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憑神縁日事変 4

憑神縁日事変 射的

小さな音を立てて飛ぶ弾はものの見事に的の中央を貫いた。
横の電光板に表示された点数は百。
それはつまり正確にど真ん中を撃ちぬいたことを意味する。

「すごい。今回も満点じゃない」

周囲から称賛の声が上がっても、銃を手にした彼女はにこりともせずに次の弾を込めた。
ここは射撃場。
ライフル射撃という競技を行うための場所だ。
そして、この射撃場は全国でも珍しく女性会員限定の場所なのだった。
周囲を見回してみてもいるのは女性ばかり、そしてその誰もが彼女を見ていたのだ。

「さっすが、我が部のエースよね」

茶化したように言う言葉にも耳を貸さず、彼女は淡々と的を射抜き続けた。
今ここにいる誰もは、全く同じユニフォームに身を包んでいる。
彼女たちは全員、近くの大学のライフル射撃サークルなのだ。
ライフル射撃のライセンスを持っているもの、しかもそれが女性ともなればその数は本当に少なくなる。
この射撃場の客の殆どは彼女たちサークルメンバーで占められているのだ。
今までほとんど無名だったこのサークルだが。
最近は彼女、的場亜里射の活躍で方々にその名を知られつつあったのだ。
といっても、サークルメンバーの殆どは並以下と行っていい腕前で、有名になったのはサークルというより的場であったのかもしれない。
そのためそれをよく思わないものも多く、冷やかすような言葉を浴びせる者も多いのだが本人は全く意にかえしたような様子もなく、いつもの様に淡々とライフルを打ち続けのだった。
その姿は本物のスナイパーのようで非常に格好良く一分からは逆に人気があったりもする。
彼女目当てで入部するものが増えたくらいだ。

「的場さんって、すごく寡黙でかっこいいわよね」

「本当、スナイパーってああいう人なんでしょうね」

陰口とも賞賛ともつかない言葉は亜里射にとっては、雑音にすらない。
銃の重さと、冷たさを頼りに。
彼女はただ銃口を向け、引き金を引く。
それだけを考える。
それだけ出来ればいい。
周囲はスナイパーのようだというが、むしろ彼女は銃そのものであるかのような、そんな人間だった。
生まれる国を、あるいは時代を間違ったのではないかと本気でそう思うときがあるほどだ。
手にしたライフルをなでる、黒くて鈍い光を放つ相棒はすっかりと手に馴染んでいる。
それはもはや、自らの一部であるかのようだ。

「そろそろ、帰りましょうか」

会長の言葉に、全員が片付けを始める。
彼女もライフルを丁寧に磨き上げると鞄の中にそっとしまいこんだ。

外に出ると、もうあたりは真っ暗になっている。
朝から来たのだから、もうどれだけの時間そこにいた事になるのか。
なんてことを考えながら最寄りのバス停までサークル員みんなで列になって歩いていると。

「的場さん」

背後から、会長が話しかけてきた。
射撃の腕はまずまずだが人当たりがよく、誰とでもにこやかに話せるようなタイプの人間で。

「あ、会長」

普段鋼鉄のスナイパーである彼女も、その前では朗らかな笑顔を見せるほどだ。

「お疲れ様。今日も絶好調だね」

「いえ、いつもどおりですよ」

どこかで茶化すような声も聞こえたが亜里射は無視。

「あはは、さすが的場さん。でも、前から言ってるけどさ。もっとにこやかに行こうよ。あんまり無表情だと皆怖がっちゃうよ」

こんな性格をしているせいか、彼女の周囲には友人と呼べるような人間はほとんどいない。
すこし遠くから、危ないものを触るような距離感でいるのだ。
それは友好的であろうと、彼女を疎ましく思っていようと変わらず。
彼女自身はもうそれに慣れて、なんとも思わなくなっていたのだが……ただ会長だけが、その領域に踏み込んできた。

「もっとみんなと仲良くしよう?」

そんな風なことをいって、にこにこと笑いながら。
はじめのうちは、ただ鬱陶しいと思っていた。
何度も邪険にして、追い払った。
嫌われてもおかしくないような態度だってとった。
一人にして欲しかったから。
しかし、会長はそのたびに、何度だって笑いながらやってきたのだ。
北風と太陽のように、暖かな日差しのような笑顔が、鋼鉄の銃でできた彼女の心を少しずつ解きほぐしていったのだ。

「はい」

気を付けてみます。
口先だけではない、それは本心だった。
ライフルを持っているときだけは鋼鉄の精神に戻るのだが、そうでないときは人間になろうと。
自らを銃として育ってきた彼女が、初めてそう思ったのだ。
背負ったライフルを軽くなでる。
冷ややかな感触が心地よく、愛しいとすら感じる。
世界大会出場者だった父からもらった相棒。
今まで、ずっといっしょにいたいと思うものなんてこのライフルくらいしかなかったのだが。

「先輩となら……」

ずっと一緒にいてもいいかな、なんて。
不器用ながらも思ったりしていたのだ。
もし、他の人と分かり合うことがこんなに素晴らしいことなら。

「悪くない」

「よかった」

小さくつぶやいた言葉は会長にも聞こえていたようで、ほっと胸をなで下ろすようなしぐさを見せた。

「そうだね、それじゃ今度。どっか皆で遊びに……」

会長がそう提案した時だ。
ドーンと大きな音が鳴り響いた。
ドンドンと連続して、それからパラパラと続く。
音と共に一瞬明るくなった空を見上げて、彼女たちは足を止めた。

「綺麗な花火ね」

誰となく零したその言葉に頷き、しばし空を彩る魔法に見惚れる。
花火は近くの山から上がっているようで、見上げる空いっぱいに広がる大きな花火にいつもとは違う震えるほどの美しさを感じた。

「かいちょー!!」

先に行っていたメンバーがにわかに慌ただしく後ろへ走ってきたのは、そんな時だ。
うれしそうに、というか楽しそうな表情を隠そうともしないで走ってきたメンバーたちは山を指さした。

