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行列の出来るディアクリスタル

ボッサボサの髪、目の下のクマ。
見上げるような、睨むような悪い目つき。
背は低くていつも不機嫌そうな顔をしている娘がいる。

金剛寺輝石、大層硬そうなそれが、彼女の名前だ。

「…………しんどい」

誰も、思うまい。
そんな彼女が、このシティを守るヒロインであるなどと。
学校の帰り道、行列の出来るラーメン屋さんというノボリがたくさんついた店がある。
その前の行列を身内で回して周囲の客を困らせているワルサー軍団の戦闘員を見つけた彼女は、ため息混じりに変身した。
体内に埋め込まれたホープクリスタルが、彼女の願いを叶えるために煌く。
体から光が溢れ、周囲を埋め尽くしてしまうまでになる。
驚いた誰もがそこに注目し、そして声を上げる。

「ディアクリスタルがきてくれたわ!!」

そう、シティを守る正義の味方、ディアクリスタルが現れたのだ。
白銀のきらめきを返す鎧のようなアーマーを身にまとった彼女は、びしっと戦闘員たちを指さした。

「みんな大好きな行列に割り込むだなんて言語道断……ロットが乱れたらどうするつもり!?お前らの悪事、もはや許さない。クリスタルの輝きの前に沈んでしまうがいい!!」

先ほどまでとはうって変わったような熱血ぶりで高く飛び上がったクリスタルは輝く拳を握りしめた。

「クリスタルアタタタタナックル!!」

両手がもはや残像を残すまでに高速で動き、列を作っていた戦闘員たちを宙に舞わせのだ。
一瞬で戦闘員たちを片付けた彼女は、ぱんぱんと手を払って。

「他愛もない、これからは心を入れ替えなさい」

と言って締めようとしたのだが。

「ギョーレツレツレツ!!」

不吉な笑いが、周囲に響きわたった。
嫌な予感に、彼女はゆっくり振り返る。
すると、ラーメン屋の中から様々なノボリをみにつけた看板のような怪人が姿を現した。
そいつが店から出てくると、不思議なことにいままで行列ができていたラーメン屋は突然閑古鳥が鳴き始めてしまう。

「これは……おまえがっ!?」

その異常に、彼女は怪人が犯人だと決めつけた。

「ギョーレツレツレツ。その通り!!宣伝怪人ノボリ様の手にかかれば、こんな寂れたラーメン屋なんてこんなもんよ!!」

「なんて卑劣な!!」

「卑劣?ふふふ、それは違うな、お前ら人間が行列や限定品に弱いだけだ!!」

「なに、そんなことはない。人々は、情報に踊らされないしっかりとした審美眼を持っている!!」

「あまい、甘いぞディアクリスタル。お前にも、その怖さを教えてやろう。有名だから行列ができるのではない、行列ができるから有名なのだ!!」

何かをしようとする怪人に、クリスタルは先手をとった。

「させるか、クリスタルホアチャァナックル!!」

「遅いぞ、くらえ。限定品ノボリ!!」

怪人の背後からノボリが上がる。
『特別極上チンポ、限定一名様!!』
怪人は己の股間から男性器を見せつけるようにさらけ出した。

「げ、限定品!?」

それを目の当たりにしたクリスタルは思わず足を止めてしまう。
なんといっても限定品だ、貴重に扱わなければならない。

「げ、限定一だなんて」

どきどきと、顔を真赤にそめておっかなびっくりそれを触る。
巨大な、皮被りの包茎チンポ。
その皮のうちには匂い立つ恥垢がたっぷりと詰まっている。

「どうです、ご賞味なさいますか?」

怪人のその言葉に、クリスタルは驚いて目を輝かせた。

「い、いいの!?」

「もちろんですとも」

そういって、ずいとそれをせり出す。
クリスタルはゴクリと息を飲んで、そっと舌を伸ばした。

「苦くて臭い……でも、限定品だと思うと美味しく思えるわぁ♥」

少し顔をしかめながら、限定品なんだからと自分に言い聞かせて皮の間へ舌をねじ込ませていく。
へばりついた恥垢を舌でほぐし、唾液で柔らかくしてすすり上げる。

「んっほぉ♥臭い臭いぃぃぃでも限定品だからおいしぃぃぃ♥んじゅ、ンジュルジュルルン♥限定チンカスクリィィミィィ♥」

ひょっとこのような間抜けな表情で顔を上下に動かしてそれを綺麗に掃除した彼女はうっとりした顔で怪人を見上げる。

「ふふ、限定品。素晴らしかったでしょう?」

「はい♥もう、オマンコグチョグチョになっちゃいました」

「それは大変ですね。そうだ、これから特別にこの限定チンポにおまんこご奉仕してみます?」

クリスタルは声を上げた。

「まあ、そんな。本当にいいんですか?」

「ええ、もちろんです」

「嬉しい……限定品にチンポにご奉仕できるだなんて」

うっとりとした声で言うと、自らそれを跨ぎ、自らの秘書へと導く。
あてがって、ぐっと力を入れてそれを飲み込むと。

「アハァ♥」

それだけで幸せの笑みがこぼれた。

「さあ、どうぞ」

許可されて、彼女はおまんこご奉仕を開始する。
首に手を回して、腰に足を絡めて弾むように上下運動を行うのだ。
体を擦りつけるように密着させ、快楽を全身で味わおうとする。

「どうですか、限定品チンポは?」

ガツンガツンの子宮を叩かれながら、彼女はなかばアヘ顔になって答えた。

「素晴らしいですぅぅぅ♥限定品だけあってもう相性バッチリ♥I LOVE限定品♥LOVELOVEチンポ♥LOVE限定チンポ♥」

あまりに嬉しくなってしまった彼女は思わず歌いだす。
そのあまりにも幸せそうな歌は、周囲に客を呼び寄せた。

「ふふ、そろそろいい頃合だな」

周囲を見て目を細めた怪人は、ノボリを入れ替える。
その瞬間、ディアクリスタルは正気に戻った。

「LOVEチン……?あれ、わたしって、えええぇぇぇぇ!!」

周囲を見回し、状況を確認して思わず声を上げてしまう。

「な、なんで私こんな。はなせっ!!」」

離れようと暴れる彼女の最奥にガツンと一発打ち付ければ。

「んほぉ♥」

植えつけられた快感は抜けない、それだけで力が抜けた彼女は抵抗を止めてしまう。

「一体何をしようっていうの」

揺られながら見上げる。
怪人は、後ろを指さした。
したがって振り返れば。

「え、なにこれ」

彼女の後ろに、たくさんの行列ができていたのだ。
見あげれば、ノボリには「行列」と書いてある。

「さあ、それでは皆さん順番です。しっかり並んでくださいね、これから大人気のクリスタルアナルホールを開始しまーす」

わあ、と声が上がった。

「え、何何。ちょっと」

男の熱いものを自らの尻に当てられて悲鳴をあげる。

「や、やめて。私よ、皆のみかたディアクリスタルよ!!」

けれども、それで止まることもなく彼女の菊門は無残に貫かれてしまったのだ。

「無駄だディアクリスタル。情報に踊らされる者共は中身など見ていないのだからな!!」

貫いた男は無心で腰をふる。

「さすが、大人気のクリスタルアナルホール。気持ちいいぞ!!」

ばんばんと遠慮無く腰を打ち付け、その多くに欲望を吐き出すと。

「またくるよ」

満足そうな表情で去っていった。
ほっとしたのもつかの間、また誰かが彼女の腰をがっしりと掴み。
あ、という間もない。
再び最奥へと破城槌を叩きこまれたのだった。

「ま、また?」

目を丸くしたクリスタルに、怪人は笑う。

「何を驚いているんだ。お前は大人気、行列のできるクリスタルアナルホールなんだからな。この後ろにいる全員が満足するまで閉店するわけにはいかないぞ」

振り返れば、一体どこまで続くのかという人の列。
戦闘員すら混じっているその列に、彼女は悲鳴をあげるしかなかった。

「あふん♥んひぎぃあ♥」

それから数時間が立った、数度となく貫かれた彼女のアナルはもはや自然に閉まることを忘れポッカリと開きっぱなしになっていた。
腕ぐらいなら軽く飲み込んでしまいそうなほどに大きくあいた穴からだらりと白濁液をこぼしながら喘ぎ声を上げる。
淫蕩に染まりきった声が、怪人が腰を揺するたびにこぼれていた。
腹はたっぷりと人と怪人とのせいで膨らんでいる。

「ふはは、宣伝の力を思い知ったか。さあ、クリスタル喜べ。お前限定でおれのおまんこ奴隷にしてやるからな」

「んふぅ♥」

うれしそうに微笑むクリスタル。
そして、ノボリが上がり始めた。







次の瞬間。

「な、なにぃ!?」

何者かの攻撃によりノボリが破壊されてしまう。
そして、ノボリを破壊した何者かは返す刀で怪人の体を両断した。
どさりと、怪人の体が転がりクリスタルが地に投げ出される。
それでもなお淫蕩な笑みを崩さず、全身から情事の残香をこぼす彼女に何者かは吐き捨てるように言った。

「ディアクリスタル……これが、私たちのプロトタイプだって言うのか?」




久しぶりに更新
設定の書き直しと統一をしてみようと思います

リンク報告!!

ふふふ、皆さんこんばんわ。
本日は素敵な報告がございますよ。
なんと、当ブログは新たなる旅の扉を手に入れました!!
そこから繋がる世界は3つ!!

1つめの世界、MIDNIGHT TEAPARTY

SSに絵にTRPGまでなさっている上に嫁を愛でる完璧超人水鏡さんが運営しておられるブログです。
憑神縁日事変の外典も書いて頂きました!!

2つめの世界、彗嵐のでんのぅおもちゃばこ(ブログ)
3つめの世界、彗嵐のでんのぅおもちゃばこ(HP)

どちらも素晴らしき落描師、彗嵐さんが運営しておられるサイトです。
HPの方は現在工事中のようです。
憑神縁日事変の中核になっている憑き神の生みの親、いわば創造主ですね。

それでは、コンゴトモヨロシクお願いいたします!!


憑神縁日事変 9

憑神縁日事変  大花火

日比野花火、お社憑き神となった日比野祭里の手によって最初に憑神にされた娘だ。
花火憑き神となった彼女は、祭里の右腕として彼女を守るため彼女の願いを叶えるためという行動理念で行動している。
彼女が打ち上げる花火は、まるで誘蛾灯のように人を引きつける力があるのだ。
その花火は、縁日に遊びに来ていた客たちを加工したもので。
空に煌く花火は、人々の命でもあるのだった。
魂の底まで憑き神となってしまった彼女は、もしかしたらもう人に戻れないのかも知れない。
けれど、それで彼女は満足なのだ。

「いつまでも、お前を守るからね。祭里」

こうやって、愛しい妹の隣にいられるのだから。

「うん、ありがと。大好きだよ」

祭里も頷いて、姉に体重を預けるようにした。
手に持ったイカ焼きをかじって。
その幸せを噛み締めるように微笑む。

「おいしい?」

花火の問に、祭里はうんと頷いた。
よかった、そう花火は笑って自らも昼食を取ることにする。
人でなくなった彼女は、もはや通常の意味での食事を必要としてはいない。
通常の食事をとるのは、嗜好品としての意味合いしかないのだ。
しかし憑き神たちは食事をする。
もちろん普通のものではない。
現に昼食と言って彼女が取り出した、いや連れてきたのは祭りに遊びに来ていた母娘連れだ。
人を操るすべに長けた花火にとって、縁日内の人を自在に動かすなど造作もない事なのだ。
二人は、きょとんとした様子で彼女の前に立っていた。
なぜここにいるのだろう、といった様子だ。

「こんにちは」

花火はにこやかに挨拶した。

「こんにちは!!」

「あら、これはどうも」

二人は、それに答えるように挨拶を返す。

「お祭り、楽しんでくれてる?」

その問に、二人は顔を見合わせて頷いた。

「うん、すっごい楽しいよ!!」

少女の元気な返事に花火は表情をほころばせて手招きした。

「そう、よかった」

呼ばれるままに彼女のもとへやってきた少女をひょいと抱き上げると。
母親の目の前で少女を折りたたむように丸めはじめたのだ。
サバ折りになるようにくの字の曲がったかと思うと肩や足をきれいに揃えてその形を球体へと変えていく。
まるで粘土細工のように姿を変えた少女は、母親の目の前で人の面影を残した歪な球体へと姿を変えた。

「いったっだきまーす」

そして、口を大きく開けると丸く加工した少女を一飲みにしてしまったのだった。
ごくんと飲み下せば、そこにはもはや先ほどの少女の影も形もない。
目の前でそれを見つめていた母親は。

「あら?」

と首をかしげた。

「どうかしたんですか?」

花火の問に、母親はうーんと唸って答える。

「私ったら、いつの間に縁日に来ていたんでしょう?もういい年なのに」

「たまには楽しむのもいいと思いますよ?」

そう言って微笑みながら近づいた彼女は、娘と同じように母親も丸く加工していく。

「んーでも、今はいいかな?」

きょとんとした表情のまま球体となった母親の前で小さく首をかしげた。
そしてそのまま、まるでおにぎりでも握るかのように両手に力を込めてぎゅっぎゅっと握っていく。
みるみるその球体は小さくなっていき、手のひらにすっぽりと納まるようなサイズになってしまう。
彼女はそれを腰のベルトから下がる小さな皮のベルトに入れると、美味しそうにイカ焼きを頬張る祭里に向き直った。
祭里はイカ焼きをかじりながら、呆れ混じりに彼女の腰を指さした。
ズボンに巻かれたベルトからぶら下がる、たくさんの小さなベルト。
そのひとつひとつに、加工された人々がぶら下がっているのだ。

「お姉ちゃん食べ過ぎだよー。ふとるよー」

祭里の指摘に、彼女はエヘヘと頬をかいた。

「うーん、でもお腹すいちゃうんだよねぇ」

言うやいなや、ベルトの一つから取り出した球体をポイっと口の放りこむ。

「うーん、おいしい」

うっとりした表情で言う彼女に、祭里は呆れてイカ焼きをかじるのだった。


憑き神は、人を喰う。
頭からバリバリというスプラッター的な食べ方ではない。
人を、その魂を自らの魔力によって犯し、食らうのだ。
言ってしまえばそれは、人としてのあり方を侵略するということ。
食われた人間は憑き神の一部となり、新たな憑き神となってしまう。
故に彼らはこの世に存在してはならないものとして狙われるのだ。


いつものように花火と手をつないで縁日を回っていた祭里は、ふとした違和感に気がついた。
いつもよりも、花火の体が熱っぽかったのだ。
不思議に思ってその顔を覗き込んでみれば、どことなく火照っているように見える。

「お姉ちゃん、風邪?」

心配そうな祭里の言葉に、花火はうーんと首をかしげる。

「なんだろ、少し。体がだるいかな」

どことなくポーッとした様子でそう返す。
その様子は確かに風邪のようではある。
しかし、憑き神が風邪をひくのだろうか。

「きっと、すぐ治るよ」

そういった直後だ、ふらっと足がもつれたように彼女は倒れてしまう。

「お姉ちゃん!!」

悲鳴を上げて寄り添う彼女のもとに浴衣が訪れ、即興でたんかを創り上げて本殿に運んだのはすぐのことだ。
布団に寝かせて、隣でオロオロするばかりの祭里に様子を見終えた浴衣が告げた。

