐぐっ……くぅっ、無理っ!!」

一人で巨大なローラーを支えていた彼女だが、ついに力負けして膝を屈してしまう。

「アハハハ。さあ、あなたもぺしゃんこにしてあげる。安心しなさい私にぺしゃんこにされても死なないし、それどころか気持ちいいんだから」

ゆっくりと回転するローラーが彼女の足を巻き込み、押しつぶしていく。グロテスクな光景が広がるかと思ったが、不思議な事にそうはならず粘土を潰すようにそのままぺたんこに潰れていく。

「あひっ❤ 私の体っ、潰れっ❤ んはぁっ、潰れてるけどっ、私の体ペラペラになっちゃいながらンギモチイイノぉぉお❤」

足、体、頭まで彼女はすっかりとローラーに潰されてペラペラになってしまった。

「あっはっはっは、いいザマよディアクリスタル。このままもってかえって私の部屋にポスターとして飾ってあげるわ」

「はひぃ❤ ありがとうございますぅ❤ 私はこれからペラペラのポスターですぅ❤」

ぶっちぎりスカイハイ

「竜虎……表じゃあ探偵なんてやってるんだったか……忌々しい。もともとあの力は、我らのものになるはずだったというのに」

「けど、そうはならなかった」

「ああ、そうだ……我らは、我ら狂畜党はどこで間違ったのだろうな。今頃は、あの四神器の力でもって地の底に眠る女神を蘇らせていたはずなのに……ああ、忌々しい。パンチドラゴン、キックタイガーめ……」

「さっき、キックタイガーと二級怪人が接敵したんだけど」

「ああ? その結果を聞くまでも、映像を見るまでもなかろう。結果なんてわかりきっておるわ」



図書館から飛び降りた虎子の体に稲妻がまとわりついていく。足先に絡みつき、天を向く髪の先までそれは伸びていった。

「来い、白虎!!」

彼女の言葉に合わせて、合わせられた足の先に八卦の陣が出現する。きらめく八卦の陣をその体がすり抜けると、次の瞬間には轟音と共に雷を身にまという猛虎が地面へと降り立っていた。鋭い印象を受けるアーマーが下半身をまとい、上半身はじゃまにならない程度に軽装だ。着地の衝撃を大きくしゃがみ込むように身を縮めて吸収した猛虎は、顔を上げ爆炎を上げるビルを眺めた。

「いる」

彼女の目は煙と爆炎の向こうに怪人の姿を感知する。そして次の瞬間、雷鳴が走った。足に蓄えられた衝撃をそのまま速度に変えたかのように、まさに目にも止まらない超速度が実現する。通り過ぎた地面を焼き、踏み込んだ箇所に深く足あとを刻みながら彼女は瞬きよりも早くその距離を踏破した。