「いま、夏祭りやってるんだって。見に行こうよ!!」

口々に行こうと誘うメンバーに、他のメンバーたちも調子を合わせて言い始めた。
会長は周囲を見回して。

「そうね、せっかくだし行きましょうか」

と頷いた。
やったぁと声を上げ早速走りだすメンバーたちを見送り、会長は亜里射に向き直った。

「丁度いい機会よ。的場さん、皆と仲良くお祭り回りましょう」

どうやら、会長にも思う所あって許可を出したらしい。
うん、と小さく頷いたのを確認してから会長は亜里射のてをとって、山の方へと走りだしたのだった。

少しはいったところに、それはあった。
立ち並ぶ出店、ずらりと連なる提灯が夜を明るく照らし出している。

「へぇ、こんなところあったんだ」

気づかなかった。
その事実に違和感を覚える程度には、そこは広く大きく見える。

「まあ、神社なんてお祭りでもないと来ないけどね」

会長はそう言って、先に行ったメンバーを探して歩き出した。
亜里射は、そのあとをついていく。
周囲を見回してみれば、人はそれほど多くない。
こんな場所だから客の入りがイマイチなのは仕方ないと思うが、それにしても祭りの規模とあまりにも不釣合であるように見えた。
大体、出店に人がいないのが多いというのはどういうことなのか。
そんなことを思ったが、会長の方は気にした様子もなくずんずんと進んでいく。
自分より人間らしい彼女がそう思うのならきっとそちらのほうが正しいのだろうと、そう思って彼女は思考を追いやった。

「あー、いたいた。かいちょー、的場さーん」

縁日の中を出歩いているさなか、先に行ったメンバーたちがこちらを探しに戻ってきた。
なにやら面白いものでもあったのか、気分が上向きになっているようだ。

「射的見つけたんですよ射的!!ほら、私たちが射的をやらないでどうするんだっていうか。ほらほら、いきましょう。的場さんもね!!」

縁日に射的はつきものだ。
話を聞いた会長は頷いて、それから亜里射に耳打ちした。

「チャンスだよ、いいところ見せて……皆もう知ってるか。まあ、こういうところで一緒に盛り上がろう」

小さく頷いて、歩き出した。

案内された先には確かに、射的の文字が踊る出店があった。
わかりやすい白と黒の的を矢が射ぬくデザインのロゴもある。
その前でメンバーが数人たむろしている、全員というわけではないが。
先に始めているかと思っていたのだが、しかし彼女たちは屋台の前にたむろしているだけに見えた。

「どうしたの?他の皆は?」

会長の問に。

「他の連中なら、向こうで綿あめ売ってたって言って買いに行きました。それと、この射的やってないみたいなんです」

促されて視線を出店にうつせば、確かに屋台の準備は整っているようなのに動く題に乗っているはずの景品や、それを狙うためのコルク銃も置かれていない。

「まあ、結構寂れてるんで。出店の割に人がいないですし。仕方ないですね」

「そっかぁ、それじゃ仕方ないねぇ」

その報告に、会長は落ち込んだような声を出した。

「ごめんね的場さん。また今度ってことで」

そして、亜里射に向かって小さくそう謝る。

「いや、そんな謝らないでください」

「うーん、いいチャンスなんだけどなぁ。まあでもほら、お祭り気分で皆とお話ししてみたらどうかな?」

「そうですね、そうしてみます」

会長の提案に頷いて、ワイワイとしたサークル員の輪の中に意を決して入っていくことにした。
会長もそうするのかと思ったのだが、折角の機会なのだから、と諦め切れないようで集まったメンバーたちから少し離れて周囲を見回し始める。
何か、ほかに遊べるものがないかと思ったのだ。
そんな会長に、後ろから声がかかった。

「射的したいの?」

少し幼い声質ではあるが、それは会長の興味をひくのに十分な内容で。

「できるんですか?」

思わず彼女はそう訪ね返していた。
振り返った先に居たのは、二人の女声。
どちらも、自分より年下だろうと思われる年齢だ、姉妹だろうか。
会長の問に、妹と思われる方が頷いた。

「うん、たくさんいるみたいだし。すぐに用意できるよ」

たくさん、というのはサークル員のことだろう。
これだけの人数が遊んでくれるなら、ということだろうか。

「そっか、あんまりお客さんいない時に回してもダメかも知れないものね」

「お客さんは、これからいっぱい来るんだよ?」

「明日以降も続くのかな。なるほど、だからあいてる店が多いのか」

「明日も、あさっても、その先も続くの。そしてお店も増えていくんだから」

どうやら、かなり長い間にかけて行われる祭りであるらしい。
おそらくまだ初日で、本当は射的については今日行わないつもりだったのだろう。
それをわざわざ開けてくれるというのだ、悪い気もしたが。

「それじゃ、お願いしていいかしら」

その言葉に、甘えることにした。
おねがい、と頭を下げると。

「うん、すぐ用意するね」

にこやかな笑顔で頷いた少女は、どこへ行くでもなく。
一瞬姿がぶれたかと思うと、次の瞬間には全く違う服装になっていて。
手品?
なんて思う間もなく、会長の鼻先に、宮司の持っているような器具がつきつけられる。
ただそれだけなのに、全身を走る悪寒に彼女は動きを止める。

「それじゃ……」

「会長どいて!!」

少女が、何かを言おうとした。
それに答える暇もなく、彼女は横に向かって吹き飛ばされる。
突き飛ばされたのだ、と思った彼女が振り向きざまに見たのは。
少女に向かってライフルをつきつける亜里射の姿だった。

「あなた、何?」

鬼気迫る表情で、亜里射はそう尋ねる。



メンバーの中に入っていった亜里射だが、いかんせん今までこういうところに自分から入っていった経験がそれほどなかったということもあって、なんとなく相打ちを売っているだけになっていた。
それでも、そういうこと自体がほかからしたら珍しい光景であるようで。
小さな相槌にもしっかりと反応してくれて、それとなく居心地の良さを味わっていた。