「別に心配はないさね」

その一言にほっと胸を撫で下ろした祭里は、浴衣に尋ねる。

「風邪ですか?」

「いいや、憑き神が風邪を引いただなんて話は古今東西聞いたことがないさね」

「じゃあ、いったい……」

答える前に浴衣は花火の隣りに座った。
そして目を覚ましていた花火に尋ねる。

「花火、あんたどれくらい人を喰った?」

花火は、ウーン?と首をかしげた。

「食ったパンの数なんて覚えてないって顔だね?」

その指摘に、花火は照れくさそうに頬をかいた。

「まったく、あんたいつ見ても食ってるようにしか見えんかったけど。たぶんもう百や二百を軽く超えるくらいは食ったに違いない」

花火は、頷いた。

「そして聞くけど。あんた子供居たっけ?」

その質問には、姉妹ふたりとも顔を真赤にして。

「いません!!」

「何を恥ずかしがっているさね?子供って言っても子憑き神ことさ」

そう言うと、彼女の方の上に小さな織物憑き神が現れる。
憑き神に魔力で侵された人間の魂、憑き神の眷属と化してしまった元人間だ。
仲間を増やすという考えが根本にある憑き神は、食うことによって仲間を増やす。
子憑き神は不思議そうな顔で周囲を見回して、カラカラと布を吐いた。

「ああ、別に手伝って欲しいわけじゃないさね。遊んでおいで」

それを優しく止めると、子憑き神はふよふよとどこかへ飛んでいった。
この縁日の中には、多くの憑き神が産み出した子憑き神たちが遊びまわっているのだ。
魔力をたっぷりと吸い上げた子憑き神はやがて一体の憑き神となる。
言うなればそれは、己の魔力を分け与えた分身に等しい。

「子憑き神は、いわば分身。増えすぎた魔力が溢れ出してできるものさね」

でも、と浴衣は続けた。

「あんたは、子憑き神を作らなかった。どうやら、かなりキャパシティが大きいのか。あるいは作る間もないほどに魔力を蓄え続けたのか。どっちかはわからんさね。けど、それが限界にきた。魔力が花火という器にいっぱいになってしまったのさ」

「それじゃ、子憑き神を作れば!!」

目を輝かせて、祭里が尋ねる。

「まあ、そうなんだが。今回ばかりはそうもいかないさね。余剰になっている魔力が大きすぎる。こうなってしまうと、子憑き神の体には納まり切らないさ」

「じゃあどうするの?」

「どうにかしようと、花火の体がしているのさ。魔力に耐えうるより強靭な体を作ろうとしている。うーん、進化と言っていいのか……初めてさね、こんなのを見るのは」

浴衣の長い人生のなかでもこんな症状を見るのは初めてだった。
しかし、同じ憑き神であるからかどうすればいいのかは何となく分かる。
おそらくは、経験も大きいのだろうが。

「脱皮、と言うべきか?ともかく、花火は生まれ変わろうとしているのさ」

「それじゃ、お姉ちゃんはすぐに良くなるの?」

浴衣はまたしてもううんと首をかしげた。

「いや、それだけじゃダメさね。今の体に、花火憑き神という存在に蓄えられた魔力を形と共に脱がなければならない。そのための、依代が必要さ」

依代、つまりは子憑き神のように魔力を流し込むための魂が必要だと浴衣は教えた。

「お客さんじゃダメなの?」

「キャパシティが足りないさね。もはやこれは並の人間一人でまかないきれるものじゃない」

「退魔士さんは?」

祭里はすでに数人と言わない人数の退魔師を飲み込んでいた。
花火と浴衣という強力無比な力を持つ憑き神を従える彼女にとって、退魔師は客とたいして変わらないように思えていたのだ。

「うーん、退魔師のほうがキャパシティはでかいけど……かといってこれを飲み込めるほどのキャパシティを持つ退魔師なんて呼んだらこっちが危ないさね」

「そっかぁ、それじゃたくさんお客さんを纏めて……」

「100人でもきかないってレベルさね……待てよ……」

祭里の無邪気な言葉に反論してから、ふと思い出したように額に指を当てる浴衣。

「いたさね、適任が」

そうして不敵に笑い。

「花火、のるかい?」

花火にそう尋ねた。

「強くなれるんでしょ、もっと、もっと祭里を守れるんでしょ」

彼女は、強く頷いた。


「そういえばさ、なんで私は子憑き神いないのに大丈夫なの?」

「いるじゃないか、たくさん」

浴衣はそう言って、自分や花火そして縁日を賑わわせている憑き神たちを指さした。

「みんな、あんたの子供さね。母上」

「うわ、私ったら子だくさん」

祭里はどこか恥ずかしげに体をくねらせた。


退魔師にも世襲はある。
先祖代々退魔師であるという家系は、そう珍しいものではない。
大抵の場合、そういった家には何かしらが伝えられていることが多い。
例えばそれはあらゆる憑き神を両断する宝具であったり、あるいは術の系統であったりだ。
九条家もまた、古くから退魔師を行って来た家系だ。
表の顔は、財界と縁の深い上流階級であり退魔師としても優秀な人材を輩出してきた由緒正しい家である。
九条の退魔師が得意とするのは、集団戦術。
それに特化した術系統をもっており、九条の退魔師はそのために特別に訓練された従者を引き連れているのだ。
九条火凛、現当主の長女ですでに優れた成績、戦果を残している。
次代の当主と実しやかに囁かれている娘だ。
自らを上流階級と定義し、その責務を果たすための矜持を持っている。

「人々に仇なす憑き神、許しませんわよ」

相対した憑き神に向かってそう言うと、臆することなく一歩一歩と近づいていく。
しかし、憑き神は身動きひとつ取ろうとしない。
いや、とることができないでいた。
憑き神の周囲を、彼女の部下である侍女服をまとった娘たちが取り囲んでいたのだ。
手をかざし、印を結ぶ姿は退魔師とそう変わるものでない。
彼女たちこそ、九条家が誇る退魔の侍女部隊だ。
一人ひとりの力は早退したものでもないが、組み合わさることによって巨大な憑き神すらも仕留めることができる。
そして、彼女たちの動きにより火凛は己の力を最大限に発揮することができるのだ。

「あなたの罪を償いなさい」

火凛が両手を合わせる、ぶつかり合った手と手から火花が散って、数度叩けばまばゆいばかりの閃光になった。
それはやがて巨大な火球になり、憑き神へと向けられる。
絶対的な破壊力を持つ九条の火球、それを受けた憑き神は、消滅する他になかった。
絶大な破壊力と引換に小回りの効かない術式を扱うため、侍女たちの力が必要になるのだ。
跡形もなく消滅した憑き神に背を向けて、彼女たちは歩き出した。

「お嬢様、どうぞ」

差し出されたタオルを受け取って汗を拭う。
大変な仕事ではあるが苦ではない。
こうやって仇なす存在を一つづつ確実に取り除くことが人々の平和になるのなら。
それはむしろ、楽しい仕事であるとすら言えた。

「お嬢様、準備はできております」

侍女がそう言って、車の扉を開いた。
誘われるように乗り込む。
彼女は学業もおろそかにしないのだ。
いわゆる縦ロール、竜巻のように渦を巻く2つの塔のような髪が、彼女の外見の最も大きな特徴だろう。
黄金の輝きを持つそれは、人々の視線を惹きつけて止まない。
風に流されるだけでまるで金粉が舞い上がったかのような錯覚を受けるそのかみもさることながら、それに目を引きつけられたものは次に、その完成された肢体に目を奪われる。
女性として理想をかき集めたらできるような、美しさ。
豊満と言っていい肉付きながら、決して品位を崩さない丹精さ。
視線には力が込められていて、彼女が只の娘ではないこと教えている。
力強い目に注意が行きがちではあるがしかしその顔もまた美しいと言えるものだった。
学校中の妬みと羨望を一身に受けるが、それもまた上流階級の責務であるとして彼女は真摯に受止めている。

「……」

車に揺られてしばらく外の景色を眺めていた彼女は、ふと気づいたものに目を細めた。

「このような朝方から……珍しい」

車を停めるように指示すると降りて、空を眺める。

「惑わしの呼び声……この街で人々を誘惑しようとは、不届きな」

機嫌を悪くした彼女は、胸元から一枚の札を出した。
小さく呪を唱えると周囲に光が満ちる。

「朝早くから申し訳ありません、みなさん」

光が消えると、そこには彼女を中心にしてたくさんの侍女が並んでいた。

「問題ありません、お嬢様。いつでも準備はできております」

「それでこそ九条の侍女。よろしい、では参りましょう」

多くの侍女を引き連れて、彼女は自ら敵の懐へと踏み込んでいく。
おそれも迷いもない、ただ心配なのは。

「授業に、遅れければ良いのですが」


「はぁ、はぁ……」

息が切れる。
ぜーぜーと品位のない呼吸をして、彼女は上を見上げた。
ずっと見上げるほどに巨大な影が、彼女を見下ろしていた。

「くっ!?」

足が竦み、腰が震える。
立とうと思ってしかしまともに立つことすら出来ず、彼女は腰砕けに尻を打ち付けた。
そこに、影が手を伸ばしてくる。
思わず、小さく悲鳴を上げて両手で自分を庇おうとする。
そんなことでは、防げないと知っているくせに。

「お嬢様を守れ!!」

周囲に散らばっていた侍女たちが、彼女を守ろうと集まる。
小さな霊力をかき集めて練り上げ呪文を組み上げる。

「四象八卦に陣を、こんどこそ奴を捉えるんだ!!」

捕縛のための呪文式が発動、それを扱うための適切な位置へと移動する。
独特の歩法でもって散開し死角へ死角へと移動しながら相手を取り囲もうとする技術は今までどの憑き神に見ぬかれたこともなかった必殺の技。
2つの瞳では消して追いきれぬ魔性の技を、しかしその影は見ぬく。

「ダメです、やめなさい!!」

球体を組み合わせて作ったようなその憑き神は頭部にある目だけではなく、全身を構成する球体が独特の視覚を持っていたのだ。
笑みの張り付いた球体が、回る。
ぐるりと周囲を見回して、周囲に散開した侍女たちをくまなく捉える。
百を超える瞳から、逃れるすべなどあるはずもない。

「死角が、ないのです!!」

けれど、彼女を守るために命を捨てる覚悟の侍女たちは止まらない。
決死の覚悟で、術を遂行しようとする。

「やめてぇぇぇぇ!!」

光が満ち、彼女は悲鳴を上げた。
視界を奪い去る一瞬のその閃光に、彼女は思わず目を閉じる。
やがてやんだ閃光に、目を開けて顔を上げる。
願わくば、術が成功していてくれと思いながら。
目の前は煙で満ちていて、その奥を見通せそうもない。

「誰か、報告を!!お願い、帰ってきて!!」

声を張り上げる。
だれか、返事をしてくれ。
お願いだから。
しかし、彼女の願いはかなわない、いやある意味かなったのか。
煙の間を縫うように、何かがコロコロと転がってくる。
一つではない、二つ、三つそれ以上だ。
コロコロと転がってきたそれは、彼女にぶつかって動きを止めると、次々にぶつかってそこに溜まっていった。

「あ、ああぁぁぁぁぁぁぁ……」

悲鳴のような声が漏れた。
彼女の周囲に転がる大きな球体。
そのどれもが、彼女が見たことがあるような模様をしていて、そのどれもが、彼女が知っている人物の顔をしていたのだ。
物言わぬ塊となって、彼女たちは帰ってきた。
打ちひしがれ、うなだれる彼女に覆いかぶさるように、巨大な影が姿を表す。
ひ、と小さく声を上げて上を見上げる。
高みから見下ろすその表情は、にやにやと笑っているように見えた。

「モウ終ワリ?」

降ってくるのは、どこか悩ましげな熱っぽい声。
そして、彼女をつかもうと巨大な手が伸びてくる。
再び悲鳴を上げて、両手で自らを庇おうとして……
それでいいのか、と誰かが言った。
おそらくそれは、彼女以外の誰にも聞こえない声なのだけれど。
九条の名が、彼女の背中に立っていた。
かつてより魔を討ち、人々の先頭に立ってきた九条家の名が、彼女を支えていた。

『また、無様な真似をしようというのか?』

先ほどのような。
と、誰かは言う。

「そんなはずが、ないですわ」

声は震えていた。
しかし、しっかりと芯のある声だ。
信念を持った声だ。
震える足を叱咤して、怯える腰を激励して、彼女はゆっくりと立ち上がる。
そして、声を振り切るように声を上げる。

「私は、九条火凛!!九条家当主朱銀が長女!!」

勝鬨を上げるようなその声に、彼女の震えは止まっていた。
彼女の中で声を挙げていた、九条の血が燃え上がる。
全身を真っ赤なオーラが覆った、揺らぐ炎のようなオーラ。
それは、炎を扱う九条家独特の術式開放の証。
髪にも黄金の輝きが戻ってくる。
両手から炎が吹き上がり、彼女の体を覆った。

「憑き神などに、屈しはしません!!」

吹き上がる炎を練り上げ、巨大な火の玉へと。
ありったけの霊力をつぎ込み、小さな太陽を作りあげんとした。

「くらえぇぇぇぇぇぇ!!」

それを、放り投げる。
ゆっくりと全てを消しとばす力の塊が、空気を、空間を焼き尽くしながら憑き神へと迫った。

「はぁ、はぁ……罪を、償いなさい!!」

彼女見る前でゆっくりと敵までたどり着いた火球は、弾けるように光と炎をまき散らした。
そして、暗転。
音と光と衝撃が彼女の五感を奪い去ったのだ。
けれど、彼女はもう恐れない。
九条の名を背負っている限り。


「なぜ、ですの?」

疑問の声を上げる。
答えるものは何も無い。
ただそこには、自由のきかないからだと、目の前で笑う憑き神の顔があるだけだ。
わかりきって居たはずなのに。
なぜ、九条が部隊を持つのかを。
悔しがっても、もう遅い。
がっちりと捕まれてしまった彼女の体にはもはやそこから逃れるほどの力もないのだ。

「殺すなら、殺しなさい」

せめて最後は九条らしく。
彼女はキッと、憑き神を睨みつけた。
しかし憑き神は、とんでもない。
と笑う。
知らぬわけではない。
知らぬはずがない、憑き神に敗れたものの末路を。
魂まで、その有り様まで犯し尽くされるその屈辱を。
ならば、と彼女は舌をかもうとした。
恥辱を受けるくらいならば、自らの命を絶つ。
九条のものらしい考え方だ。
しかし、あろうことか彼女の体はもはや動かなかった。
もはや逃れることもできないのだ。

(止めなさい、私にふれないで!!)