「ふぁーいあー!!」

怪人は、なんとも間抜けな格好をしていた。腰ミノ一枚に炎の吐いた棒を両手に持ったダンサーだ。

「リンボー!!」

異様に腰をせり出すような動きで炎を振り回し、そこかしこに火を放っては近くにいる従業員を驚かせている。

「ひっ!?」

従業員の一人が、怪人の操る炎に飲み込まれた。一瞬にしてそれが身に着けていた服は燃え尽きその代わりに腰ミノのみの姿となってしまう。

「り、リンボー!!」

そしてその状態で大きく背を反らせ、おもいっきり腰を付きだした状態で怪人の方へと歩き出すのだ。

「ほっほー、いい調子だ!! そのままモット腰を出して!!」

怪人が上機嫌にそう言うと、女性はいやいやと言いながらもその言葉に従い怪人に向けて腰を付きだしてしまう。

「インサート!!」

その腰を、怪人の両手がしっかりと掴んだ。そして、そのイチモツを勢い良く彼女の中へと突きこむ。

「ふぅっ、はぁっ!! ハイヤァァァァ!!」

周囲からズンドコズンドコと謎の音楽が鳴り響き、その音に合わせて怪人が腰を打ち付けた。

「あっ❤ やっ❤ なにこれおかしいっ❤」

それが気持ちいいのか、妙な体勢のまま女性は嬌声を上げ始める。

「ふははー、このまま我が精液を受け入れて貴様もリンボー人間になってしまうのだ!!」

なんという事か、この怪人の目的は何の罪もない一般人を奴隷に変えてしまうことだったのだ。

「い、いやぁぁぁ」

女性の悲痛な叫びがこだました次の瞬間。

「ひぎゅっ!?」

そこから、怪人の姿が掻き消えていた。女性は開放され、姿はそのままに気を失ってしまっている。

「ごめんね、遅くなって」

そして、先程まで怪人がいた場所に金色の戦士が立っていた。雷鳴をまとった戦士は女性に小さく頭を下げると、遥か遠くに蹴り飛ばされた怪人を見やる。

「さて、覚悟はできてるな怪人。ここで会ったが運の尽きだ。このキックタイガーが、完膚なきまでに蹴り潰してやる」

壁に大きくめり込んで身動きひとつ取れない怪人へ向けて、稲光が飛んだ。いや、それは稲光ではない、そう見まごうほどの速度で動いたキックタイガーだ。

「でやぁっ!!」

勢い良く蹴り飛ばすと、怪人がさらに向こうで吹き飛ばされる。途中にある壁もお構いなしだ。紙切れのように壁をつき壊しながら吹っ飛んだ怪人は、ボロボロに成った体で立ち上がりタイガーの方を睨みつける。

「おおおお己キックタイガーめぇ。俺様のお楽しみを邪魔しおってェェ!!」

両手に持った炎のステッキを振り回し、周囲に炎の渦を巻き起こらせた。

「このリンボー怪人、ファイアーバウアーが相手だァァァ!! この炎の渦、恐れぬというのであればかかってウボァ!!」

「口上が長いっ!!」

タイガーが上から降ってきてバウアーを踏みつけた。大きくバウンドしたバウアーの体に追いついたタイガーが思い切りかかと落としを見舞う。ビルの谷間に派手にバウンドを繰り返しながら、その体が地面へとめり込んだ。

「……二級ってとこか」

犬神家状態で上半身をめり込ませた怪人に近寄ると。彼女はふと周囲の異常に気がついた。怪人はそこにいるにもかかわらず、周囲から火の壁が迫ってきているのだ。

「なに?」

見れば空中に怪人の持っていたステッキが放置されてる。しかもそれは、主がないままに高速回転を続け炎の渦を起こし続けていたのだ。

「かかったなぁキックタイガー、貴様のその美脚。俺がたっぷりと味わい尽くしてやるよォォォ!!」

キュポンと音を立てながら上半身を引きぬいたバウアーが、タイガーを指さして笑い声をあげた。そのステッキの炎に撒かれたモノはすべての装備を焼かれ、腰みの一兆になってしまうのだ。そうなってはもはやリンボーをしたくてたまらなくなり、それをしながら犯されることが最上になってしまう。バウアーの目の前で、炎の渦が閉じタイガーの体を焼き上げた。

「ひゃぁははははやったぞ!! この俺がっ!!」

狂ったような笑いをあげた瞬間。
ドン、と音がなった。
一瞬遅れて地面が揺れ、そして一瞬遅れて地面が隆起する。そしてもう半歩遅れて、衝撃波がバウアーの体をふっ飛ばした。巨大な土煙が上がる、稲光が走りながら立ち上がった煙の向こうに、炎の渦はもう見えない。