「あら、会長なにしてるんだろ」

そのさなか、誰かそんなことを言った。
会長という単語に反応して、その視線をたどれば。
ここから少し先で、二人の少女と話をしている会長の姿が見えた。
可愛らしい笑顔の少女と、その姉だろうか、そちらも人当たりのいい笑顔を浮かべている。

「可愛い娘だねー。このあたりの子かな」

そんな二人に対して、他のメンツはそんなことを言うが。
彼女だって、そうだとは思うのだが。
しかし、何故だろう。
その二人から、震えるほどの悪寒を得るのは。
他の人がどうにも感じていないのなら、それは間違いなく一般的な感性ではないのだろうが。
彼女は、知らずの内に背負ったライフルへと手を伸ばしていた。
そして、何かあったのだろうか会長が二人に向かって頭を下げる。
それに答えるようにして少女が笑った。
朗らかな、可愛らしい、無邪気な笑み。
混じりっけなしの純粋な笑みと言っていいだろう。
それを見た彼女は、反射的に飛び出していた。
銃弾のように。
不気味なほどに純粋無垢なその笑みを恐れるように、だ。
走りながら器用にバッグからライフルを取り出すと、肩から会長にあたって吹き飛ばした。

「会長どいて!!」

場所を入れ替わるように少女の目の前にたち、その額に銃口を突きつける。
走った最中に見た瞬間的な服装の変化も、彼女の心を乱すには至らない。
ただ、鉄の冷たさ、重たさだけが体に伝わり、彼女をただの銃へと変える。

「あなた、何?」

会長の静止する声も、サークル員達の悲鳴も、彼女の心を動かすには至らない。
銃は彼女の延長であり、彼女は銃の一部だった。
それである限り、彼女はただの銃だったのだ。

「会長、逃げて」

構えを解くこともないまま、会長にそういった。
戸惑った様子が伝わってくる。
悪ふざけをするような、そんな人間ではないことは会長は百も承知だから。
人に悪意を持って銃を向けたのは始めてのことだった。
しかし、自分が思っていたよりもずっと自分の心は銃でできていたようで、震えることも戸惑うこともない。

「今、何をしようとしたの?」

少女の背後、こちらに右手を向けたポーズでいる姉にも視線を向ける。
動くなという意思表示。
このライフルに銃弾は入っていないが、そんなことは自分以外にはわからない。
視線を少女に戻す。
少女は先程から、銃には目をくれることもなく彼女を、その瞳を覗き込んでいた。

「答えて」

強い口調で言って、より強く銃口を押し付ける。

「へぇ」

その答えは、驚きのような呆れのような言葉で帰ってきた。

「すごいね、鉄砲が好きなのかと思ったけど。お姉さんが鉄砲なんだ」

それは、彼女の心のなかを覗いたとしか思えない言葉で。

「人間になんてならなくていいよ、私が使ってあげるんだから」

笑った。

「黙れっ!!」

珍しく、心を揺さぶられた強い口調。
鋼鉄のスナイパーにはありえない照準のブレ。
引き金を弾く指に力を込める。

「お姉さんは、射的になっちゃえ」

しかしそれよりも先に、彼女の持つその器具が、銃の横をコツンと叩いた。
瞬間、何が起きたのか大きくバランスを崩しながらも、どうにかその引き金を引いた。
不意に崩れたバランスのさなかでも標的を照準に収めつづけたのはさすがのスナイパーである。
しかし、カチン、とふざけた軽い音が響いて。
ただそれだけ、他に何も起きはしなかったのだ。

「そん、な……」

その事実に、彼女は呆然とした。
もとより、弾など入ってはいない。
そもそも、そこに呆然としたわけではない。
彼女が手にしたライフルが立てた、あまりにも軽すぎる音。
音だけではない、実際にその銃自身もあまりに軽くなっていた。
それはまるで、射的に使うコルク銃のような。
そして自分が、その一部になってしまったような違和感。

「ダメだよお姉さん、しっかりコルク詰めないと」

クスクスと笑い声が降ってきて、彼女の手からライフルをもぎ取っていく。
見あげれば、姉がライフルのコイルを引き、その先にコルクを詰めて渡しているのが見えた。

「こんなふうにね」

少女はそれを、彼女に向ける。
パコン、と軽い音が響いた。

ただそれだけ、光るわけでは唸るわけでもない。
けれど変化は劇的だった。
両手両足が細い筒に姿を変える。
腕や足と同じように曲がって形を整えると、細部が形を変えていく。
出来上がった形は、銃。
肘や膝の裏に引き金が現れて、両手両足は完全に銃になってしまう。
次に変化が起こったのは頭だった。
耳が大きくコルクのように姿を変え、結ってあった髪が燃え上がり導火線のようになった。
いつの間にか着ていた服も法被に変っている。
そう、彼女は射的憑き神になってしまったのだ。

「きゃぁ、かっこいい!!」

うれしそうに声を上げるお社憑き神に一礼すると、彼女は早速その腕前を見せつけた。

「ばーん」

振り返りながら右手の一発。
クルッと回りながら左手の一発。
宙返りしながら両足の二発。
放たれた弾丸はまっすぐととんで、事についていけずぼーっと立っていたサークルメンバーたちの眉間に直撃した。
その瞬間、ボワンと音を立ててあたった者たちが小さな景品に姿を変える。
あまりのことにあっけにとられるもの、悲鳴を上げて逃げ出すもの。
それらすべてを平等に、全く撃ち漏らしすることなく、華麗に優雅に、彼女の銃弾は撃ちぬいた。
気づけばそこには、景品になって転がるサークル員たちと、腰を抜かして見上げる部長しか残っていなかったのだ。