請い願うことしかできない。
けれど、それに頷く憑き神であるはずもない。
体がくの字に折り曲げられた、そのままくるくると足を巻くように、それに腕を沿わせるように、自慢の髪もしなやかさを失ってその中に飲まれた。
彼女の体は人体構造を無視して加工されていく。
痛みもない、違和感もない。
言葉を発することはできないが、意識は不思議と明朗としていた。
やがて出来上がるのは、歪な球体だ。
凛とした表情のままそうなってしまった火凛の姿はどこか滑稽だ。

(死にたい、殺して!!)

人ですらなくなってしまった彼女は、せめてこの身が守るべき人々に危害を加える前に滅びたかった。
しかし、しかしだ、彼女は今やただの物体。
侍女たちの球体に紛れて転がる球体の一つにすぎないのだ。


球体となった彼女たちの傍らで、花火憑き神はその体を横たえた。
巨大だった体はある程度小さくなっている。
体を横たえた、とはいっても横たえたのは打ち上げ用の筒になっている下半身だ。
そうやって横になった状態で、彼女は近くの侍女玉を持ち上げると、自らの下半身、底に開いた穴にあてがった。
その穴の大きさは丁度侍女玉と同じくらいだ。
力を込め、やや侍女玉の形を変えながらその穴で飲み込んでいく。

「うっ……くぁ……大きい」

顔を真赤に染めたそのさまは、性感にあえいでいるようにも見えてひどく艶かしい。
やっとの思いで一つを飲み込んだ彼女は、体を熱く染め上げて残された球体を見つめた。

「んっ、はぁ……すごい、熱くて……」

ひとつ飲み込むたびに。

「っっっァ……もう、奥まではいっちゃった」

貫かんばかりの快感が彼女の体を駆け抜ける。
喘ぎ、涎を始めとした体液を垂れ流しながら、彼女は侍女玉をすべて飲みきった。

「ぁ……最後……」

その手が、火凛玉に伸びる。


火凛は、見ていた。
動くこともしゃべることもかなわない状態の中、その光景を。
彼女が愛し、彼女を愛した侍女たち。
いわばそれは自身の体の延長ですらあった仲間たちが、飲み込まれていくさまを。
何を言っても届かぬ思いではある。
しかし、それでも思わずにはいられない。
やめて、と。
もちろんその思いの届かぬまま、彼女以外のみなは全て飲み込まれてしまった。

『サアお嬢様、準備はデキテイマスよ』

しかし、彼女の悪夢は底で終わらない。

『お嬢様』

『アア愛シイお嬢様』

聞き覚えのある声が、彼女を呼ぶ。
見れば、憑き神の下半身。
筒状となったそこに、侍女たちの顔が浮かび上がっていたのだ。
誰もが淫蕩に顔を歪ませ、淫靡に彼女を誘う。

『サア』

『コチラヘ』

彼女を、呼ぶ。
もし足があれば逃げ去っていたかもしれない。
そんな分身たちを見たくはないと。
けれど、もはや動くこともかなわぬその体、とどまっていればどうなるかはもちろん知っていた。
ひょい、掴み上げられ体が浮く。
気づけば彼女は、憑き神の腕に抱かれていた。
まるで愛しい物を抱くかのように、優しく。

「あは、あなたが、私の子になるのね」

そういって、優しく彼女にキスをする。
不純で、不潔だ。
けれど何故だろう、その瞬間嬉しいと思ってしまったのは。
回答は出ないまま、彼女はゆっくりと憑き神の底からその中へと飲み込まれていったのだった。


「その後はどうさね」

本殿の近くで横になっていた花火に、浴衣が声を駆けた。

「ふふ、順調みたい」

うれしそうに、腹を撫でながら答える。
その腹は、異常なほどにふくれあがっていた。

「皆げんきだよ」

大人一人がゆうに入るのではないかというその腹を覆う服を、浴衣がペラリとめくり上げる。
そこには、たくさんの女性の顔が浮かび上がっていた。
言うまでもなく、火凛とその次女だ。
誰も彼もが幸せそうに、淫靡に蕩けた表情をしている。

「でしょ?」

彼女の問に、火凛が答えた。

「はいぃぃ♥お母様の中が気持ちよくて、火凛とろけてしまっておりますぅぅぅ♥」

そう言った途端、火凛の周囲に存在している侍女の顔が消えた。

「んはぁ♥また一人、火凛になりましたぁ♥」

蕩ける火凛を、花火は優しく撫でた。

「この顔が皆消えたら、誕生ね」

服をもどした浴衣はその横に腰掛けた。

「そうさね、その時にはまた着物を作らないと」

「よろしく」

答えて、周囲を見回す。

「祭里は?」

「子供が生まれるのにあわせてケーキ出店を呼ぶんだって言って、いつぞやの出店カタログとにらめっこしているさね」

「あるかなぁ?」

「さあ?」

二人は、顔を見合わせて笑った。


それから数日が立った。
彼女の腹に浮かぶ顔は、火凛一人になっている。

「ああ、火凛。もうすぐ会えるね」

腹をなで、微笑む。
祭里もまたその横で興味津々といった様子で火凛を眺めた。

「ケーキ出店なかったよー。ワッフルでいい?」

「ふふ、もちろんですわ祭里様。お母様ともども、頂きます」

「よかったぁ、いつでも食べれるからね!!」

喜んだ祭里の前で、すぅと火凛の顔が消えた。

「いよいよさね」

花火憑き神となった彼女の後ろについて本殿を出る。
花火憑き神は体を構成する花火の数を増やし、巨大体に姿を変えた。
そして、本殿にしなだれかかるように下半身の打ち上げ筒を空へと向ける。
その瞬間、彼女の体が光りに包まれ始めた。

「いっくよー!!」

気合を入れた声。
そして、爆発音。
大きな破裂音を伴って、空高くへ光り輝く花火が登る。
それはまるで天へと橋をかけるような、そんな光景で。
そして、天を覆わんばかりの花火が夜空を彩った。
美しさと雄大さに、誰も彼もが言葉を失う。
そして花火が散ると同時、空からゆっくりと光の玉が降りてきた。
それは、光の塊となっていた花火憑き神のとなりへと降り立って。
そして二つの光は同時に消える。
そこに立っていたのは、下半身の大筒の周囲にたくさんの小型の筒をつけ、手にも小型の打ち上げ筒を三つ指のように備え、頭にも新たな打ち上げ筒を手に入れた、花火憑き神。
いや、大花火憑き神だ。
肩や頭の打ち上げ筒からは、玉簾のように小型の花火が連なっている。
そしてその横にいるのは、前までの花火憑き神を書き写したかのような憑神の姿。
変わっているのは、頭の打ち上げ筒が大きくなり頭の横に、まるで縦ロールのようにくっついていること。
それと、顔立ち。
その顔は確かに、九条火凛のものだ。
いや、それだけではない。
彼女の体を構成している花火が、まるで侍女のような色合いをしている。
そう、彼女いや彼女たちこそ、子花火憑き神なのだ。

二人は揃って祭里に一礼した。
それから向き合って。

「火凛!!」

「お母様!!」

抱きあう。
子花火憑き神の体となっている侍女玉、いや次女玉たちも、声を上げた。

「「「「「「お母様!!」」」」」」

「うん、お前たちも。元気でよかったよ」

少しだけ涙ぐむようにして、彼女はその新たなる生命を歓迎した。
次々に周囲にいた憑き神たちがお祝いの言葉を口にする。

「おめでとう、おめでとう!!」

お社憑神も。

「よかったさね」

浴衣憑き神夫婦も。
他の、縁日を構成する憑き神たちも。
誰もが口をそろえて、その誕生を祝った。


それから、ワイワイとした祭りに戻る。
しかしそこかしこから聞こえてくる話題の中心は、花火たちだ。
祭里は二人の花火憑き神と手をつないで祭りを回っていた。
二人の姉ができたようで、とても嬉しそうだ。

「えへへー。火凛お姉ちゃん」

と笑みをこぼしながら火凛を見上げた彼女は、ふと表情を険しくして足を止めた。

「どうなさいました、祭里様?」

それを不審に思ったか、火凛が足を止めて祭里に尋ねる。

「ねえ、火凛お姉ちゃんは。私のお姉ちゃんだよね?」

「花火母上の分身なので、そうなりますわね」

「でも、お姉ちゃんの子供だよね?」

「母上は、母上ですから」

「……お姉ちゃん。お姉ちゃんは、私の子供だよね?」

「ここの憑き神の母っていう意味ならそうだね」

「てことは……私、火凛お姉ちゃんのおばあちゃんじゃない!!うわー、もうおばあちゃんになっちゃった!!」

大変だー、と慌てる祭里に、二人は顔を見合わせて笑った。




「ところで母上、母乳を所望致しますわ」

「へ?」

「母乳です。母上の生命の泉で生まれたばかりの私の喉を潤して欲しいのです」

「へ?いや、あの」

「ふむ。出が悪いのですか?でしたら搾って差し上げますわ」

「ちょ、やめっ!!」

なんていう一幕があったとか、なかったとか。




花火パワーアップの巻
なんでエロいかって言うとエッチなのが好きだから

憑神縁日事変 8.5

憑神縁日事変 金太郎飴

一閃。
銀の光がきらめいて一直線の軌跡を描く。
それは、すべてを切り裂く斬撃の線だ。

「ォォォォォォ」

空気の抜けるような、恨み言に聞こえるような、そんな言葉を吐きながら上下に分断されたタクシー憑き神は煙のように消滅した。

「他愛もない」

カチンと音を立てて刀を鞘にしまったのは、改造された和服を身にまとった女性だ。
大人とも子供ともつかない微妙な年頃で、端正な顔立ちをしている。
背は高く、スラっとしていてシルエットだけ見れば男のようでもあるが豊満な胸や尻がそれを否定していた。
長い髪をポニーテールにまとめた彼女は、さっと踵を返すとその場をあとにする。
そこには何も無い、静寂だけが残された。



「都市伝説?」

退魔師である彼女、一文字菊水はそう聞きかえした。
その情報を彼女にもたらしたのは、退魔師に対して情報を売ること生業をにしているものだ。
噂から、正確な情報まで、妖しいと思われる情報を方々から仕入れ、彼女たちに伝える。
そういった者たちだ。
そんな彼がこの度彼女に持ってきたのは、噂に近い情報だ。

「はい、人が帰ってこない祭りの噂。きいたことないですか?」

聞くところによると、本来ありもしないところで祭りが行われていて底に行ったものは帰ってこない。
そんな噂が、ほんとうにひっそりとではあるが流れているらしい。
知る人ぞ知る都市伝説といった具合だ。
現代に残る怪異、憑き神たちが起こす事件はその特性から表面に現れにくく、それでも違和感を察知した少数の者たちから実しやかに囁かれ、都市伝説となっていくことが多い。
もちろん大抵の場合は根も葉もない噂であることが多く調査をしたところで徒労になることが多いのだが。
彼女はふむ、と頷いた。

「けが人が出たとかいう話は?」

「ないですね、なんせ。出てこれらないらしいので」

「入っていった者たちが残した噂ではないというわけか」

「はい」

憑き神達は、被害者に関する記憶を失わせる。
まるでいなかったのように、誰の記憶からも消えてしまうのだ。
憑き神たちが関わる都市伝説の多くは、特定の被害者の名前を出さない。
例えば四丁目の〇〇さんが、ということはないのだ。
そういう面で見れば、たしかにこの都市伝説は事件のようではあるが。

「わかった、ありがとう」

彼女はうなずき、報酬を渡した。
そして腰に下げた二本の剣をチャリとならし、ビルの合間に消えていく。


都市伝説となる憑き神の多くは、強大ではない。
事件を隠蔽し切ることのできない未熟な憑神が都市伝説となるのだ。
しかしながら、強大な力を持たないがゆえに退魔師たちの網にかかりにくくもある。
退魔組織は、無駄な出費になることを恐れて大抵の場合そういった事例に口をだそうとしない。
そのため、彼女のようなフリーの退魔師が必要になるのだった。
組織縛られることなく、軽い足取りで様々な調査に当たることができる。
当たり外れはあれども、あたった場合はしっかりと報酬をもらえるのだ。
実力は個人によってまちまちではあるが、菊水はB級程度の実力があると言われていた。
自身を隠す力もない程度の憑神であれば、大抵の場合倒すことができる。
先祖代々フリーの退魔師を続けてきた一文字一族に代々伝わる二本の刀。
はるか昔、名のある退魔師が鍛え上げたという霊刀は、彼女の力を吸い上げて対する憑神を両断する。
人を切ることができない出来損ないの刃ではあるが、しかし、それに切り裂くことのできない憑き神はいないのだ。
その刀を扱うことができるが故に、彼女たち一族は退魔師をしていたと言っても過言ではない。
逆に言えば、彼女たち一族はそれしかできないのだ。
他の退魔の家系に比べれば、芸の少ない一点特化の能力。
それ故に、正式な退魔師になることもなくフリーという地位に甘んじていたのだ。
先祖はそれでよかったと思っていたのかもしれない。
けれど彼女は、自分の力を認めて欲しいと思っていた。
聞けば、彼女と同じくらいの年齢で組織に認められているものもいるという。
彼女は、劣っているとは思えなかったのだ。

「だから、証を立てる」

地道に退魔を続けて、認めてもらう。
それが彼女の目標だ。
退魔師を始めてからすでに狩った憑き神は99体。
強いものもいれば弱いものも居た。
一概に評価することは難しいだろう。
けれど、99体というその数は圧倒的だ。
彼女の年齢でそれほどの数をこなした退魔師はそうはいないだろう。
あと一体、100体目の討伐をもって、彼女は退魔組織に正面から入るつもりだった。
これで、誰も私たちを馬鹿に出来ない。
あと一体……
ゴールを目前にした、それ故の油断。
都市伝説となる程度の力しか持たない憑き神という決め付け。
ビルの谷間を歩く彼女は、空に響いた花火を聞きつけるやいなや、口の端を歪めて飛んだのだった。


果たして摩訶不思議なことに、ビルの谷間、音もしない都会の闇の中を飛んでいたはずの彼女は、いつの間にか祭り囃子と明るい提灯の行列に包まれていた。
いっそ耳が痛くなるほどの喧騒が周囲に広がっていて、思わず彼女は立ち止まった。
祭り、祭りだ。

「いつのまに……」

いつの間に祭りの中にいたのか、本当に気がつかなかったのだ。
先手を取られた。
そう思って身構える。
この祭りはまず間違いなく憑神の結界。
それに取り込まれてしまったのは、うかつだった。

「攻撃的なものではない」

そうならすでに何かが起こっているはずだ。
慎重に状況を解析する。
この広い全てが憑神であるのか。
いや、そうではない。
変な感じはしているが、歩き回っている客たちは人間だ。
出店を経営している者たちが、憑き神……
ぞっとした。
ざっと見てその数は100を超える。
まだこちらに気づいてはいないようだが……