「……落第点。芋だって焼けないわよ。そんなチンケな火力じゃあね」

煙の向こうから音を立てて、誰かが歩いてきた。煙から出てきたその姿は疑いようもない。金色の輝きを見まとった戦士、キックタイガーだ。

「あば、アバババ……」

恐ろしいものを見たといった様子で、バウアーが口をパクパクさせた。

「言いたいことはある?」

目の前に立ったタイガーが、トントンと爪先で地面を蹴りながら尋ねると。

「お、俺を倒すと内蔵された火力炉が暴走して大惨事になるぞ……」

しかし、その言葉にもタイガーはすました顔だ。

「う、嘘じゃない!!」

「そ、まあそれなら被害のないところでやればいいだけよね……聞いてるんでしょ、キャプテン?」

耳を抑えながら、タイガーが上を向いた。その向こうにあるのは、ビルとその先に覗く青空だけだ。

「い、いま……」

コソコソと逃げ出そうとする怪人の腰を踏みつけて動きを止めると。

「さて、それじゃあ……そんな迷惑な野郎は宇宙にポイね」

右足を引き、そこに大きく力をためた。巨大な稲光が音を立ててそこへと集まっていく。その輝きが頂点に達したと同時に、それは光よりも早く動いた。

「飛んでけ!! ライジングシュート!!」

音は、大分たってから響いた。音がなる前に怪人は大きく宙に浮き、ビルを越え、シティを離れ、国を抜け、山を上回り、そして地球を離れた。怪人にとっては、一瞬にも満たない時間の中で過ぎていった光景だ。青空が消え、無限の暗黒が広がる宇宙が目の間に現れるにいたり、彼はようやく自らの置かれた状況を理解する。そして、目の前に現れた巨大戦艦のことも。非常識だった。そんなものが浮いているなんて。馬鹿げたそれは現実に目の前にあって、あまつさえその砲塔を彼へと向けているのだ。どうしようもない。砲塔のきらめきと、衝撃が彼が最後に感じたものだった。

「……ナイスショット」

怪人の消え去った空を見上げたキックタイガーは、周囲の惨状を見渡した。超高速の戦闘で発生した衝撃の余波でそこかしこが崩れてしまっている。

「ちょっと、やりすぎたかな……ミルキィスターズに怒られちゃいそうねぇ」

はは、と後頭部を掻いた彼女の肩に、とんと誰かが手をおいた。

「ええ、そうですわね。キックタイガー、あなたはいつも派手すぎますわ」

「……ご、ゴールドナイト……」

振り向けば、軽装の格好をした戦士がそこにいた。目を引くのは巨大な乳房とドリルのような髪の毛だ。彼女こそ、巨大集団ミルキィスターズの代表にして最大戦力だ。

「ええ、私です。戦闘の補佐や後処理を全般的に行うのが我々ミルキィスターズですが……ええ、もちろんこれをもとに戻す我等のみにもなっていただけますわよね。なんかもうあなたには効果がうすいきも致しますが……始末書、書いて頂きます」

「はぁい……」

「ところで、調査の方は?」

「良好、と言いたいんだけどね……不自然に資料が少ないわよこの街。この図書館で何もなかったら、それこそどうしたら良いか……まあ、膨大な資料をひっくり返すだけでも面倒なんだけどねぇ」