「ま、的場さん?」

近づいた彼女に、会長は震える声でそう尋ねた。

「違ウヨ、会長」

射的憑き神はそういって、彼女の口に特大のコルクを突っ込んだ。
目を丸く下の束の間、会長は勢いよく立つとお辞儀するように腰を曲げた。
コルクを加えた口は、コルクごと小さくなりながら丸く形を整えていって顔だった部分は細長く胴体に同化していった。
その状態で体はどんどん細く小さくなっていき、そしてついにはライフル程度の大きさにまでなってしまう。
そう、彼女はコルク銃になってしまったのだ。

「デモ、ズットイッショ」

射的憑き神はそれを拾い上げて背負うと、祭里に遊んでもらうべく射的出店の準備に向かった。




射的は面白いですよね、でも落とせません。
きっとあの景品にはおもりが仕込んであるに違いないのです。

憑神縁日事変 3

憑神縁日事変 わたあめ



どこかで、ドーンと花火のなった音がした気がした。
遠くで縁日なんてあったかしらと思いながら、彼女は後ろを向く。
子供たちが数人列を作ってついてきていた。

「はーい、もうすぐつくからねぇ」

にこやかに手を振るが、子供たちは熱さに浮かぶ汗を拭いながら疲れたような生返事を返すだけだ。
子供たちは皆、彼女の教え子だ。
まだまだ教えることはいっぱいあるが、誰も彼も反抗期なのかなかなかいうことを聞いてくれない。
それが可愛いのだけど、と彼女は思ったりもするのだが。

「せんせー、少し休憩しようよ」

先頭を歩く子供が、疲れた声でそういった。
なるほど確かに、もうすぐ日が暮れるという時間ではあるがそろそろ歩きどおしが辛くなってくる頃でもあるだろう。

「そうねぇ」

実のところを言えば、さっさと進んで目的地にたどり着きたいところではある。
しかし、優しい彼女は生徒の提案に頷いた。

「もう少ししたところに休憩できる所があるから。そこまでがんばろうか」

休憩、という言葉をきいてどうやらすこしばかり元気を取り戻したらしい子供たちは、先程よりも幾分早足になって歩き出した。

「深呼吸して、ゆっくりあるきなさーい」

危なげな生徒たちにそう注意を促して、彼女自身も大きく空気を吸い込む。
青々とした夏のにおいが、そこら中に満ちているようだった。

夏休みのキャンプ。
彼女が勤める学校では夏の定例行事だ。
とはいえ夏休みに入ってのことであるから、希望者だけになるのだが。
今年は例年よりも参加する人数が少ないということで、行事の担当になっていた彼女は自らの生徒を数人よんだのだった。
キャンプは山のキャンプ場で行われる。
それまでは引率ごとに別れて様々なレクリエーションを行うのだ。
昼間の間普段とは違う自然に囲まれてはしゃいだ子供たちの疲れが頂点に達しているのは仕方のないことではあった。

「だけど、ちょっと離れすぎたかしら」

より自然に馴染んでもらおうと、山奥を選んだのがまずかったのか。
腕時計に視線を落とせば、そろそろ集合予定の時間だ。
しかしまあ、こんなに自然にあふれたところに来てきっちりと時間通りに物事を行おうとするのも馬鹿馬鹿しい。
心配されない程度の時間に戻ればいいだろう。

「うん、生徒たちが楽しければ。それでいいわよね」

心の底からそう思えるあたり、彼女は生粋の教師であったといえよう。

「せんせー、綿貫せんせー」

彼女をそんな思案の海から引っ張り上げたのは、己を呼ぶ生徒たちの声だった。
ぼんやりと考え事をしている内に休憩所についてしまったのだろう。
こうやってぼんやりと考え事に浸ってしまうのは、彼女の悪い癖でもあった。
ふわふわとした髪型とこのぼんやりとした性格を合わせてふわふわ先生なるアダ名も子供たちからもらっていたりする。
時間まで守る必要はないだろうが、引率者たる彼女までいつものようでは良くない。
山では一瞬の油断が命取りになることだって十分にあるのだから。

「はーい、そこでまっててねぇ。すぐに行くから」

先客がいたりして失礼をしないよう監督するべく、彼女は軽く駆け足で走りだす。

「せんせー、すごいよぉ」

たどり着いた彼女が驚く生徒たちに促されて見たのは、暗くなり始めた森の夜を煌々と照らす赤い提灯の行列。
森の青々強い匂いを一瞬で覆い隠すような香ばしい匂い。

「え、縁日?」

人はまばらにしか見ることができないが、彼女の目の前に広がるのが縁日でなければ何だというのだろう。
休憩所とは神社のことだったのか?
こんな人のいない山奥で?
様々な思いが頭をよぎる。

「お祭りだ~、お祭り!!」

「せんせー、少し寄って行こうよ」

「いいでしょ?」

子供たちのうれしそうに弾む声が、それを中断させた。

「そうねぇ」

思案顔で首をかしげる彼女に、生徒たちは抱いた。

「お願い!!綿貫先生!!」

「しかたないわねぇ、すこしだけよ」

教師の了解を得た生徒たちはやったぁと声を上げて縁日へ散っていった。

「こらこら、あんまり離れちゃダメよ」

元気よく走り去る子供たちに、先ほどまでの疲れはどこへ言ったのかと呆れながら、彼女はその後を追いかけた。

子供たちを探しながら見まわってみる縁日は、どうにも変な様子だ。
たくさんの出店が並んでいるにもかかわらず、その殆どに店員がいない。
こんな山中でやるのだから客が少ないのは当然理解できるのだが、それにしては出ている店の数が多すぎた。