「警戒能力は低いのか?」

だとすれば数こそ多いが、そのひとつひとつは大したことがないように思えた。

「慎重にやれば、行けるか?」

そう思った瞬間だ、彼女の背後に突如気配が起き上がった。
人のものではない、魔力をタップリと含んだその気配は。

「憑き神!!」

振り向きざま、彼女は霊刀を抜き放った。
煌く銀線がひとつ、夜の闇を駆け抜ける。
あっけないほどの手応えで、彼女の背後に立った憑き神はまっぷたつになって倒れた。

「弱い……」

思うよりもそれはずっと非力だった。
彼女が今まで戦ってきた中でも、弱いほうだろう。
思わず、口の端が歪む。
振り返ってみれば、この縁日を構成する憑き神の数は100を超えるのではないかというほどだ。
それほどの数、手土産にはちょうどいいだろう。
まずは手近にいる、綿あめ憑神から……

そう思って一歩踏み出したその瞬間。
再び背後で魔力が膨れ上がる。

「なにぃっ!?」

飛び退いて振り返れば、先程まっぷたつにしたはずの憑神が起き上がり、彼女を見ていたのだ。
円筒形を組み合わせて創り上げたようなその憑き神は、きょとんとした表情で彼女を見下ろしている。

「なら、もう一度っ!!」

襲ってこないのなら好都合と、彼女は霊刀を振るう。
両手に持って二度三度、ぐるっとまわって四度五度。
剣戟の嵐のような連続した斬撃に、目の前の憑き神はコイン状にスライスされて散らばった。

「ここまでやれば……」

荒く息を吐きながらその三条を眺める彼女の背後に、再び声がかかる。

「さすがは一文字の剣戟さね。この代になっても衰えは無しか」

振り返れば、憑神が立っていた。
妖艶な着物を身にまとった憑き神は、周囲とは隔絶した力を持っている。

「お前が、親玉か」

刀を向けて尋ねる。
しかし憑き神は笑った。

「いいや、私は只の門番さね。一文字菊水、あんたみたいな不届き者を始末するためのね」

「なぜ私の名前を……」

「思い出す必要はないさね」

疑問を抱いたその瞬間、周囲で再び魔力が盛り上がる。

「またっ!?」

即座に、周囲に剣を向けようとして。

「体が……」

自分の体が、動かないことに気がついた。
よくよく目を細めてみれば、自分の体の至る所に細い、蜘蛛の糸のような糸が絡みついて動きを奪っていたのだ。

「一文字の霊刀、厄介さね。それしかできないから、それに特化しているから。防ぐことすら容易でない宝具だよ。でも、相手が切っても意味が無いのであれば……」

ぎりぎりと糸の圧力が強まった。
体が己の意思に反して勝手に動き、両手に持った霊刀を取り落とす。

「やめ、ろぉ」

懇願のような言葉にも、憑き神は笑みを崩さない。
糸に操られて、彼女は気をつけをするような状態で直立させられた。

「例えば、こいつみたいのが適任さね。なあ、金太郎飴憑き神」

憑神の台詞に、体をまとめ上げて立ち上がった金太郎飴憑き神は首をかしげた。

「頭は、まだあんまりよくないけどね」

そう言って、手を叩く。
それに答えるように金太郎飴憑き神が体をバラした。
そしてバラバラに成ったパーツが、彼女の頭の上と足の下にそれぞれやってきて。

「いいっ!?」

上下からぎりぎりと押しつぶし始めたのだ。
上下から体をつぶされるという恐怖に、彼女は珍妙な声を上げる。
圧力は強まる。

「あ、れ……?」

しかし、不思議なことに痛みはなかった。
体は上下からのプレスで縮み、全体の形がおかしくなっているというのに。
顔をは上を向き潰されて平面のようになっていて、体は押しつぶされて大分太さを増していた。
けれど、横幅は上下の憑神のパーツを超えることなく、彼女の体は円筒状に押しつぶされていってしまったのだ。
やがて短く太い円筒状になった菊水は、もはや何も語ることが出来なくなっていた。
その塊を金太郎飴憑き神は持ち上げて丸呑みにしてしまう。
次の瞬間、金太郎飴憑き神の体がぐーんと伸びた。

「よーし、いい感じさね。さて、菊水飴の部分だけもらおうか」

袋を取り出した憑神がそれを突き出すと、金太郎飴憑き神は頷いて今のびた体のパーツを袋の中に落とした。
それは空中で更にサイズを小さくして一口サイズになった。
小さなコイン状の飴が袋の中にパラパラとおちてくる。
そのひとつひとつには、キリッと凛々しい表情を浮かべる菊水の顔があったのだった。

「さて、祭里に持って行ってあげるかね……うーん、幾つかはもらってもいいか」

そう言って懐からハンカチを取り出すといくつをそれにくるんで懐に入れた。
1つだけ手に持って口に放り込む。

「んー、甘い。いい味さね」

蕩けそうな甘さに微笑んで、彼女は本殿へ向けて歩き出したのだった。




金太郎飴を作る工程は芸術的ですね
相性差がひどいと何もできない菊水さんまじ可愛い

憑神縁日事変 8

響き渡る祭り囃子についうきうきとしてしまうのは世代を問わないようで。

「お祭り、楽しみだね!!」

着替えさせてもらったばかりの浴衣に身を包んだ花奈は、嬉しそうに彼女を見上げた。

「そうね、久しぶりなんだから。いっぱい楽しみましょう」

その二人の後ろでは花奈の姉である千代子が携帯をいじって文句を言っている。

「うへぇ、圏外?どんだけー」

二人はそれに苦笑して。

「ほら、そんなの仕舞って。せっかくなんだし楽しみましょうよ」

「そうそう、お姉ちゃんいつも携帯見てばっかだよ?」

二人の言葉に、千代子は唇を軽く尖らせた。

「むぅ、全く……仕方ないわねぇ。付き合ったげるわよ」

そういって携帯をしまい込むと、花奈の手を握った。

「ほら、行くならさっさと行くわよ!!」

そう言って歩き出す彼女に、二人は笑って追随する。
3人で笑いあう、なんだか久しぶりだと彼女は思った。



彼女、花澤ゆうきの夫が病で倒れてからすでに数年が立っていた。
幼い子を二人抱えた状態で、彼女は生きて行くためにせわしなく働かなければならなかった。
昼もよるのもない生活が続き、時には愛する我が子を恨んだことすらある。
けれど、千代子も花奈も彼女にとってかけがえのない娘であったのだ。
生意気な口を聞くしすぐに泣くけれど、かけがえのない、可愛いかわいい娘であった。
そして、自慢の娘たちでもある。
だから彼女は頑張れた。
けれど彼女が頑張るほど、家族での触れ合いの時間は減っていく。
もう、ここ一月程子供たちと顔を合わせて食事をとっていないのではないか。
子供たちは、心配ないというけれど。
子供たちと遊べる時間を取れないことが、なんとも辛かったのだ。
だから、ようやくとれたたまの休みに子供たちを連れだした。
どこへ行こうとも決めていなかったのだが、都合のいいことに近くで縁日をやっていたのだ。
これ幸いとばかりに、彼女たちはそこへ足を向けた。
普段訪れることのない古びた神社ではあったが、その縁日は驚くほどに規模が大きいものだった。
入り口のところで浴衣の貸し出しまでしてくれるというのは、他には見られないものだ。
浴衣を着せてもらった花奈は、大喜びしている。

「千代子も借りればよかったのに」

彼女も浴衣を借りて袖を通しているのだが、それは今までに見たことがないほど見事なもので、借り物だとわかっていてもついつい浮かれてしまう。
千代子は、なんかださいと言って着なかったのだが。

「人間から作った着物って、こんなにキレイになるのねぇ」

貸浴衣屋さんが目の前で披露してくれた浴衣の製作過程。
彼女たちと同じ年頃だろう母娘がみるみる浴衣に変わっていくのは、なんとも不思議で面白い光景だった。
よくよく見れば、彼女たちの面影がどことなく残っているような。
そんなことを考えていると、先頭を行く花奈がとある出店の前で足を止めた。

「お母さんこれ食べたい!!」

香ばしい匂いを漂わせているのは、せんべいの出店だ。
ソースたっぷりの大きめのせんべいを、客の目の前で焼きあげてくれる。

「あら、美味しそうねぇ」

確かに、なんとも美味しそうである。

「すいません、3枚もらえます?」

「アイヨ、3枚ダネ!!」

注文に、店主はすぐにも頷いて彼女たちの後ろに並んでいた3人組目掛けて左手のソースをぶしゃとぶっかけた。
全身ソースまみれになった少女たちは、てくてくと鉄板の前まで歩いてくるとその上にひょいと飛び乗っていく。

「オイシイノガデキルヨ!!」

それを、店主は大きな右手でバシンバシンと叩いて潰していった。
鉄板の上には香ばしい匂いを漂わせるせんべいが3つ、いい感じに焼けている。

「楽しみだね」

家族さんにでわくわくと待っていると。

「デキタヨ」

あっという間に焼きあがった3つのせんべいが出てきた。
どれもこれも大きめでアツアツだ。
一口かじれば、それだけで旨みが口中に広がった。

「おいしいじゃん」

難色を示していた千代子も、意外そうにポツリとそう漏らすのだった。

せんべいを綺麗に平らげた一行は、いろいろな出店に寄り道しながら縁日を回っていく。
綿あめを食べ、型抜きで遊び、射的を眺めた。
皆ではしゃぎ、皆で盛り上がる。
最後の方には千代子も積極的に祭りを楽しんでいて、面白そうな屋台を見つけるなり大はしゃぎして花奈と一緒に向かっていっていた。

「うん、来てよかったな」

二人の笑顔を久し振りに見ることができた気がして。
二人を後ろから眺めながら、ゆうきは一人うなずいていた。
これでまた、明日からも頑張れる。
そう思ったのだった。
そんな時だ。

「こまったなぁ」

そんな声が聞こえたのは。
真横から聞こえたその声に、そちらを向いてみればいつの間にやら宮司の姿をした少女がひとり立っていた。
あいくるしいその姿に庇護欲を掻き立てられ、彼女はつい声をかけてしまう。

「どうしたの?」

突然声をかけられて驚いたような表情を少し見せたが、少し離すと落ち着いて答えてくれた。

「実は、チョコバナナを食べたいの」

そう言いながら、二人が背にしている出店を指さした。
明かりがついていなくて気がつかなかったがそれは確かにチョコバナナの出店だったのだ。
しかし、明かりがついておらず店員もいない。

「うーん、店員さんいないみたいねぇ」

彼女の言葉に、少女は残念そうに頷いた。

「そうなの」

そして、遊んでいる千代子と花奈を眺めて。

「チョコも、バナナも揃っているのに。店員さんがいないの」

「材料は揃っているのか……だったら、すぐに戻ってくるんじゃない?」

少女は首を横にふった。

「まだいないから無理」

そして、彼女の方を見て。

「ねえ、チョコバナナ屋さんにならない?」

そんなのダメよ、怒られちゃうわ。
そう、言おうと思ったはずだ。
けれど、言葉を紡ぐはずの口は動こうとせず思い通りの言葉を出すことは出来なかった。
いや、それだけではない。
全身が言うことを効かなくなってしまったようで、彼女の体はピクリとも動かなくなってしまったのだ。

「ううん、チョコバナナ屋さんになってね」

少女は笑って、手に持ったおはらい棒をこちらに向けて振るった。

光も音もない、けれど変化は劇的だった。
彼女の下半身が溶けるように一本になり、ずんずんと太くなって有機的なカーブを描く。
甘い香りが漂い始めて、一体化した下半身は鮮やかな黄色に姿を変えた。
それはどう見ても、下半身まるまるの大きさを持つバナナだ。
両手も同じように、それぞれが一本の大きなバナナに変わっていく。
そうかと思えば、彼女の胸周りは中身が空っぽの透明な器に変わった。
髪の毛も数本ごとにまとまってバナナのように姿を変えていく。
そして、彼女のポニーテールもまた大きな一本のバナナヘと姿を変える
周囲に芳醇な匂いを漂わせて、変化は止まった。
そう、彼女はチョコバナナ憑き神になってしまったのだ。

「うーん、いい匂い。楽しみだなぁ」

お社憑き神の言葉に、チョコバナナ憑き神は頷いた。
そして、遊んでいる娘のもとへ向かうと。
ぴょんと飛び上がって下半身のバナナを大きく開き、その皮で花奈を閉じ込めてしまう。

「ふへ?」

目の前で突然起こった事態に、千代子は変な声を上げた。
チョコバナナ憑き神はそちらにも素早く向き直ってポニーテールのバナナをちぎって千代子に向かって投げる。
ポニーバナナはすぐに生えてきた。
空中でくるくると回りながら器用に皮を広げたバナナは、そのまますっぽりと千代子に覆いかぶさって閉じてしまう。
人一人分の大きなバナナが、目の前に出来上がった。
その表面には、驚いた表情の千代子が浮き出ている。
下半身のバナナの表面に体を浮き上がらせる花奈を撫でて、チョコバナナ憑き神はニッコリと微笑む。

「良カッタわね、花奈。ばなな好キダモンね」

「うん、バナナ大好きー」

その中では、花奈が姿を変えつつあった。
体が色を失っていき、グニグニと四肢が溶けるように形を変え一体化していく。
次第に動くことも、声を出すこともできなくなりながら彼女の体は柔らかくなっていった。
完全に人バナナとなってしまった花奈を皮の上から優しく撫でると、目の前にあるバナナを手に取る。
先ほどまで人間サイズだったバナナは片手で持てる程度の大きさになっていて、皮をむくとその中から茶色いチョコになった千代子が姿を現した。

「千代子モ、ちょこ、好キダッタモンネ」

うんうんと頷いた彼女は、それを頭からバリバリと砕いて食べてしまう。
そのたびに、彼女の胸の器にどろりととけた美味しそうなチョコレートがたまっていった。
完食する頃には、そこはいっぱいになっていて。

「オイシイちょこばななニナッテネ」

愛しい娘たちが美味しくなれるように祈りを込めて、彼女は胸のチョコを下半身のバナナの中へと流し込んでいく。
ドロリと皮の間を流れるチョコはバナナの上半分を余すところなくコーティングして固まった。

「イイ感ジ」

それを感じ取った彼女は、下半身を切り離す。
下半身はすぐに生えてきたが、目の前にはやはり等身大のバナナが残った。
それを手に持とうとすると、サイズはすぐにも持てるサイズに変わる。

「デキマシタ」

それをわくわくとした気分で待っていたお社憑き神に渡すと、お社憑き神は大いに喜んだ。
皮を器用に剥くと、中から可愛らしいいバナナが出てくる。
チョコレートで綺麗にコーティングされているバナナはとても美味しそうだ。

「可愛い!!」

そして、頭からぱくりと食べていく。
噛めば噛むほど甘みと香りが広がった。

「おいしい」

お社憑き神の言葉に、チョコバナナ憑き神は胸をはって答えた。

「自慢ノ娘達デスカラ」




チョコバナナ、食べたことないですね
美味しそうですけど

1万ヒット!!