「そう……」

「あ、始末書後でいいかしらん? あっておきたい娘がいるのよ」



「お、無事だったわね」

「はい、お陰様で」

図書館に戻ってきた虎子は、そこで先程まで話をしていた少女金剛寺輝石を見かけてホッと胸をなでおろした。

「あの娘は?」

「さっきまで一緒だったんですけど、お母さんが迎えに来たみたいで」

「そ、なら良かった」

「……あの、正義のヒロイン、なんですね」

「そうよ」

彼女は胸を張ってそう言ってから、周囲を見回し。

「これ、だれにもいわないでね」

「は、はい」

「よろしい……」

念押してそれから彼女の手に何かを握らせた。

「これは?」

「勇気を持ってあの娘を守った君へのプレゼントだ、その勇気を忘れないでね」

「あ、ありがとうございます」

「と言ってもただの飴だから、恐縮しないでで食べてよね」

「はいっ!!」

輝石は破顔し、それから思い出したように右手に持っていた本を差し出した。

「あの、これ……避難してたそこの資料室で見つけたんです。本棚の間に挟まってて、見つけにくそうだったんで」

「あら、そう。ありがとうね」

「はい、それじゃあ。あの、ありがとうございました」

本を渡した輝石は頭を下げると。そのままきびすを返して図書館を後にした。

「もちょっとゆっくりしてけばいいのに」

そんな彼女を見送った虎子は、何気なく渡された本に視線を落とし。

「……この本、まさか……っ」



さて、図書館を飛び出した我らがヒロイン金剛寺輝石はスキップしながら自己嫌悪に陥るという高等テクニックを披露していた。

「うわーい、ヒロインさんに助けてもらっけど馬鹿馬鹿馬鹿、私の馬鹿。なんでモット仲良くなったり私も変身して共に戦ったりできなかったんだー畜生!! 弱気で意気地なしな自分がにくいっ」

百面相の如く表情を変化させながら、それでも嬉しそうに彼女は帰路についたのだった。ああ、正義の味方に助けてもらう。なんて嬉しいことなんだろう。

「うん、だから私は……やっぱり誰かを助けたい」

なんとなく決意も新たに、夕暮れに染まり始めた町並みを下っていくのだった。

ライジング雷神

「てやぁぁぁぁ!!」

黒く束ねられた髪がはね、目も眩むような剣閃が銀色のきらめきとなって怪人の体を攻め立てた。苦しそうな声を上げる怪人の攻撃をひらりとかわすと、その背後から現れた銀髪の女が連撃を叩きこむ。

「β!!」

「はいはーい!!」

左右の拳から繰り出される攻撃は苛烈の一言で、3mはあろうかという怪人の体が一撃をぶつけられる度に派手に左右に振られた。流れるような動きでくるりと回転し、怯んだ相手を勢い良く蹴りあげる。

「γちゃんよろしくぅ!!」

「ターゲットロック」

空高く舞い上がった相手に、銃弾の飴が降り注いだ。鋼のような色をした髪を持った女が、怪人を見上げることもなく的確にその体に銃撃を叩き込んでいた。両手に持った不釣り合いなガトリングが高速回転し、破壊の雨を怪人へぶち込んでいく。

「α……いま」

「とどめだっ!!」

黒髪の少女、αが太刀を地面へとつきたて。

「昇竜斬!!」

おもいっきり力を込めてそれを引きぬく反動を使って空高く舞う。銀色の剣閃が空へと登って行き、空中で銃弾の雨に振られ拘束速回転する怪人の体を、綺麗に両断した。真っ二つになった怪人がドサリと地上へ落ち、一拍おいて大爆発が起きる。それを背にしながら、彼女たちは勝利を彩るようにポーズを取った。

「ダガークリスタル……正義執行完了!!」

プツンと音を立ててその映像が消えた。あとに残るのは真っ白な壁だ。ダガークリスタルのアジト、ドクターの研究所の一室で彼女は今の映像を眺めながら唸った。

「ちょっと、わざとらしすぎるかしらねぇ」

自ら編集した映像の出来栄えに首を傾げ、軽く唸る。

「んー、まあでも……別にいっか。とりあえず目につくのが目的なんだし……」

それから軽くモニタに目をやり、指先で何事か指示を出すと。

「さて、でっかい釣り針をぶら下げたわけだけど……うまく引っかかってくれるかしらね?」




「……まっすぐドクターのところに行ったのかな……」

輝石は図書館でぼんやりと本を眺めていた。今日は怪人に出会うこともなく、珍しく平穏な日常を送ることができていたのだが……いざ何もないとそれはそれで暇になってしまった。しかたがないので学校の帰りにある図書館によって適当に引っ張ってきた本を斜め読みしていたところである。しかしながら、なかなかページは進まない。少しページを捲っては、軽く目をつぶって小さな唸りを上げる、の繰り返しだ。というのも、そうすることにより見えるものが会ったからで。ダガークリスタルに出会ってから、少し目を閉じれば彼女たちの大まかな位置がわかるという能力が彼女に追加されていた。大方、ドクターが検診の折に何かしたのだろうとは思うが、詳しくは聞いていないので分からない。彼女自身それなり便利だし、会ったところで不便でもないので放っておいてはいるが。