「うちの町内会のより大きいんじゃないかしら」

学校近くの公民館で行われる夏祭りと脳内で比較してみても、やっぱりこちらの方が大きい。
それが、どうにも妙に思えるのだ。

「狐に化かされてるってわけじゃないわよね」

昔話を思い出し、つばを眉にぬったりしていた時だ。
走っていった子供たちが集まっているのを見つけた。

「あら、何かいいのがあった?」

物欲しそうに出店を見つめる生徒たちの視線を追えば、そこには綿あめの出店があった。
フワフワしていて甘い、子供も大好きだが彼女も大好きなお菓子だ。
夏祭りの定番と言っていい。
親御さんからすればベタベタが色々とつきやすく、しかも大きすぎて食べ切れない時の処理に困るのであまり好かれてはいないかもしれないが。
それはともかく、綿あめくらいなら買ってあげようかなどと思って財布に手を伸ばした彼女は、そこでその手を止めた。

「あら、店員さんがいないのね」

準備は万全に整っているように見える。
綿あめを作る機械だって動いているのだ。
にもかかわらず、そこには店員の姿がなかった。
周囲を見回しても、そもそも店員と呼べる人影が少なすぎる。

「うーん、残念だけど。お店やってないみたい、今日はもう戻りましょう」

ふと思い出した不気味さに小さく身震いをして、彼女は生徒たちに帰るよう促した。
しかし、生徒たちは綿あめが気になるようでなかなか動いてはくれない。
どうしようか、そう思った矢先。

「そうだ、先生が綿あめ作って!!」

生徒の一人が、名案だというように手を叩いた。

「だって、先生学校の夏祭りの時にわたあめ屋さんしてたじゃない!!」

確かに、夏祭りの時には綿あめを作ってはいたが。

「雨宮さん、それに皆もよく聞いて。人ものを許可無く使ってはいけないの。授業で教えたでしょ」

その気になった生徒たちの顔が、みるみる残念そうな表情になるのは見ていて辛かったが一刻も早く去りたいという気持ちと、教師として生徒を導かねばという気持ちが勝ったのだ。

「あら、綿あめが作れるなら作ってくれていいよ」

そんな声は、彼女の背後から飛んできた。
振り返ってみればにこにことした笑みを浮かべる少女と、姉だろうか守るようにその背後に立つ女性の姿があった。

「あの、それってどういう」

さっきの言葉について聞き返してみると、少女はぐるっと周囲を見渡して笑う。

「ここの祭り、ぜーんぶ私のだから。その綿あめ屋さんも私のなの。でも、作れる人が今いないのよね。ねえ、先生。作れるなら綿あめやさんにならない?」

本当なのかと姉らしき人物を見ると、肯定するように首を振った。
生徒たちのために綿あめをつくれということだろうか?
すこしばかり言葉に違和感を感じながら、そして背後の生徒たちからの期待を込めた視線を一心に浴びながら。

「そんな、悪いですよ」

一度は、否定してみせた。
けれど。

「悪くなんてないわ。ただでってわけじゃないんだし、それに……私綿あめ食べたかったところなの」

背後を押す一言だ。

「せんせー、あの人もいいって言ってるよぉ」

生徒たちの視線もそろそろ痛い。

「分かりました」

頷いて、彼女は勢い良く袖まくりをした。

「先生が皆に、おいしい綿あめを作ってあげましょう!!」

喜ぶ生徒たちを尻目に、ポケットから財布を取り出して振り返る。

「あの、それでいくら払えば……」

振り返った先に、先ほどまでの少女たちはいなかった。

「オダイハ、イラナイヨ」

球体でできた化物が笑みを浮かべて彼女をみおろし。
その前に立つ宮司のような格好の少女が、手にした器具をこちらに向けた。

「うん、だってこれから。わたあめ屋さんになるんだもんね!!」

いいながら、すっと器具を彼女に向けて振る。

光も音もないが、それでも変化は急激だった。
まず、もともとモコモコしてた彼女の髪が膨らむようにボリュームを増す。
色は雲のように真っ白になりほのかに甘い香りを漂わせ始めた。
増えた分の綿あめの髪が両サイドに別れてちた。
綿あめが両手を覆い、それは肩と手に分かれていく。
別れた綿あめが通ったうでは、まるで綿あめを支える割り箸のような形なった。
綿あめはそのまま足まで通りぬけ、くるぶしのあたりでとまる。
まるで雲でできた靴を履いたような格好で、足はやはり割り箸になっていた。
次の変化は、胴体で起きた。
腰回りが急激に大きくなったかと思うと、胴体が大きく開く。
中には何も無い空間が広がり、彼女の胴体は空間を囲むように透明の仕切りになった。
そして、胴体の中で変化が起きる盛り上がり、形が変わり機械的な機関を創り上げていくのだ。
銀色の、ドーナツのような輪っかがついた器具。
それは、綿あめ作り機に他ならない。
彼女は、生きた綿あめ作り機になってしまったのだ。

変化が完了したわたあめ憑き神は、主たるお社憑き神にふわりと一礼する。

「あら素敵、早速一本いただけるかしら」

そして、手を叩いて喜ぶ主に頷いて振り返った。

「せん、せい?」

急な変化に目を丸くする子供たちに、綿あめのようにふんわりと微笑んで。

「ふわふわー」

頭からぽんと、ふわふわの塊を飛ばした。
雨宮と呼ばれた少女の頭にそれはちょこんと乗っかって。
そして急激にその体を覆っていく。
まるで蛹のように。
そして全身をすっぽり覆ってしまったふわふわを、割り箸の手で器用に絡めとると。
中からはちみつのような色をした少女の、雨宮の姿をそのまま固めた像が出てきた。
少女は砂糖の塊になってしまっていたのだ。
そしてわたあめ憑き神は両手でそれを持ち上げると。
バリバリと噛み砕きながら頭から食べてしまった。
すると、透明な彼女の腹の中で動きが起こる。
喉から、砕かれた砂糖がぱらぱらと機械の真ん中に降ってはいった。
わたあめ憑き神はふわふわとした笑みのまま腰をゆっくりと回し始める。
同時に、音を立てて機械が回り始めた。
砕かれた砂糖が溶け、遠心力によって砂糖の糸となって飛び出てくる。
彼女はそれを手で器用に絡めとると、あっという間に大きな綿あめが完成した。
取り出した綿あめに、頭を振って取り出した袋をかぶせる。
袋には、「雨宮わたあめ」と写真付きで書かれていた。