いつの間にか1万ヒットを達成していたようです。
いやー、ありがたい事ですね。
皆様どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

記念SSでも書くべきでしょうか

憑神縁日事変 7.5

憑神縁日事変 餃子


無骨で巨大な扉がある。
何者をも拒むような威圧感、鉄板で作られた扉はまさに壁と呼ぶにふさわしい威容を誇っていた。
誰が呼んだか鉄板会、鉄板料理の頂点をきわめんと欲す者たちの集う聖地である。
この扉は、そうそう開くことのない扉であった。
一年に数度開けば多い方であるほどだ。
だというのに、前回この扉が開いてからひと月もしない内に、再び扉が開こうとしていた。
異例のことである。

「鉄板王、お世話になったアル」

そこから出てきたのは、見目麗しい少女であったのだからまた驚きだ。
中華な雰囲気を醸し出す衣服をまとった彼女は、開いた扉に振り返って頭を下げた。
強すぎる逆光でその姿を詳しく見ることはできないが、光のなかに誰かが立っている。
鉄板王と呼ばれたその存在は、娘の言葉に頷いて、何かを彼女に差し出した。
受け取った彼女は、再び頭を深々と下げる。
そして、鈍い音を立てて扉が再び閉じようとした。
娘ははっとなって視線を上げると、締まり行く扉の向こうに声を投げかける。

「鉄板王、最後にお願いアル!!貴久子の、鉄半谷貴久子の居所を、教えてほしいアル!!」

言葉こそ発さなかったが、鉄板王は狭まる扉の中からとある方向を指さした。

「その先に、貴久子がいるアルネ!!」

答えることはなく、扉は閉まる。
だが、彼女は確信していた。
鉄板王、男か女か老人か若者か、果てはそもそも人間であるのかすら定かではない謎の人物。
宇宙人だの忍者だのという噂の絶えないその人物は、決して嘘はつかない。
語ることは真実で、示すものは事実なのだ。
つまり、その指の示す方向に、貴久子がいる。

「ふふ、待っているアル貴久子。私の、このチャオズーの究極餃子で。お前をけちょんけちょんにしてやるアル」

そう言うと、岡持ちをもって歩き出したのだった。

彼女の名はチャオズー、貴久子のライバルを自称する少女で専門は餃子。
彼女の両手が生み出す餃子の旨さは魔術的であるとまで言われる。
しかし彼女は、貴久子に勝つことは出来なかった。
ほとんど拮抗した実力を持っていながらも、先に卒業されてしまったのだ。
彼女の人生で、これほど悔しかったことはない。
栄光という名の線路の上を歩いていた彼女にとって、初めての敗北であったのだ。
だから、今度は勝つ。
この、研究に研究を重ねた末に創り上げた究極の餃子でもって。

そう言って道をゆく彼女を誘うように、花火がなった。

「なるほど、鉄板王はここを……」

そちらに呼ばれるままに向かえば、縁日が現れた。
賑やかで明るい縁日だ。
彼女は、そこに貴久子がいるのだと確信した。
用心深く出店の間を練り歩くと、彼女はついに見つける。
鉄板焼きの出店を、そしてそこで働く貴久子達3人の姿を。

「ついに見つけたアル貴久子!!あの時の屈辱を晴らしにきた!!」

店の前に仁王立ちした彼女は、大声を上げて貴久子を指さす。
ゆびさされた貴久子は、ん?と一瞬迷ったような表情を見せて。

「……ああ、チャオズーじゃないか」

思い出した、と言わんばかりに手を叩いて答えた。

「また新作餃子ができたのか?」

にこにこと笑いながら店から出てきた貴久子に、岡持ちをぶつけんばかりの勢いで見せつける。

「そうアル。これこそが、史上究極最強の餃子アル!!」

取り出したのは餃子一皿。
いかなる魔術をもってかその温かさはまるで今まさに焼きあがったかのごとくである。
昇り立つ匂いに、さすがの貴久子もつばを飲んだ。
箸を取り出し、一つを掴んで一口……

「うまい!!」

目を見開いて、溢れでるような一言。
それは間違いなく本音で。
貴久子は次々にそれを口に放り込んだ。

「ふ、ふふふふふふふぁーっははっはっはっはっはっはっは!!」

それを見たチャオズは高らかに笑い声を上げる。

「勝った、勝ったアル!!あの貴久子に……!!」

高らかに勝鬨をあげる彼女の横で餃子を平らげた貴久子は。

「すごい、こんな餃子初めて食べたよチャオズ!!」

と彼女の手をとって喜んだ。

「じゃあ、次は私たちの番だね」

勝ち誇った笑みを見せる彼女に、貴久子はそう言って微笑んだ。

「へ?」

と疑問を抱く間もない。
自らの出店に飛び込んだ貴久子は、いつの間にかその姿を大きく変えていた。
下半身は鉄板になっているし、上半身や手もいろいろとおかしい。
横に居た二人も鉄板の上に飛び乗って、その姿を大きく変えた。

「さあ、作るよ!!」

カンカンとヘラを叩き音を鳴らすと、踊るように料理が始まった。
近くにいた高校生と思わしき二人組を巻き込んで。
目を丸くする彼女の前で、今まで見たことがないほどに洗練された動きで料理が行われそして完成する。

「はい、できたよ」

差し出されたそれは、何ら変わらないお好み焼きと焼きそばに見えるのだが……
一口食べたチャオズは、飛び上がった。

「うーまーいーぞー!!」

そのまま空中で五六回回転して着地したほどにそれは美味しかったのだ。
何が究極の餃子だ、この料理を前にすれば足元にも届いていない、重い上がっていた自分が恥ずかしくなって、彼女は両手をついた。

「か。完敗アル……」

完膚無きまでに叩きのめされたと言っても過言ではないだろう。
そううなだれる彼女に、語りかける影があった。

「仕方ないよねー、やっぱり素材が違うんだもん」

見あげれば、宮司のような格好をした少女が彼女を見下ろしている。

「素材……?」

「そうだよー」

素材、それを大事にしない料理人などいない。
料理の根本を決める大切な部分なのだ。
究極の餃子は、手に入る限りの最高の材料を求めた。
しかし、それよりも上があるというのか。

「知っているアル!?」

少女に、彼女は飛びついた。

「もちろん」

「教えてほしい!!私は必ずそれを手に入れて、貴久子に勝ちたいアル!!」

少女は笑って頷いた。

「うん、私もおいしい餃子食べたい」

そして、手にした器具を彼女に向けて振るったのだ。

光も音もない、けれど変化は劇的だ。
まずは彼女の両手が変化を始める、左手は川を作るための伸ばし棒に、右手は素早く餃子を作るための型になった。
下半身は溶けるように形を変えると、四角い金属の箱のような形状になる。
手前は銀色の蓋のようになっていて、取っ手を引っ張って開けばその中は熱々の鉄板が棚のように並んでいた。
両耳が餃子に代わり、頭の上に動物の耳のようにちょこんと2つの餃子が乗っかった。
そう、彼女は餃子憑き神になってしまったのだ。

「さあ、餃子憑き神。最高の素材を使った究極の餃子を作って!!」

餃子憑き神は頷いた。
近くにいた母娘連れの母を伸ばし棒で押し倒し、そのまま薄く伸ばしていく。
綺麗な円状に薄くなり、餃子の皮となった母親を右手に噛ませると、そのまま近くで呆然としていた娘を皮をセットした右手でばくんと挟み込んだ。
大きさや質量なんて無視して右手は閉まる、そして次開いたとき、そこには何もなくなっていたのだ。
そうかと思うと、次第にいい匂いが漂い始める。
彼女の下半身から水蒸気がもやりとのぼり、そして扉が開いた。
そこにはところ狭しと並べられた餃子の姿がある。
どれもうまく焼けていて、それだけで食欲をそそられた。
皿に取り分けて、タレもつけて、差し出された餃子を、お社憑き神と鉄板焼き憑き神たちが囲んだ。

「サア、召シ上ガレある」

生唾を飲み込んで、一口。

「うーまーいーぞー!!」

その一口でそう叫んでお社憑き神は周囲に魔力をまき散らした。
縁日で遊んでいた周囲の者たちが提灯憑き神や太鼓、笛憑き神に姿を変える。

「あ、ついやっちゃった。美味しすぎて」

お社憑き神のその言葉に、鉄板焼き憑き神たちも頷く。

「うん、すごいおいしい。私たちもうかうかしていられないね」

そんな彼女たちを、餃子憑き神は指さした。

「勝負ハ、コレカラある!!」

かくして縁日に、なかなか見られない餃子出店が誕生したのだった。




餃子大好きです。
屋台なら見かけたこと有るんですけどね。
おいしい餃子食べたい。

憑神縁日事変 7

憑神縁日事変 鉄板焼き


鉄板焼き、熱く焼けた鉄板の上で食べ物を焼くという料理だ。
単純見えて、しかし単純であるがゆえにごまかしの効かないその料理には、他の料理にはない独特の奥深さがある。
それに一生を捧げようという者も後を絶たない。
そして、何かに魂を賭けようというのに、男も女も関係ない。
美食倶楽部、鉄板会。
そこは、鉄板焼きを極めようとする者たちが集う虎の穴。
世界から隔絶された、いわばそれを極めるためだけに存在する空間。
その中では、道を究めんとするものが男も女も関係なくお互いを高めあって競争している。
一度中に入れば、出るときには挫折か栄光の二択しか与えられないその世界の扉が、開いた。

「ありがとうございました!!」

大きな声で挨拶をして出てきたのは、3人の女たち。
彼女たちはかつてこの道を究めんと欲し、ここにはいった者たちだ。
見送りに出てきた人物に、彼女たちは深々と頭を下げる。
あまりに眩しい逆光でその人物の姿を見ることはできないが、彼女たちはその人物に最大の敬意を払っているように見えた。

「ありがとうございます、鉄板王。ここまでお見送りいただいて」

その人物の名は鉄板王、世界でこの未知を求めるものに知らぬものはいないという鉄板焼き会の頂点に立つ者。
影はその言葉に頷いて、彼女たちに一枚の紙を渡した。
恭しくそれを受け取る彼女たち。
その目には、涙すら浮かんでいるように見えた。

「これが、免許皆伝の証……」

世界に2つとない、認められた証。
そう、彼女たちは本日見事に鉄板会を卒業することができたのだ。
まだ若い彼女たちの年頃で鉄板会を卒業できるのは非常に稀なこと。
彼女たちは世界に2つとない才能の持ち主だったのだ。
感動する彼女たちの前で、長年世界を隔ててきた厚い鉄板の扉がゆっくりとしまった。



「これからどうしようか」

そう言ったのは、此宮京子、彼女たちの中でもお好み焼きを焼かせたら右にでるもののない手練だ。

「んー。考えてないなぁ、キッコちゃんは?」

そう言って話を流したのは八木爽真、名前の割にはおっとりとした雰囲気持った女性で専門は焼きそばだ。

「私は、世界を放浪しようかな」

最後に、拳を握り、それを眺めながら答えたのは鉄半谷貴久子、彼女たちの中で最も鉄板焼きに精通しており得意分野こそないが彼女の作る鉄板焼きは奇跡の味を作り出す。
彼女の言葉を聞いた二人は頷き合って、彼女の両手をとった。

「仕方ないなぁ」

「私たちもついていくよ」

頼もしい仲間たちのその言葉に、貴久子は頷いた。

「君たちが来てくれるなら百人力だ。さあ、私たちの力を試そう。そして、世界に伝説を生み出すんだ!!」

熱く燃える瞳で遠くを見据えて、彼女たちは歩き出す。
その一歩は、まさに輝かしい栄光への一歩に他ならないのだ。
伝説が、今日から始まろうとしていた。



行く宛もない旅である。
西へうまい鉄板焼きの噂を聞けばそちらへ走り。
東に鉄板の技術を聞けば訪ね。
全ては技術を磨き、そして一人前の鉄板焼きを作り上げるためのため。
そのたびの第一歩、どこへ行こうかと迷っていたその時だ。
どーん、と大きな音が聞こえた。
見あげれば夜空に咲く光の大輪。
色とりどりの花が大きく咲いては散っていた。

「祭りか」

貴久子がつぶやく。

「普通のお祭りっていうのも、大分いっていないね」

鉄板会で修行している間、外の出来事に触れる機会はなかった。

「ちょうどいいかもしれない」

まずは、世間の鉄板焼きの実力いかなものであるかを試す小手調べ。
そのはじめの相手としては、ちょうどいいと、彼女は思った。
二人は、その思いをすぐにも汲み取って。

「よし、それじゃ早速いこう」

花火に釣られるように、そちらへ足を向けたのだった。



「結構賑わっているね」

最初の感想はそれだった。
訪れた縁日は、小さい神社で行われてるわにはかなり大規模なものだったのだ。
お客さんたちも多く行き来していて、これなら期待が持てるというものだ。

「きっこちゃん、貸浴衣だって!!」

入口近くにあるテントを指さして爽真がはしゃぐが。

「ダメだぞ爽真。私たちはこれから戦いに行くんだ。私たちの、この鉄板会の制服で戦わないでどうするっていうのさ」

厳しい口調の貴久子の言葉に戒められて諦めた。
ちっ、釣れなかったさね。
なんて言葉が聞こえた気がするが気にしない。
三人揃った格好で縁日の中を練り歩き、目指すのは鉄板焼きの屋台だ。
それ以外には目もくれない。
そしてたどり着いた鉄板焼きの屋台。
店の前に下がっているのはやきそば、お好み焼き等々の値段と名前。
いささか値段が高い気がするが、縁日気分で買うのであれば問題ないだろう。
しかし、問題はそこではなかった。

「ば、馬鹿なっ!!」

3人は目の前に広がるありえない事態に目を丸くして声を上げる。
こんな事があっていいのか、許されていいのか。

「縁日において、店が開いていないだなんて!!」

そう、その店には店員がいなかったのだ。
周囲を見回してみてもそれらしき人物はいない。

「準備も、こんなにしっかりできているというのに!!」

店を覗いてみれば、準備は完全に整っているのだ。
材料も、その他の設備も。
いっそ一流と言っていいほどに揃っている。
なのに、なぜ。

「許せない……」

眼の前で行われた非道に、黙っていられる鉄板会卒業生ではない。

「たくさんのお客さんたちが、私たちの鉄板焼きを待っているんだ。やるぞ!!二人とも!!」

居ても立ってもいられなくなった3人は鉄板会特性エプロンを装備すると、颯爽と店に入った。

「設備のチェックを」

促して、鉄板に火を入れる。
きれいに整備されている鉄板、火は素直について、鉄板の全土に熱を伝え始めた。

「準備は万全だよ、貴久子」

「すごい、製麺機まで揃ってる!!」

二人の報告に頷いて。

「よし、それじゃあはじめよう!!」

店の前に並ぶライトに、電源を入れた。

「さあさあ、おいしい美味しい鉄板焼だよ!!」

カンカンとヘラを叩いて注目を集める。
デモンストレーションにまずは一つ二つと焼き上げてみると、周囲に食欲をそそる香ばしい香りが広がった。
それに釣られるように、お客さんたちが次々に群がってくる。

「並んで並んで。いっぱいあるからね!!」

じゃまにならないように横向きに並べると、注文を受け取りながら焼きあげていくことにしたのだった。
人々はそれを口にするたび、天上の果実を頬張ったような表情を見せ声を上げる。