「んー、これ、そのうち遊びに行けってことなのかなぁ」

そういうドクターの意志の現れなのかと首を傾げる。一応、彼女たちとは仲間であるはずだし……

「でも……どう考えても睨まれてたよね私」

初めてドクターと、彼女たちとであった時のことを思い出す。黒髪の彼女、ダガーαは親の敵でも見るように輝石のことを睨んでいた。他の子と話すことはあっても、彼女とだけは未だに話をしたことがなかった。

「そういえば、名前、なんて言うんだろ」

ダガーα、ダガーβ、ダガーγ。本名は知らない、彼女たちはいつもその名前で呼び合っているから。

「彼女たちも、私のことクリスタルっていうし……」

ヒロイン同士の付き合いとしては、そういうのが妥当なのだろうかと考えていると。

「隣、失礼してもいいかしらん?」

ふと、誰かがそう言って横に座ってきた。

「あ、どうぞ」

「ごめんねー、開いてる席を使ってもいいんだけど。ここが一番近いのよね」

横に座った女性は、手に沢山の本を積んでいた。どれもコレも、彼女が読んでいるような小説とは違って古めかしい書物だ。この席の近く、図書館の奥の資料室から引っ張りだしてきたものだろうと推測ができる。

「さすがにカビ臭いわ、こりゃ」

軽く開いて、横にまで漂ってくる古書の臭いに顔をしかめる。そして、臭いを散らすようにと手をパタパタとさせたせいで、本に積もっていた埃が舞った。ふわりと浮いた大きな埃が、クシャッとしたウェーブの金髪に乗っかり。

「あの……髪に、埃が」

「あ、ホントだ……ありがとね、お嬢ちゃん」

「いえ……」

「さすがに、こんな誇りまみれは迷惑ね……ごめんね、埃飛ばしちゃって」

そういった彼女はホコリまみれの本を片手に資料室へと戻っていった。すぐにも出てきたが、その時には手にした本からは綺麗に埃が落とされてしまっている。

「これなら、大丈夫でしょ」

そう言って足を組み、鼻歌を唄いながらずっしりと重く、大きなその本のページをめくっていく。ちらりと見えるその内容は、文字が小さくてよくわからないが……傍らに付けられている図は、地図だろうか……

(学者サン、かな?)

ダガー達の事を考えるのを中断して、その女性の方を見やる。スラっとした長身、タンクトップにホットパンツというラフな格好。それがよく似合うビッグバンボディだ。特に尻から足がすごい。

(む、ムッチムチだァ!!)

自分の足を揉んでみた。貧相で悲しくなった。現実逃避して羊の数を数えそうになったが折角なので目の前の女性のお御足を目に焼き付けることにする。

(モデルみたいだけど……)

モデルなのかなー、モデルで学者さんなのかなー、などと考えるが。答えなど出るはずもない。そんなことを思っている間にもムチムチ神は本を一冊読み終え、新しい本に手を出そうとしていた。しかしそこで手を止め、こちらへと向き直る。