「まあ美味しそう!!」

それを受け取ったお社憑き神は袋をポイと捨てるとふわふわの綿あめにかぶりついた。

「うーん、口の中で蕩ける甘さ。雨宮さんはいい飴になるのねぇ」

堪能するようにほころんだ笑みを浮かべてぺろりとそれを食べきった彼女は。

「ううん、もうひとつ食べたくなっちゃったなぁ」

すでに綿あめ憑き神の手により砂糖像となってしまった生徒たちを見ながら、舌なめずりをするのだった。




おいしいですよね、綿あめ。
口の周りにベタベタつくので食べるのが苦手でしたが。

憑神縁日事変 2

憑神縁日事変 打ち上げ花火


「祭里っ!!」

焦ったような声が響いた。
誰もいない神社の境内では、何も反応するものはないのだが。
それがかえって、彼女の焦りを呼び起こす。

「どうしよう」

震えた声を上げるのは、背の高い活発そうな印象をうける女だった。
その顔立ちはどこか祭里に似ている。
それもそのはず、彼女は祭里の姉であったのだから。
普段病院で祭里に付き添っている彼女だが、今日に限って用事があって付き添ってやれないでいたのだ。
しかし、祭里がいなくなったという話を聞かされて用事もそこそこに彼女を探しに戻ってきた。
病院中探しまわってどこにもその姿を見ることが出来なかったとわかるや、彼女はここだと目星をつけて飛び出してきた。
窓から見下ろせるこの神社を眺めては、お祭りに行きたいとずっとそう言っていたのだ。
おりしも日付はまさに縁日の日、ここ数年は行われていないとはいえ、彼女が訪れるには十分であるように思われた。
それほど広くない境内で、しかも体力のない祭里のことだ。
走り回ればすぐにも見つかるだろうと、高を括っていたのだが。


「いない……」

走れど叫べど、祭里の影すら見つけることができないのだった。

「ここじゃないとなると、どうしよう。もうわからないよ」

ずっと一緒に付き添っていながら、彼女の行きそうな先すら思い当たることのできない自分に歯噛みして。
それでも、何かしようと走りだした矢先だ。
境内と俗世を隔てる鳥居をくぐって外に出ようとしたところで。
彼女の耳を、にぎやかな音楽がかすめていった。
それはまるで、祭ばやしのような。
どこか近くで縁日でもあるのだろうか。
そう思っていた矢先、再び祭ばやしが聞こえてくる。
今度ははっきりと、もっと近くで。

「え?」

太鼓や笛の音。
祭りを盛り上げる音楽。
それが、まるで今この場で祭りが行われているかのように彼女にまとわりついてきたのだ。
ゆっくりと、振り返る。
時刻は夕方、太陽は山の彼方へ沈み、横薙ぎに赤い光線が指す時間帯。
もうそろそろ夜になる。
そうなれば、この明かりの乏しい神社は真っ暗な闇に包まれることだろう。
だというのに。

「うそ……」

振り返った彼女が見たのは、提灯がたくさんぶら下がりほんのりとした明かりが灯った境内の姿だった。
たくさん立ち並んだ出店は、準備中なのだろうか店員も客もいないが、その景色はまさに縁日だ。
いまこの瞬間までそこに居たというのに、こんなものはなかったはず。
狐につままれたような、そんな感覚を得ながらも彼女はそちらに足を向けた。
人っ子ひとりいない縁日。
不思議であり、不気味である。

「祭里?」

なぜだろう、そんなところに妹がいるだなんて思ったのは。

「なぁに?」

小さな問いかけに帰ってきた答えは背後から、思いの外近い距離だ。
驚いて、勢いよく振り返ればニコニコとこちらを見上げる探し人の姿があった。

「ま、祭里?」

「うん、だから。なあに?」

何事もないかのように、いつものような笑顔を向ける彼女に。
怒ろうとして、けれどなにより無事だった安心感で、彼女は祭里を抱きしめた。

「全く、皆心配してたぞ。ほら、帰ろう」

その手を引いていこうとするも、祭里は拒否するように手を払った。

「いや!!だって見てよお姉ちゃん、お祭りだよ!!私のためのお祭り!!」

誰もいない縁日をぐるっと指さして、祭里は叫んだ。

「でも、だれもいないよ。きっと準備中だから、明日またこよう?」

「嘘。お姉ちゃんはずっと前からそういって。今まで一度も一緒に来なかったじゃない。それに、皆これから来るの。増えるの。だって私のためのお祭りなんだもん」

祭里の言葉に、彼女は足を止めた。
確かに、ずっと一緒に祭りに行こうと言ってきた。
それは、まだ一度たりともかなっていなかったのだ。
これからも、来れるかどうかなんてわからない。
目の前にいる祭里は元気そうだけど、それが明日も続くかはわからないのだ。
おそらく、たまたま復活した縁日を祭里は自分の為に行っているのだと勘違いしたのだろう。
準備中のようだが、少しくらい彼女と一緒に回ってあげるのもいいかなと思った。

「仕方ないわね」

彼女は祭里の横に並んで、人のいない縁日の中を歩き始めた。
出店の前を通るたび、祭里はおお、と声を上げて喜ぶ。
お好み焼き、りんご飴、綿菓子、どれもこれも準備は万全といった様子だ。

「うんうん、準備はできてるね。あとは人が来るだけだよ」

覗いてはしきりにうなずく祭里を微笑ましく思いながら、それでも彼女はこの人のいない縁日から不気味さを拭いとることが出来なかった。
もう、ずっとこうして回っているのに、本当に一人足りとも姿を見せないのだ。
今にも営業できそうな準備だけは、整っているというのに。