「おいしい!!」

それは、彼女たちが鉄板会で築き上げた技術の集大成なのだ。

「ふふ、やっぱりおいしいって言ってもらえると嬉しいねぇ。次、豚玉1つ!!」

「そうそう、私たちこの言葉を聞くために修行してきたんだものね」

「さあ、ガンガン作るよ!!」

京子が素早くお好み焼きのタネを作る。
爽真はなくなった焼きそば麺を練り上げ。
そして貴久子が美味しく焼きあげる。
流れるようなコンビネーションに、店は大いに盛り上がった。



「ん、なんか盛り上がってるね」

ラムネ憑き神からもらったラムネを飲み干しながら、祭里は声の上がった方を向いた。

「あっちは、今日呼んだ鉄板焼き屋さんがいるけど……なんかしてるのかな」

彼女の背後で双子の少女を抱き抱えた花火がそう言った。
顔もそっくりな双子の少女は、嬉しそうにそろって花火を見上げている。

「いってみる?」

花火の言葉に、祭里は頷いた。
飲み干したラムネのビンをラムネ憑き神に返す。

「もちろん」

花火は双子を器用に練り合わせるように球体に変えると、人のみにしてしまう。

「せっかく呼んだんだしね」

そして、二人はそちらに向かって歩き出した。



両手に持ったヘラを自在に操り、麺を踊らせお好み焼きをひっくり返す。
横の鉄板ではクレープだって作れるが、今はそれを求める客はいない。
銀光が翻る。
銀色のヘラはもはや彼女の体の一部だ。
指を曲げるように、腕を曲げるように自由自在に動くヘラは鉄板の上にあるすべてを見逃さない。
彼女は、鉄板のすべてを理解している。
温度、厚さ。
もちろん、その上で焼かれている物の状態までも。
彼女はそれを完璧に理解しているのだ。
熱くたぎる鉄板は彼女に熱を伝える。
しかし暑いとは思わない、なぜなら鉄板もまた、もはや彼女の体の一部なのだ。
素早くヘラを踊らせ、瞬時にソースをふりかける。
じゅっと音がして、香ばしいソースの焦げる匂いが広がった。
ささっと混ぜあわせてなじませれば、美味しい焼きそばが出来上がる。
素早くパッケージに盛りつけるのは、爽真の役目だ。
適量の青のりと紅しょうが。
梱包までのその速さは芸術的ですらある。

「さすがっ」

二人は言う。
けれど彼女は、己をまだまだ未熟だと感じる。
ヘラはまだ、彼女の体の延長であって一部ではないし。
鉄板の様子も、彼女はまだまだ知らないことが多い。
もっと、もっと。
高みに。
彼女は願い、思い、ヘラを振るう。
きっとこの思いは、私たち三人が持っているのだ。
現状に満足せず、より上を目指そうとする、その思いを。

「それは、楽しみだなぁ」

ふと、熱と蒸気に溢れ、怒号の飛び交う戦場に、少女の声が聞こえた。
思わず、鉄板から視線を離し、顔を上げる。
正面に、少女が立っていた。
イつからだろう。
並んでいたほかの客たちは、彼女に道を譲るように周囲に散っている。
宮司のような格好をした少女は、彼女に、彼女たちに器具を向けていた。

「お嬢ちゃん、何がいいの?」

爽真が訪ねた。
少女は応えず、それを振るった。

光も音もない、けれど変化は劇的だ。
貴久子の両手が、持っていたヘラと一体化した。
かと思えば彼女の体が溶けるように変化し、周囲にある鉄板と一体になる。
まるで大型の鉄板の真ん中からその上半身が生えているような格好になった。
たくさん置かれていた機器、設備は鉄板の下に格納され彼女の下半身が溶けるように姿を変えてそれらとつながっていく。
背中にはソースなどを載せた籠ができ、肩からは触手のようにお玉やホース、ボールなどが伸びた。
そう、彼女は鉄板焼き憑き神になってしまったのだ。

鉄板焼き憑神はヘラを大きく鳴らすと、鉄板を赤熱化させた。
そして手を伸ばして、両隣にいた仲間二人を手にかける。
お社憑き神の術により体が変化し始めていた二人を増えた触手を使って交互に加工していくのだ。
まずは京子。
体がとろけはじめていた彼女を、お好み焼きのタネを入れるボールに放り込む。
形が崩れ始めていた彼女の体はその衝撃でいともたやすく崩れた。
そこに野菜や肉、揚げ玉などをパパっと放り込んでさっとかき混ぜるとそのまま赤く焼けた鉄板の上に広げる。
それが焼きあがるのを待ちながら、爽真のからだを加工する。
爽真の体は、まるで練り上げた小麦粉のように弾性を持ち始めていた。
彼女はそれを器用に両手のヘラで練りあげると、適当な大きさに丸めてひとのみにする。
軽く頬を染めながら、彼女の下半身に融合した製麺機が動き出した。
音をたててそこから押し出されてくる麺は、先ほど飲み込んだ爽真だったもの。
それをお玉で器用に受け取ると、鉄板の上に広げる。
両方から香ばしい匂いと音が広がった。
二箇所での料理を、鉄板焼き憑神はきように行っていく。
麺をほぐし、野菜を絡ませる。
焼けすぎないようにお好み焼きの面倒を見る。
体の一部となった鉄板は、正確無比な情報彼女に伝えてくれるのだ。
もはや彼女に、隙はない。
両者にソースをかけると、2つの料理が完成した。
美味しそうな2つな料理はしかし、誰の口に入ることもなく急激にその質量を増加させる。
お好み焼きが急激に盛り上がり人の上半身の形をとったかと思えば、今日子の面影のある顔が出現した。
そう、彼女はお好み焼き憑き神になったのだ。
焼きそばが絡まり合って柱のようになった、それは歪な人の形を描くと爽真の面影のある顔が現れる。
そう、彼女は焼きそば憑き神になってしまったのだ。
二人の両手はヘラになっており、彼女たちはそれをかき鳴らした。
広い鉄板という部隊で踊るようにしながら、三人はお社憑き神に一礼する。

「そうね、注文はチコ玉とゆうき焼きそばにしようかしら」

「チコ玉一丁!!」

「ゆうき焼きそば入りまーす」

頷いた三人は、動き出した。
まずはお好み焼き憑き神、周囲にいたチコという名前の少女に手を伸ばして捕まえると、そのままボールに放り込む。
ボールの中でお好み焼きのタネに姿を変えた彼女を芸術的な技術で軽くかき回すと、鉄板焼き憑神の上に広げた。
焼きそば憑き神もまた、その手を伸ばしてチコの母ゆうきを捕まえる。
グイッと引っ張ってゆうきを自らの身体で抱きかかえるようにすると、彼女の体に埋まるようにしながら勇気は徐々に体を固まらせていく。
小麦粉の塊に変わってしまった勇気を叩いて伸ばして折り曲げて、芸術的な技術でもって美味しい麺に加工すると、それをポーンと放り投げる。
その先待っていたのは、口を大きく広げた鉄板焼き憑神だ。
彼女の体を通って製麺機が作動し、ゆうきの塊はゆうき麺に姿を変えた。
それを素早く受け取って、鉄板焼き憑神の上に広げる。
あっという間の華麗なコンビネーションに目を丸くするお社憑き神の前で鉄板焼き憑神の両手が翻り、銀線が夜を駆けた。
ソースが跳ねる、麺が、お好み焼きが翻る。
それはさながら、鉄板の上で繰り広げられる演舞のようにさえ見えた。

「オマチドウサマ」

出来上がった料理2つを口にしたお社憑き神は、驚嘆の声を上げる。

「おいしい!!」

そうして、最高の体と素材を手に入れた彼女たちの伝説がここで幕を開けようとしていた。




なんで屋台の焼きそばってあんなに美味しいんでしょうね。
火力の差でしょうか。
鉄板焼き憑き神はわりと難産でした、ギミックがいまいちです。
なんか思いついたら改良したいなぁ。

憑神縁日事変 6

憑神縁日事変 飴屋


「いいお祭りだねー」

「ふふ、そう思ってくれたなら良かった」

褒められて悪い気はしない、花火は笑顔を見せた。

「なんていうのかな、安心できるっていうか。ほっとするっていうか」

花火と話をしているのは、かつて花火と同級生だった娘たち二人だ。
彼女たちは、どちらも可愛らしい浴衣に身を包んで祭りを満喫しているように見える。

「なんか、久しぶりにお祭り来たなー。最近は勉強ばっかりだったし」

そう言って、んー、と大きく背伸びをすると。

「今日は、目一杯楽しもう」

といってあたりを見回した。

「そうしていくといいんじゃないかな」

そんな友人の様子に微笑んで、花火は頷く。
限界まで伸びをした彼女は、ふと思い出したように周囲を見回した。

「あれ、アキとミーちゃんは?」

そういえば、もっとたくさんできたような。
そう思った彼女は、傍らにいるもう一人にそう尋ねた。

「もう、忘れちゃったの。アキは綿あめ、ミーちゃんはフランクフルトになったんじゃない」

その言葉に、ポンと手を叩いて。

「そうだったそうだった。ミーちゃん意外と肉が詰まってて美味しかったねぇ」

「そうだね。アキも甘くて美味しかったよ」

思い出して笑みを浮かべる二人に花火は。

「うー、そんな話聞いてたらお腹すいてくるじゃん」

そういって腹のあたりに手を当てるのだった。

「あはは、ごめんごめん。なにか食べに行く?」

「んー、いや。ここで済ませるからいいよ」

友人の提案を断った花火は、二人のうちの一人に手をかけた。
両手で軽く押すような動きをすると、相手の体がぐにゃりと曲がる。

「ん、そういえば最近見なかったけどどうしてたの」

そのあまりにも異常と言ってもいい光景にもかかわらず、その娘は何事もないかのように花火に尋ねた。
花火は彼女を休憩に加工しながら答える。

「妹とね、お祭り作ってたんだ」

「そっかー。それなら仕方ないねー、学校にはいつもどるの?」

歪な球体となった娘が話すとは、なんともシュールな光景ではあるが、花火も同級生もそれに違和感を覚えることなどない。

「戻らないかな。ずっと妹と一緒にいるよ」

「さっすが、妹思いだね」

「もちろん」

彼女のその言葉に頷いて、花火はその娘をひとのみにしたのだった。
そんな光景を目の当たりにしながらも、もう一人の娘は驚きもせずに話を続ける。

「そうそう、そういえば最近雨宮さんがおかしいのよねー」

「雨宮さんが?どうしたんだろ」

「んー、なんかね。最近ずっと、なにか忘れている気がするって言ってるの」

「へぇ、あの成績優秀な雨宮さんの忘れ物か、なんだろうね」

「すっごい深刻そうだったよ。今日一緒に来てるから、聞いてみたらいいんじゃない?」

その言葉に頷いて。

「そうする。きっと探しもの見つけてあげれると思うし。ところで」

花火はお腹をさすって友人を指さした。

「まだお腹空いてるんだけど、食べていい?」

「んー、私?仕方ないなぁ、私もお腹いっぱいになってるしねー。でも食べ過ぎると太るよ?」

「その時には打ち上げるからいいのよ」

お互いに笑って、花火は友人に手を伸ばしたのだった。



雨宮みずきが、その違和感に気がついたのはつい最近だった。
ふと、家族で撮った写真を眺めていた時のことだ。
そこにははにかんだ彼女と両親が写っている。
それは、いいのだ。
彼女は思う、この写真の私が大事そうに抱いている少女は誰だろう。
妹なんていないはずなのに。
家族の誰に見せても、その少女の存在に気がつかないかのような反応を見せる。
彼女は、参っていた。
それは、それに気づいたあたりから感じ始めた違和感だ。

「何かを、忘れている気がする」

それが何であるのかはわからない。
けれど、ふと思いついたその考えがずっと彼女の頭から離れないのだ。
それが、決して忘れてはならない大事なものであったかのようなそんな印象。

「受験生だものね、疲れているのよ」

先生に相談しても、そんなふうに一蹴されるだけで終わってしまう。
ちがう、ちがうのだ。
違和感は確かに存在し、現実という機械に確かな齟齬を生んでいる。
誰もそれに気がつかない。
彼女自身でさえ、それが何であるかは理解していないのだ。
思春期にありがちな誇大妄想、受験勉強疲れ、妄想、虚言。
大人たちは、他人は、そういって切り捨てる。
そうして誰にも相談できないまま日々を送っていた彼女はある日の帰り道、彼女は花火を聞いたのだ。
パンパンと、空で花開く花火の音を。
そして、何故だろう。
それに呼ばれていると思ったのは。
周囲を見てみると、そこにいる誰もがそう思ったようで。

「祭りか、久し振りに行ってみようか」

誰ともなくそういって、そこに居た全員がそちらへと足を向けたのだった。

「へえ、こんなところに神社があったんだ」

何度も行き来した道であるはずなのに、その神社の存在を初めて知った。
明るく輝く出店の列、規模の大きな縁日だ。
賑やかなその様子に、彼女たちは目を丸くする。
祭り囃子が耳をかすめ、出店の匂いが鼻をくすぐった。

「や、久しぶり」

そして、思いがけない再会。

「花火!!」

たった今思い出したが、最近姿を見かけなかった日比野花火がそこに居たのだ。
彼女は、あまり親しいわけではないのだが。
親しかった友人たちはすぐにも彼女を取り囲んだ。

「ふふ、言いたいことはいろいろあるけどね、せっかくお祭りに来てくれたんだ。楽しんでいっていよ。そうそう、そこのテントで貸浴衣してるんだ。只だから、皆着替えておいでよ」

なぜか、誰もそれに異を唱えない。
めんどくさいということも、思うこともなく、誰もがそれに従うようにテントへと入っていく。

「これはこれは、団体さんさね」

中にいた女性は、同性ながら顔を赤らめてしまうほどに美しい女声だった。

「待ってな、今浴衣を見繕ってあげるさ」

その声には力が宿っているようで、彼女たちは黙って頷いた。
女性は彼女たちをじっと、舐め回すように見てその内の二人を指さした。

「決めた。あんたらが良さそうさね。こっちにおいで」

怪しく手招きされて、それに誘われるように二人はふらふらとそちらによっていく。
そして女性は、その二人の眉間に針を、何事もないかのように刺したのだ。
次の瞬間、まるで風船から空気が抜けるように二人は厚みを失って、そのまま地面にへちゃりと落ちた。
女性はそうなった二人を纏めて、くるくると巻きずしのように巻いていく。
そして、それを一口で飲み込んだのだ。

「ほうら、生地ができるさ」

女性の腰のあたりに付いているロールがカラカラと回りだし莫大な量の布を吐き出した。
その布は今まで見たこともないような不思議な色合いで温もりと、どこかで見たような印象を彼女たちに与えたのだが。
それが何であるかをついに彼女たちが思い出すことはなかった。

「すぐにできるさね」

右手の大きなハサミで布をチョキチョキと切り取ると、左手の針ですぐさま縫いあげていく。
そして、一瞬の内に彼女たち全員分の浴衣が完成したのだった。
着付けまで一瞬で済ますという徹底ぶりで、彼女たちはあっという間に夏祭り装備に身を包んでテントを出てきた。
そこでは、花火が待っていた。