「読まないの? 本」

「あ、え……」

「さっきから、ページが進んでないように見えるけど?」

「あーうー、それは……おねーさんに見とれていたからですね」

「わお、ありがと。でも、折角図書館にいるんだから本を読んどかないと損よ?」

「で、ですよねー」

「そうそう、正直そこまで熱い視線ぶつけられると少し気持ちっちゃうしね」

「うう、ごめんなさいです」

彼女の謝罪に女性はクスリと小さく笑って。それから思いついたように唇に指を当てた。

「別に謝らなくてもいいわよ……んー、そうね。ここで会ったのも何かの縁だし、折角だから貴方にも聞いてみちゃおうかしらん」

「な、なんなりと」

「えーと、それじゃあねぇ」

尻のポケットから手帳を取り出し、輝石へと何かを聞こうとしたその瞬間。大きく建物が揺れ、図書館の外から爆音が轟いた。

「うわっ!?」

嫌な予感がビンビンとした。その感覚が彼女にひとつの事実を伝える。この爆音の原因は、怪人だ。立ち上がって窓に駆け寄ると、目の前にある小型のビルから火の手が上がっていた。いや、そういうには火の勢いがあまりにも強すぎる。そこで起きているのは、爆発だ。

「あっちゃー……私狙いかなぁ」

彼女の横から女性がひょいと顔をのぞかせ、しまったなぁと言う表情を浮かべた。それから、輝石の手を握り。

「ごめんお嬢ちゃん……あなたもお姉さんなら、向こうのブースにいた女の子を避難させてあげて」

「それは、わかりましたけど……」

「ん、ありがと……あなたもきっと美人になるわよ」

そして、サッシに足をかけ。なんでもないようにヒョイ、とその身を外へと投げ出したのだ。

「え、あの……ここ4階ですよ!?」

すでに空中に身を乗り出した女性に向けて言うが、相手はニンマリとした笑みを浮かべて。

「大丈夫大丈夫。お姉さんこう見えても、正義のヒロインなのよ」

すごい勢いで、地上へと落下していったのだった。一拍をおいて雷鳴と共に、黄金の煌きが迸った。

暗躍

モニターに映像が映し出されていた。カラカラと回る映写機は古風で、ともすればそこが現在ではないのではないかと錯覚させる。映しだされているのは、エメラルドのような美しい髪の色の女声、いや、戦士というべきか。普通の人間が着るにはあまりにも不釣り合いなアーマースーツを身にまとっている姿はこの世界ではそう珍しいものではない。苛烈なフラッシュを繰り返しながらその戦士は醜悪な姿をした怪人と戦っていた。初めの方は優勢に戦いを繰り広げるも、いざとどめを刺そうという段階であっさりと逆転されてしまう。その後に続くのは、目を覆いたくなるような無残な陵辱劇だった。

「……解せないな」

かちりと音を立ててそれを止める。そして、壁に向かって手を振ると映写機が回るまでもなく壁一面にその戦士の映像が映し出された。エメラルド色の髪を翻し戦う正義のヒロイン。ぶっちゃけそれほど有名でもない。それほど強くもない。壊滅させた組織があるわけでもなく、すごいことをしたわけでもない。巷で付けられているヒロインランクで言えば、Bランクにでも甘んじるだろう。それが、その戦士への評価だった。

「一体……何を思ってこんな設定に?」

映像に映し出される戦士の結末は、常に同じだった。いいところまで言って、やられる。無事に相手を倒していることなど10に1あるかないか……

「……疑いすぎ、だったか?」

かけたメガネに手を当て、それを軽く動かしながらため息を付いた。

「まあ、だとしてもあの子達の踏み台になってくれるなら。それはそれでいいのだが……」

映像には続きがある。戦士が悲惨な目に会い、淫獄へと堕ちた後決まって3人のヒロインが現れその怪人を叩き潰していくのだ。鮮やかな連携で、一切の油断も躊躇もなく、怪人を刈り取っていく。怪人を打ち倒した3人は、爆炎を上げる怪人を背景にポーズを構えると……その場を後にした。