「祭里、楽しんでるとこ悪いけどさ。やっぱり変だ、この縁日。誰も人がいないなんておかしいよ。帰ろう?」

その言葉に、祭里は足を止めた。
やはり、聞かないか。
こうなったら抱き上げて強引にでも連れて帰る。
そう思った時だ。

「あたりまえだよ」

さも当然であるように、祭里が首をかしげながら言ったのは。

「だってさ、まだ始まってないもん。お祭り」

「いや、そういうのじゃなくて。おかしいんだよ、祭里は始めてだからわからないかもしれないけど、普通は準備中でも人がいるものなんだ」

「だから、始まってないんだって。だってさ、花火。なってないでしょ。ドンドンって」

何を、言い出すのだろうか。
何かがかみ合っていない違和感。
そして、なぜ祭里は笑っているのだろう。

「だから誰も来ないの。始まりの合図がないと、誰も気づかないよ」

向い合って離す祭里は、どこかおかしい。
彼女の体を、舐るように見回して。

「うん、やっぱり花火担当はお姉ちゃんにしよう。だって、お姉ちゃん花火大好きだもんね。名前だって、花火って名前なんだし」

花火、確かにそれは彼女の名前。
祭り好きの母が名付けた。

「さあ、花火お姉ちゃん」

果たしていつの間にやら、対面する祭里はその格好を変えていた。
宮司がするような格好をしていて手にはお祓いに使う器具を持っている。
その割には、色が黒いが。
祭里はそれを、花火に向けた。

「打ち上げ花火になぁれ」

光もなく音もない。
しかし変化は劇的だった。
まずは、肉付きのいい下半身が溶けるように形を変えて一本になり円筒形を形作った。
スタイルのいい上半身は極端にくびれと膨らみを繰り返し球体が連なったような体を創り上げる。
顔はそのまま、けれど頭の上に角のような円筒が生え、そこからも球体がぶら下がる。
両の手のひらもそれぞれ下半身のように姿を変えて、円筒形の姿になった。
彼女の体を形作る球体は、それぞれが打ち上げ花火で紙に包まれている。
彼女は生きた打ち上げ花火になったのだ。

「うん、よく似合うよ。花火憑き神」

祭里の言葉に、花火憑き神は会釈した。
もはや姉としての意識はなく、お社憑き神と化した祭里の部下としての意識だけが残っている。

「さあ、早速打ち上げて。ちゃんと素材も用意してあるから!!」

いつの間にか、祭里の足元に両手を後ろ手に縛られたナースが倒れていた。

「私を探しに来たの。でも、もういいよね」

頷いて、花火憑き神はナースに手を伸ばした。
猿轡をかまされて言葉がでない彼女の体を両手を器用に使って丸めていく。
人体では絶対にありえないような不自然な曲がり方を繰り返し、人間を強引に丸めたら出来上がるような歪な球体が出来上がった。
球体の表面に浮かぶナースの顔は困惑と恐怖に満ちている。
花火憑き神はそれに意も返さず両手で持ち上げると、大きく口を開けてそれを人のみにしてしまった。
口の大きさは絶対的に合っていないのに、物理というものを無視する動きだ。
口いっぱいに頬張って、ゴクリと飲み干す。
次の瞬間、彼女のからだが少し伸びた。
彼女の体を形作る花火がひとつ増えたのだ。
胸部に存在する新たな花火には、ナースの顔が浮かび上がりその横にはでかでかとナース30号と書かれている。

「すごい!!」

その様子に祭里は驚き、嬉しがった。

「はやく、はやく!!」

ねだる彼女に微笑んで、花火憑き神は右手を天高く伸ばす。
そして、ナース30号が彼女の体から消えたと同時右手から甲高い音を立てて天高く光が登っていった。
次の瞬間、それは大きく花開く。
音を響かせ、光を散らす。
降り注ぐ光は、まるでナース服のように清浄な白だ。

「わぁい!!お祭りの始まり!!皆ー、早く来てねぇ!!」

ひかりのシャワーの中で、祭里が一人はしゃいでいる。
かくして、たった一人のための縁日が始まったのだ。






というわけで第二話。
こいつの存在があったからこのネタを思いつたといっても過言ではない花火憑き神です。
飲み込んだ人を花火にして打ち上げるっていうのが能力。

憑神縁日事変

憑神縁日事変 事の始まり


古い神社がある。
ずっと昔からその地に立っていた由緒正しい神社だ。
まあ、それほど大きい規模なわけではないが、長年地域の人々から親しまれてきた神社だ。
夏になれば小さいながらもにぎやかな縁日が開かれ、子連れの親や近辺の若者が集まってきたものだった。
それも、もう昔の話になるのだが。
人口減少の影響か、若者の地域離れによるものか、いつしか人が集まらなくなった神社は縁日を行うこともなくなり、忘れ去られたように寂れたままそこにあるだけだった。

休日だというのに人っ子ひとり見当たらない境内。
そろそろ夏だとうこともあって、生い茂る木ではセミたちが求愛の歌を口ずさんでいる。
それほど広くない境内が広々と思えるほど、人の気配が感じられない空間だった。
青々とした木々が影を作る参道は、近頃は人が通ったこともないのではないかと思われるほどで、落ちた木の葉などがそのまま散らばっている。
そんな砂利道に、真新しい足跡が幾つか。
引きずるような、どことなく元気のない形跡の足あとを残しながら一人の少女がゆっくりと参道を登ってきていたのだった。

「あつ……夏だもんね」

誰ともなく呟いて、少女はようやくたどり着いた大きな鳥居にその小さな背中を預けた。
たいして急な角度を持っているわけでも、長い距離を持っているわけでもない参道だが、彼女の体は限界を訴えるように滝の汗を流す。
すこしばかり青ざめた顔で、彼女は何も無い、寂れた境内を見渡す。
一度、二度、三度。
何度も、何も無い空間から何かを見つけ出そうとするように、彼女は視線を往復させた。
そして、深い溜息をひとつ。