「まあまあ、こんなところで話すのも何だし。お祭り回りながら奥に行こう」

一緒にいたうちの何人かは、彼女についていってしまう。
花火とそれほど親しくない者たちも、おのおの縁日を回り始めた。
彼女も、頭の隅から消えない違和感に首をかしげながら縁日を回ることにした。
回っていて、なんとなく不思議に思ったのは出店に空きがあるということだ
たくさんのデ店がならんでいるのに、店員が入っていない店も見受けられたのだ。
彼女がふと足を止めたその出店も、店員がいなかった。

「飴かぁ」

飴屋、出店にはそう書いてある。
りんご飴などの果実飴、いわゆる飴玉といわれる大玉、それに飴細工のための練りあめ。
それぞれのポップがつているのに、店員も商品自体もない。

「売ってたら、食べたかったかな」

そういえば自分は、こういうのが好きだったなぁとしみじみ思い出しながらつぶやく。
最近はめっきり、食べていなかったが。
そんなことを思っていると、足元に何かがよってきていることに気がついた。

「ふわふわー」

それはふわふわとした白い物体で、ぴょんぴょんと跳ね回っていた。
この縁日でたまに見かける小さい、妖精のような何かの一体だろうと思いそいつを抱き上げる。

「お前は一体なんなんだ?綿あめ?」

最近の綿あめは歩くのか知らなかった。
一人で納得して頷くみずきに、そのふわふわした奴は懐いたように頬をすり寄せる。
甘い香りが鼻をついた。
どうやらやっぱり綿あめで合ったようだ。
自分の予想があたったことになんとなく満足して、そして無意識のうちに言葉を吐き出していた。

「そういえば、あの子も綿あめ好きだったなぁ」

そして、言葉にしてからハッと思う。

「あの子って、だれ?」

自分は今、一体誰のことを思い浮かべた?
思い出の中で浮かび上がったのは、今と同じような縁日。
彼女は、誰かの手を引いていた。
『おねぇちゃん』
親しげにそう言ってついてくる、その姿は……

「りん、ご?」

ふと、そんな名前が頭をよぎる。
口に出してみれば思うよりもずっと馴染んで、そしてそこから滝のように記憶が蘇ってきた。
りんご、そうりんごだ。
雨宮りんご、彼女の大事な、大切な妹。
それがいなくなったということに、なぜ気がついていなかったのだろう。
なぜ誰もそれを思い出しもしなかったのだろう。
そう思うと悔しくて、そしていないという現実がようやく襲ってきた。
そして、まるで自分だけが別の世界にキてしまったかのような孤独感も襲ってきて。
涙がこみ上げてきた。
人の行き交う縁日の中で座り込んで、ポロポロと涙をこぼす。
しかし人々はそれを気にしないどころか、目にもとめようとしないのだ。

「ふわふわー」

そんな中でただ綿あめの妖精だけが、彼女を慰めるように甘い香りのする体をこすりつけていた。

「ありがとう」

まるで世界から隔絶されたようなそんな孤独の中で、ただひとり自分を理解できるものに出会ったかのような言いようのないうれしさに、彼女は思わず妖精を抱きしめていた。
果たして、それで奇跡が起こったとでもいうのか。
抱きしめられた妖精は、どこか呆然と彼女の顔を見上げ。

「おねぇちゃん?」

と、つぶやいたのだった。
頼りなさげで、どこか独特なそのイントネーションは間違いなく。

「りんご……りんご!!」

彼女の妹であった。



パンパン、とどこか乾いた拍手の音が彼女の耳に届いた。
振り返ってみれば、少女がひとり立っている。

「お姉さんすごいね。気づいたのは初めてだよ。私もまだ修行が足りないなー」

何を言っているかは、わからない。
けれどなんとなく、その少女がこの状態を創りだした犯人で有ろうことは想像できた。
無意識の内に、腕の内のふわふわとした妹をぎゅっと抱きしめる。
そんな彼女に微笑んで、少女はどこからかお祓い棒のような器具を取り出した。
気づけばその格好も、まるで宮司のような格好に変わっている。

「頑張るお姉さんは好きなのです。だから、ご褒美なんていかがでしょう」

彼女に向けて器具を振るうと、腕のうちで変化が起きた。
まるで重さなんてなかったかのような状態だった妹が、急に大きさとその重さを取り戻していったのだ。
驚く彼女の見る前で、妹はドンドンと人の姿を取り戻していき。
そしてついには。

「おねぇちゃん!!」

彼女の記憶にある通りの姿になったのだ。

「りんごぉっ!!」

抱きしめた。
ぎゅっと、力強く。

「もう放さないから!!」

そう、この手を二度と離すもんか。
大事な大事な妹だ、ずっとずっと守ってみせる。
それに答えるように、りんごも彼女の体をぎゅっと掴み返してきた。

「うんうん、よきかなよきかな」

それを後ろで見ていた少女はそう笑って、器具を振るった。

光も音もないが、それでも変化は劇的だ。
彼女の体が徐々に半透明になっていき、その内部は空洞になった。
胸は、まるで駄菓子屋で飴を入れてあるもののように変化し、透明の蓋がつく。
そして下半身はどろりと溶けて形を失ったあと、同じように透明になって中身が空洞になった。
丸く形を整えられたそれは、ガラスのビンのようだ。
そしてその中には色とりどりの飴玉がぎっしりと詰まっている。
りんごをぎゅっと抱きしめる腕にも、変化は訪れる。
ドロドロとその形が溶けるように姿を失っていき、色も透明になっていくのだ。
甘い香りが漂い始め、それがどろりと溶け出してりんごの体をゆっくりと覆っていく。
肩は、それからつながる缶になった。
腕を形作る水飴は、そこから伸びている。
そして最後に、頭が変化していく。
サラリとした髪が、ドロドロと姿を変えていくのだ。
それは腕を構成する水飴と同じように甘い香りを漂わせ始める。
水飴となった髪は滴って、りんごの顔に落ちそれをゆっくりと覆っていった。
耳は割り箸が飛び出てるような形に変わり、背中にも大きな割り箸が現れるとそこで変化は止まった。
そう、彼女は飴屋憑き神になってしまったのだ。

「おねぇちゃん?」

変化を目の当たりにして、りんごは心配するような声を上げた。
その声にゆっくりと目を開いた彼女は微笑んでその頭をなでる。

「大丈夫ダヨリンゴ」

そうすると、より一層の水飴がリンゴの体を覆っていく。
もはや、体中水飴で覆われていないところはないと言えるほどだ。
それによって徐々に固まっていくリンゴの体を撫でながら。

「オ姉チャンが立派ナりんご飴ニシテあげるから」

取り出した割り箸をさしたのだ。
そうすると、リンゴの体は徐々に小さくなっていき固まった水飴はリンゴのように赤い色になった。

「ウン、イイ出来」

その出来に頷いた彼女は、それをお社憑き神に差し出す。
何のためらいもなく。

「ありがとっ」

ぺろりとなめたお社憑き神は、感嘆の声を漏らした。

「うーん、やっぱり雨宮さんはおいしい飴になるねぇ」

その言葉に、飴屋憑き神は嬉しそうに笑った。
舐めながら、もう一つ注文をする。

「そうだ、飴細工見てみたいな。ちょうど、いい飴がきたみたいだし」

そちらを向けば、彼女と一緒にやってきた同級生が二人向かってきている。

「おーい、みずきー」

手を振ってやってきた一人を、両手を合わせて作った大きな水飴でドップりと飲み込む。
分厚い水飴の中で浮かぶような格好で、友人は動きを止めた。
飴屋憑神はせおった割り箸を取り出して、その水飴をくるくると巻き取り始める。
すると、友人も水飴になってしまったかのようになんの抵抗もなくくるくると巻き付いていくのだ。
両手で持った割り箸を器用に使って水飴を練り上げる。
友人はうにょうにょと姿を変えて、そしてついには溶けて混ざって元の形がわからなくなってしまった。
練りに練ってある程度硬くなった水飴から、割り箸を器用に使って形を作っていく。

「そうだなぁ。やっぱり鳥がいいな」

お社憑き神のその注文に頷くと、そこからはまさに神業。
すっと、なでるようにしたり割り箸で形を変えるたびに水飴は鳥の形なっていくのだ。
そしてすぐにも、白鳥の形を模した飴細工が完成した。

「すごい!!」

感動したような声を上げて、お社憑き神は手に持っていたりんご飴を噛み砕くいて飲み込むと嬉しそうに飴細工を受け取った。

「食べるのもったいないなー。食べちゃうけど」

悩んだ挙句、頭から齧りにかかることにした。
それを微笑ましく眺めながら飴屋憑き神は呆然と立ち尽くす友人を胸元から瓶に放り込み、飴玉へ変えてしまっていた。
そして、彼女の頭の上ではりんご飴の形をした小さな子憑き神が懐いたようにピョンピョン飛び跳ねていた。



「ん、覚えていた?」

「そうなの、なんとなくって感じだったみたいだけど」

縁日に取り込まれ者の記憶は失われる。
それが存在しないかのようになるはずなのに、みずきはそれを覚えていた。
不思議に思った祭里と花火は、詳しそうな浴衣に相談に行くことした。

「まあ、霊力が高かったんだろうさ。そういうのが成長すると、縁があれば退魔師になったりするさね」

「へぇー」

「でもまあ、それほど大きな霊力を持ってる奴なんてそうはいない。訓練を積んでいない状態で、みずきほどの霊力持っているようなのなんて本当に稀さね。まあ、つまり。そういうのをドンドン取り込んでいってる祭里の魔力はどんどん強くなる。そして、向こうは減ってるわけだから。ドンドン見つかりにくくなっているってことさね。問題ない問題ない。私はもっと客が増えてくれれば沢山浴衣作れて幸せさ」

以前だったら絶対に言わないようなことを言って、浴衣はカラカラとロールを回して笑った。





りんご飴は食べるのが難しいですよね。
スプーンで表面割って中身をすくって食べるという方法を教わって依頼その方法で食べてます。
飴細工は本当に芸術です、動画とか見惚れるレベル。

憑神縁日事変 5.5

憑神縁日事変 フランクフルト


「おーう、ニッポンの服は小さいデスネー」

店で一番大きな服を試着してみてもオーバーサイズな彼女にとってはかなり窮屈だ。
特に太っているわけではないのだが、いかんせんもとの身長が大きすぎるのだ。

「これはちょっと、窮屈そうですね」

試着室から出てきた彼女を見上げながら、店員は半分呆れ半分驚きを込めてそういった。
本人としてはちょっとどころではないので適当に笑いながらそれを返すことにしたのだった。
フランシスカ・ルーシー。
日本に留学中の女子大生である。
驚くべきは2mに届こうかというその身長で、街中にいても頭ひとつ抜けて見えるほど。
注目されるのには慣れていたが。

「うーん、すけベェな視線デス」

窮屈な服を着ているせいでよりボリュームがあるように見える胸をジロジロとみられるのは、あまりいい心地ではなかった。
こちらに盛ってきていた服も大分古くなったので新しいのを買おう思っているのだが。

「どこに言っても、合うのがないデスね」

どうして日本人はこんなに身長がひくんだろう。
なんて思いながら、かろうじて切れる状態のシャツをパッツンパッツンに張って、暑い夏の街中を歩くのだった。

結局、いろいろ歩きまわってはみたもののめぼしいサイズの服は見つからず行く文化小さいサイズでかろうじて切ることが出来るものを見繕うにとどまった。
母に連絡して送ってもらおうか、などと考えながら歩いていると。
ドーン、と花火の音が聞こえてきた。
夏の時期に鳴り響く花火の音と、にぎやかな夏祭りは、彼女がこの国に留学しようと思ったきっかけだ。

「オオ、お祭りデスネ」

表情をほころばせて、その音に誘われるようにふらふらとそちらへと向かっていく。

朝から出歩いていたはずだが、気づけば時間は昼を過ぎ夕方になろうかとしている。
夏の昼が長いとはいえ、時期に暗くなるだろう。
道に並ぶ街灯には明かりがつき始め、道路を行き交う車もヘッドライトに光を入れている。
徐々に暗くなっていく世界の中で、赤々と光る提灯が照らし出す屋台の列は、ひどく幻想的に見えたのだ。

「オオ~、いつ見ても神秘的デスネー」

そんな景色が大好きで、近くで祭りが行われるたびに出向いていた彼女である。
一目その祭りの規模の大きさを見るや、目を輝かせた。

「オオキイ!!」

手を叩いて喜んだ彼女は、早速その中をまわってみることにした。
出店の割に、店員が少ないことが気にはなったが。

「コレカラデスネきっと」

と、適当に折り合いをつけて歩き出す。
思いの外少ないとはいえ、たくさんの食べ物屋に射的屋や金魚すくいといった遊べる出店まで十分に揃っていたのだ。

「イイ雰囲気デス」

彼女が何よりも気に入ったのは、ここにいる客の誰もが身長が高すぎる彼女のことをジロジロと見ることもなく目を輝かせて祭りを楽しんでいたことだ。
子供のように、といっては語弊があるかもしれないが、誰もが本当に楽しんでいるように見えて。
普段の忙しい日常から解放されたような、そんな印象すら受けたのだった。

「ンー、これは私も遊びマスデス!!」

自分もめいっぱい遊ぼうと決めて、彼女は縁日を回り始めた。
まず訪れたのは金魚すくいだ。
広めの水槽の中をいくらかの金魚たちが悠々と泳いでいる。

「一回ヤルヨ!!」

財布からお金を渡した彼女は、薄い紙のはられたポイを受け取って獲物を定めるべく水槽を睨みつけた。
けれど、どれも元気そうに泳いでいる上にそもそも数が少ないのでポイを近づけるだけで逃げてしまう。

「ムム、少ないヨ!!」

訴訟大国アメリカで生まれ育ったルーシーは、訴訟もじさぬ覚悟で不満を述べた。
対面に座っている店主の女性は、その言葉に。

「ちょっと、少なくなってきたわねぇ」

と頷いて。
ルーシーの隣で金魚すくいに励んでいた二人の少女を手が変化したポイでひょいと掬い上げた。
いつの間にやら二人の少女はポイに乗るサイズにまで小さくなっていて器用に二人纏めて掬い上げたその技術にルーシーは目を丸くする。

「今、追加しますからねぇ」

そういって二人のいきの良い少女をごくんとひとのみにすると。
店主の胸部を形作る金魚鉢の中に、二匹の金魚が現れた。
元気に泳ぎ回る二匹の金魚は金魚鉢の壁をすり抜けて水槽に華麗に飛び込む。
あっという間に二匹の金魚が水槽に現れたのだ。
ルーシーはそれに満足して。