「……ディアクリスタル」

バチと音がなって部屋に光が灯る。白を基調とした清潔な印象を受ける大きな部屋だ。

「……また彼女のことを見ているの? ……存外暇なのね。そして、その映写機何の意味があるのか教えて欲しいんだけど」

「趣味だ、なんとなく作った……レジーナ……きていたのか」

先程まで誰もいなかったはずの空間に、長身の女性が立っていた。前を留めないバスローブの下に下着を身につけただけ、という姿をしている。

「ええ、暇だったから来ちゃった……」

「いつものようにモデル漁りでもすればいいんじゃないか」

「それも飽きちゃったの……で、なにか面白いことないかなってここに来たんだけど」

「それならば残念だが、作戦の実行までここでは何も面白いことは起こらないぞ」

「あらそう? それは残念ね」

一瞬沈黙が場を支配した。レジーナと呼ばれた女は、暇そうに髪を弄り……すっ、と踵を返した。

「それじゃ、どこかに行って遊んでくるわ」

「そうしろ」

そういって手をふろうとしたが、ふと思い出したように。

「……いや、待て……レジーナ、君は確か……ディアクリスタルと戦ったことがあったな?」

「んー、結構昔の話ね。あったわよ……そこそこ履き心地良かったもの、彼女」

「ではなぜ、ディアクリスタルが今こうしてヒロインとしての活動を続けている?」

「さあ? どっかから逃げ出したんじゃないの? 私、飽きた娘まで管理しないし」

「そうか、そういうやつだな君は……」

「もういいかしら? それじゃあ、一刻も早い作戦の遂行を楽しみにしているわよ。プロフェッサー?」

「そうだな、楽しみにしていてくれ」

それだけ言って、彼女はその姿を消した。

「勝手なやつだ……だがまあ、そろそろ餌にかかってもいいはずだが……」

一人残されたプロフェッサーは、ふむ、と頷きながら考えこむように腕を組んだ。シティの深い闇がズルリと音を立てて動いている。




「あー、また負けちゃった」

爆炎が晴れる前にと、ディアクリスタルは戦場を後にしていた。股間からは精液が滴り、体中からは異臭が立ち上る。凄惨なまでの陵辱の名残が、たしかに彼女に刻まれていた。ふと上を見あげれば、怪人を片付けたダガークリスタル達がさっそうとビルを蹴って去っていくところだった。手をふろうかとも思ったが、やめた。きっとこちらになんて気づいてもいないだろう。

「最近はいつも、こうだな」

彼女が負け、少し遅れてやってきたダガークリスタル達が怪人を殲滅する。彼女はその爆炎に紛れて、逃げるように戦場を後にする。それが最近の、彼女の一連の流れだった。

「……私ほど弱いヒーローもきっといないよなぁ」

そんなことを思いながら、変身を解く。一瞬彼女の体が結晶に包まれ、それが割れて消える頃にはそこにはクリスタルとは似つかない少女がいた。

「……情けないなー、私」

体からはもう異臭はしない、股間に違和感も残っていない。ディアクリスタルと金剛寺輝石は、同一人物でこそあるがその体の情報は連続していなかった。軽く手を握り、開く。

「カラオケでも行こうか」

もちろん一人カラオケだ。最近は歌のレパートリーも増えた。

「デュエットとか、歌ってみたいなあ」

なんていいつつ、路地裏を出ようとする。そこで、ふよンとした何かにぶつかった。

「おう……この高さにあってこの柔らかさ。服の厚み越しに伝わるファンタジー、コレはまさしくオッパイ」

「見事な解説を有難う」

彼女は路地裏の出口で、オッパイもとい長身の女性とぶつかってしまった。スタイルがいいし格好もいい。イカした帽子に革ジャンもよく似合っている。サングラスまでかけていて、まるで探偵のようだった。

「と、大丈夫かい?」

「え、ええ……見事なクッションに受け止められましたから」

自らの胸がないことをジェスチャーしながら言うと。

「はは、君もきっと大きくなるよ」

と言って、ビルを見上げた。先程そこらを飛び回っていたダガークリスタルたちは、もうそのあたりには見られない。

「……見失ったか」

そしてその女性は、

「さあ、君も帰った方がいいよ。ここは物騒だからね」

そう言って去っていった。一人残された彼女は。

「かっこいい人でした……」

無慈悲なオッパイ神を呪いながらも、去っていく姿を見送っていた。


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