「はは、やっぱり、か」

その声色は、多分に悲しみを含んでいるようだった。
溜息をつくと共に、彼女の体を支える何かも抜け落ちてしまったようで、彼女は力なくその場に腰をおろした。

「今日だったはずなのになぁ」

ごそごそとポケットから取り出した携帯電話、スケジュールを開いてみれば今日を示す日付に赤い丸がつけてある。
その画面と境内とを交互に見渡して、彼女はもう一度大きなため息をついた。
それから彼女は力なく立ち上がり、軽く咳き込んでからふらふらと風に吹かれるように危なげな足取りで正面にある本殿を目指す。

数度何も無いところで転びそうになりながら、彼女はどうにか本殿にたどり着いた。
だれもいないことを確認してから、全身を投げ出すように本殿前の階段に腰を下ろす。

「はぁ、はぁ……やっぱ、しんどい」

荒く不規則な呼吸は、彼女の体が本当に休息を求めていることを教えていた。
そんなことは、誰に言われるでもなく彼女自身が一番理解しているのだが。

「ごほっ……」

連続する咳は疲れによるものではなく、もっと危なげな気配を伝える。
口に当てたてを離してみれば、白い肌に微かに赤い飛沫が見て取れた。

「神様」

それを見て、彼女は全身の力を抜いて階段にしなだれかかる。
もう、体を起こす力すら残っていないかのように。

「見える?あそこ」

誰もいないにもかかわらず、腕を高く上げてとある方向を指差す。
鎮守の森の高い木々の間から見て取れるのは、近くに立つ総合病院だ。

「私さ、ずっとあそこにいたんだ」

少し言葉を紡ぐたびに痛みを伴う咳を出しながら、彼女は言葉を紡いだ。

「あそこから、ずっとここを見てたの。そしてさ、にぎやかなお祭りの音を聞いてた。沢山の人がいて、明るくて、いい匂いは私の病室まで漂ってきてたよ。治ったら、絶対にそのお祭りに参加するんだって。決めてた」

言葉を区切ったのは、体を折るほどの大きな咳だ。
血が塊のようになって口を抑える彼女の手にこびりつく。
口の端から赤い涙を流して続ける彼女の声は、もはや霞んでいるようにすら聞こえた。

「でもさ、もうだめなんだって……私、死ぬんだってさ」

それ以降は、かすれ嗚咽混じりの慟哭となった。
しっかりと聞きとることもできない叫び声と、涙を流して。

「だから、だから最後にお祭りに来ようって!!一度だけでも楽しもうって、そう思ったのに!!なのに!!お祭りなんて、どこにもないじゃない!!今日この日にやってたじゃない!!なんで!!なんで私が死ぬってわかったらお祭りなくなるの!?ねえ!!出店は!?花火は!?お客さんは!?どこ!!どこにあるのよ!!」

もはや、言葉にもなっていない感情をぶちまけて。
それから彼女は突然、電池が切れたように口を閉ざした。
呼吸を落ち着けるように、深呼吸を繰り返し。

「ごめんね神様。うるさくしちゃって……でも、悔しくてさ。私の名前、祭里っていうの。お母さんがつけてくれたんだ。お祭りみたいににぎやかな子になるようにって。でもさ、一蓋も言ったことないんだよ、私……なんか、眠くなってきちゃったな。大声出して、疲れちゃったみたい……すこし、ここで眠ってもいいかな」

足を抱くように体を丸めた祭里は、どんどん小さくなる声で言った。

「神様神様。私をお祭りに連れて行ってください。大きくて、賑やかで、ずっと続く。楽しいお祭に」

願いを込めて零したその言葉を最後に、彼女は何も言わなくなった。



灼熱の太陽が照りつける夏の日のこと。
古い神社の片隅で、少女が身を小さく丸めていた。
だからなんだというのだろう。
寝ていようが、そうでなかろうが地球は回るし時間は進む。
世界も自然も広大で、世の中には波紋ほどの変化も起きはしない。
筈だ。
そうであるはずだし、そうであって当然だ。
世界には理があって、だからこそ世界は存在している。

しかし風が吹いた。
何の変哲もない一陣の風。
木々の間を駆け抜け、葉を揺らす。
盛んに自らの位置を告げるセミたちが畏れたように歌を止めた。
風が止めば、音が消えた世界が訪れる。
まるで世間から切り取られてしまったかのように神聖に満ちた静寂が。
そして、風もなく音もなく本殿の扉が開いた。
神を祀る扉が。
音もなく開いた扉は、風もなく閉まった。
次の瞬間、止まっていたビデオを再生するようにセミたちから、世間から音の洪水があふれ満ちた。
何も変わらない理の中、地球は周り自然は揺らぐ。
ただ、世界には波紋ほどの変化も起こさないだろう小さな変化があった。
古い神社の片隅で身を丸めていた少女が、忽然と姿を消していたのだ。
はじめからそこに誰もいなかったのではないかと思えるほど、突然に忽然と。

世界は理で満ちている。
物は落ちるし、人は死ぬ。
太陽は回るし、月は日毎に形を変える。
そうであって当然だ。
そうでなければならない。
けれど、そうでない何かというのも確実に存在していた。
理で図ることのできない何かを、かつて人は神と呼んだのだ。
小さな古い神社の片隅に、かつて神と呼ばれた何かが居た。
ただそれだけのこと。
少女の小さな願いを叶えた、ただそれだけのことなのだ。

「あは、あはははははは。お祭り、お祭りだよ!!楽しい楽しいお祭!!いっぱいいっぱい出店を出して、いっぱいいっぱい花火を上げて、いっぱいいっぱいお客さんに来てもらって。食べて遊んで見て笑って、私が楽しむ!!私の、お祭りだよ!!」





夏と言えば縁日ですね。
憑神というのは彗嵐さんのところの概念です。
素敵な企画だったので書かせてもらいました。
これからたくさん事件が起きるはずです。

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ヤドカリ

Author:ヤドカリ
基本的に要らんことをつらつらと書いてます
エロとか変脳とか悪堕ちとか

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