「ウンウン、コレナラきっと救えるネ」

とポイを水につけた。
狙うは今入った二匹、大人しそうな少女だったほうだ。

「動くなヨー……」

気分は狩人、哀れな犠牲者をしっかりと見据えて……

「イマダ!!」

勢い良く手を動かす。
水圧の抵抗を考慮した完璧な角度でポイが水中を高速移動する。
哀れな金魚は未だそれに気づかず、絶体絶命と思われたのだが。

「ああっ!?」

なんとそれを助けるようにもう一匹の活発な金魚がポイに飛び込んで薄い紙を破ってしまったのだった。

「クゥー悔しい!!」

悔しそうな声を上げたが、失敗は失敗。
ポイを店主に返して、彼女は金魚すくいをあとにした。

次に目についたのは、輪投げだ。

「オモシロソウ」

子供たちがたくさん群がっているのが気になって、彼女も覗いてみることにした。
輪を投げるラインが牽いてあって、少し遠いところに店主兼輪投げの杭が自慢気に立っている。
子供たちは輪っかを店主に向かって投げるのだが、店主は自慢気に笑ってそれをくねくねと避けるのだ。

「無理だと思うけど、やるかい?」

彼女を見つけた店主のその挑戦的な言葉に、ルーシーは俄然いきり立った。

「受けて立つヨ!!」

「いい心意気だ!!それじゃあ、輪っかをそのへんから選びな」

店主の言葉に力強く頷いて、彼女は周囲を見回した。
たくさん集まっている子供たち、そしてその後ろでそれを見守っている母親や姉たちの姿がある。

「アレがいいネ」

彼女はその中でも特に背の高い母親を選んだ。

「なるほど、大きい輪を選んだね。なかなか頭を使うじゃないか」

店主の言葉を背に受けつつ、彼女は件の母親の前に立つ。

「力を借りるヨ」

「あらあら、私を使ってくださるの?大丈夫かしら」

やんわりとそういう母親に頷いて。

「任セテ!!」

「うふふ、それでは不束者ですがよろしくお願いします」

自信満々のルーシーの様子に安心したようで、母親は立ったまま前屈するような格好をとった。
ぐにゃりと不自然なほど体が曲がり、つま先に指の先が届くとそれが溶けるようにつながる。

「ちょっと、手伝ってください。恥ずかしいですけど、若くないもので」

頷いて、その体を強引に丸くなるように加工していく。
体がありえない角度に曲がり綺麗な丸を作ると、母親はドンドンその厚みを失っていって輪投げに適した大きな輪になった。
それを軽く振ってみて重さを確かめると。

「イケルっ!!」

彼女は勝利を確信する。
例えるならそう、その心境は伝説の剣を手に入れた勇者のようだ。
いまなら、どんな敵だって負けない。
彼女はJRPGが大好きだった。
かくして店長の前にたった彼女は、予告ホームランをするようにまっすぐその手を伸ばした。

「いい表情だ!!それじゃあルールの確認、そのラインを超えないように輪を投げて私にうまく引っ掛けられたら価値だよ」

「望む所!!」

周囲が見守る中、その瞬間は訪れた。
体をぎりぎりと引き絞った彼女は、目標をきっと見据えて輪を放つ。
それは、黄金率のような素晴らしい曲線を描いて店長へと向かった。
店長はそれに驚くこともなく体を軽く傾ける。
しかしその時、回転して飛ぶ和がありえない変化を見せた。
その進行方向をぐいっと曲げたのだ。
変化球!!
焦ったがもう遅い、店長が体を曲げた先に輪は間違いなく向かっている。
誰もがルーシーの勝利を確認したその時。
店長が体をおって、ぴょんととんだ。
完璧なタイミングで行われたそれは、大きすぎる輪の中を華麗に飛び越えて、着地。

「な、ナナナナナナナンダッテー!!」

悲鳴をあげるルーシーに、店長は勝ち誇った笑みを見せた。

「私は動かないなんて、言ってないからね」

「クソー!!」

縁日の夜に、ルーシーの叫びがこだました。

見事に敗北を喫してしまったルーシーだが、持ち前のポジティブさで早くも元気を取り戻し自己主張を始めた腹を満たすべく縁日を回り始めていた。
何がいいかなぁ、と回っていた彼女が足を止めたのは、フランクフルトの出店。

「フランクフルト!!美味しそうデス」

丁度いいだろうと思ったのだが、残念なことに店主が見当たらなかった。
しかし、どうにも諦めきれなかった彼女は。

「自分で焼いてもいいデスかネ?」

なんてことまで考え始めたのだ。
なぜか出店は準備がしっかりと整っているのだから、これで食べれないというのは非常にもったいない。
彼女はそう思って、店の内側にこっそり入ろうとしたところで。

「外人さんはアグレッシブだね!!」

後ろからそんな声をかけられた。

「はウアっ!?」

後ろめたいことをやっていた彼女はビクンと体を震わせて動きを止め、背後に向き直った。
二人の少女がにこにこと彼女を見つめてる。

「あ、あの。これはデスネ」

しどろもどろになりながら釈明しようとする彼女に、少女は笑いかけた。

「フランクフルト食べたいんでしょ?」

その言葉にきょとんとして、頷く。

「うんうん、分かるなぁ」

少女もウンウンと頷いた。
それから彼女の体を舐め回すようにじっくりと見て。

「だって、たっぷりと肉が詰まってるもんね。溢れ出しそうで美味しそう。きっと、フランクフルトになったら似合うんだろうなぁ」

なんてことをいうのだが、いまいちその意味を理解することができない。
フランクフルトになる?
何を言っているのだろう、フランクフルト屋さんになれということか。
日本語は難しい。
彼女は曖昧な笑みを浮かべた。

「うん、あなたがいいね」

いって、少女は彼女に妙なものを向ける。
いつの間にかその姿は変わっていて、ミステリーと思う間もなくそれは彼女に向かって振るわれた。

光も音もない。
けれど変化は急激だった。
まずは足、肉付きのいい足がひとつに溶けて混ざり合って一本の棒になる。
両手も同じように棒のようになると、次は体が変化し始めた。
ぴっちりとしていた服がのっぺりとしはじめ、円筒状の形に変わっていく。
色は茶色くなり、パッツンパッツンの表面に切れ目が入ると周囲に食欲をそそる匂いが広まった。
髪の毛も同じようにより集まって太く茶色く姿を変える。
背中には赤と黄色のボトルがくっついた。
それはまさにウィンナー。
特別大きなフランクフルト。
そう、彼女はジャンボフランク憑き神になってしまったのだ。

「うーん、ジューシーな香りで美味しそう。早速一本、ううん二本ちょうだい?どっちもマスタードたっぷりで!!」

ジャンボフランク憑き神は頷いた。


その答えに彼女は頷いて、近くを通りかかった母娘を手招きするとその股間から両うでの串をそれぞれ突き立てる。
その瞬間二人の体は起立したようにまっすぐになった。
手足は癒着するように曖昧になり、体の表面がのっぺりとなっていく。
色合いは艶やかな茶色に変わり、切れ目が入って香ばしい匂いが周囲に漂った。
すぐにも肉汁が滴り始める。
綺麗に焼きあがったジャンボフランクに、背後から取り出したマスタードをたっぷりと掛けて。

「デキタヨ!!」」

彼女はそのままジャンボフランクとなった腕をそのままお社憑き神に差し出した。

「いっただっきまーす!!もう一本は持ち帰りでいいわ」

腕にそのままかぶりついたお社憑神を愛おしそうに眺め。
もう一本のジャンボフランクを腕ごと切り落として渡した。
取り外されたジャンボフランクは持てる大きさにまで小さくなる。
そして腕の串はすぐにもとの長さにまでもどった。

「んー、おいしい!!」

満足そうな声を上げて、お社憑き神は至福のときを味わっていた。

それに始めての危機が訪れるのは、もう少し後のことである。



5の少し前の話になりますね。
フランクフルトにはマスタードたっぷり派です。

憑神縁日事変 5

憑神縁日事変 貸浴衣

「うーん」

祭里は首をかしげていた。。
祭りはどんどん大きくなり、今までやっていなかった屋台の営業も始まっている。
お客さんもドンドン入るようになって、賑やかになってきているのだ。
しかし。

「うーん」

祭りはその光景を見ながら首を傾げる。

「何かが、足りないなぁ」

なんだろう、何が足りないのだろう。
香ばしい匂い、にぎやかな音楽。
どれもこれも、彼女の望んだ祭りの形であるはずなのに。

「うーん、何かが足りないなぁ。若さ……うーん、結局違うって話しなったしなぁ」

そのために作った憑き神を思い出して、それから頭を振った。
老若男女楽しんでほしい、そういう祭りにしようと思っていたのだ。
男はあまり来ないが。
しかしこの祭り、どうにも何かが足りないような気がしてならないのだ。
道行く客たちを見て周り、あーでもないこーでもないと思いを巡らせる。

「なかなか、上手くいかないみたいね」

そんな彼女に背後から話しかけたのは、花火だ。
花火は両手で少女をひとり抱き抱えている。
少女はきょとんとした様子で、花火を見上げていた。

「うーん。なにかいい考えないかな、花火憑き神」

花火はうーん、と困ったような顔をした。

「そう言われても、なんだろう。わからないよ。ほら、こういう時には、何か食べて考えるといいんじゃないかな。私もお腹すいちゃったから」

そう言うと、花火は憑神に姿を変えて抱き抱えた少女をくるりと器用に丸く加工。
そしてそのまま一息で飲み込んでしまった。
ぼこん、と音がして彼女の体が一段階大きくなる。
少女は花火に慣れたことが嬉しいのかにこやかな表情をしている。

「ソノウチ打チ上ゲテアゲルヨ」

腹に収まった少女を撫でて、花火は元の姿に戻った。

「さ、なにか食べに……どうしたの?」

誘おうとしたところで、祭りが何かを見ていることに気がついた。
それは、さっきの少女が身にまとっていたもので、花火にする時に落としてしまったらしいものだ。
祭りはそれを持ち上げてしげしげと並べると、花火に勢い良く向き直った。

「そうだ、浴衣だよ!!せっかくのお祭りなんだもん、皆にも浴衣を着てもらうの!!花火憑き神、花火を上げて!!」

花火はすぐにも頷いて、右手を空へ向けて高く掲げた。
夏の夜に、光の花が咲く。


花火の鳴る音が聞こえた。
空気を震わせる大きな音だ。
おや、と思って空を見上げれば晴れ渡る空に幾つか煙が浮いている。

「あら、どうかしました?」

けれど話している相手は、そんなことには全く気がつかないかのようで。

「いや、なんでもないさね」

彼女はそう言って話を続けるのだった。
その井戸端会議もほどほどに切り上げて、彼女は再び空を見上げる。

「まったく、挑発っていうのは受けてもうれしい物じゃないさな」

彼女には聞こえていた、それは霊力のあるものにしか感じられないだろう存在しないはずの花火の音。
白昼堂々と上がった花火は彼女たち、退魔師への挑発に他ならない。

「憑き神なら憑き神らしく、こそこそとしてればいいさね」

ふんと不満気に鳴らした彼女は、着の身着のまま、まるで花火に誘われるかのように歩き出したのだった。
今時珍しく艶やかな着物をしっとりと着こなした女性で、その腰まで届くほどに長い黒髪は吸い込まれるほど艶やかだ。
かと思えば、その目線はまるで刃物のように鋭く、彼女が只者ではないことを教えていた。
彼女を知っているものは少ない、けれど知っているものはこう呼ぶ。
地蜘蛛の布束と。
彼女の名は布束浴衣、この地を古くから守ってきた退魔師だ。
それほど名が売れているわけでもない。
彼女はこの地から動こうとせず、この近辺に現れたものだけを狩るからだ。
しかしながらその実力は折り紙つきと言ってよく、彼女から逃れられた憑き神はそうはいない。
妖艶、そうとしかいい用のないしぐさでキセルを取り出しながら歩く姿はまるで男を誘っているようにしか見えない。
出るとこは出て、くびれるところは括れるというスタイルを持った彼女に流し目でもされようものなら、そこらの男なんていちころであろうことは間違いない。
ふぅ、と甘ったるい煙を口から吐いて、彼女はいっぽいっぽと目的地を目指すのだった。

たどり着いたのは、山間にある寂れた神社。
道路からも離れていて、ここしばらく人のはいった形跡がないのではないかと思うほどに寂れている。
参道には大きくクモの巣が張ってあるほどだ。

「おじゃまさせてもらうよ」

蜘蛛の巣を器用に避けて、彼女はゆっくりとそこを登り始めた。
やがてたどり着いた鳥居の前で立ち止まり、そこに手を触れてみる。

「ここにいるってわけじゃあない。鳥居を媒介に他の場所につないでいるんだね。小賢しいっていうのさ」

鳥居の創り上げる何もないはずの空間に手を当てると、布を押すような微かな反応が帰ってきた。
ゆっくりとその奥まで手を突っ込んでみる。

「ん、攻撃的な結界ってわけでもない、か。大方、中に人を閉じ込めるための催眠用かね」

引きぬいた手に鼻を近づける。

「煙、人、香ばしい匂いだ、火薬、花火か。あまり、やばいっていう気配はない。となると、祭りか……神輿か、神社にでも憑いたかね」

手についた匂いだけで中の状況を推測すると。

「知らせておいたほうがいいか……まあ、ここで逃しても面倒だ。私が潰せば問題ないだろう。新参に礼儀ってやつを教えるとしようかね」

そういって、何事もないようにその中へと足を踏み入れたのだった。

まず感じたのは、明るさ。
外は真っ暗だったのに、その中は驚くほどに明るかった。
立ち並んだで店の明かり、店店の間をロープがつなぎ、ぶら下がった提灯があかあかと夕焼けのような明かりをこぼす。
そして匂い。
屋台特有の香ばし匂いが鼻を突くと同時、絡みつくような甘ったるい匂いもどこからかたどり着いていた。
そして音。
祭り囃子、それもただの祭り囃子ではない。
聞く人の心を操るたぐいの魔曲が、この縁日を満たしていたのだ。
創り上げられた祭りの雰囲気が、この結界を形作っているのだと彼女は確信した。
一度踏み込んだが最後、楽しい祭りの気分に当てられて帰ることなく違和感なくこの祭りの一部とかしてしまうのだろう。
事実、彼女でさえもどこか懐かしい雰囲気を感じていたのだから。

「……見誤った?私が、軽くとはいえ術にかかってるだなんて……でも、作り自体は稚拙だし……」

つぶやくが、だからといってここから出れるわけでもない。
この祭りの本体を見つけて、討伐しないことにはどうしようもないのだ。

「まあ、少し小手調べでもしてみようか」

そういって周囲を見回す。
屋台が立ち並んではいるが、その多くはまだ無人だ。
それはこの憑き神が未だ完成されていないことを意味していた。
やがてこれが全て埋まったとき、これほどの規模の憑き神の力がどれほどになるのか。

「芽は、早く摘み取るに限るさ」

空恐ろしい事実に首を振る。
と、彼女の視界の端に何かが写った。
小さな、手のひらに乗るほどの大きさの何かが空に浮かんでいる。

「見つけた見つけた」

それに向かって手招きすると、それは器用に体をくねらせて彼女のところまでやってきた。
きょとんとした顔で彼女を見るそれは、人の顔を持った金魚だった。

「子分憑き神、金魚すくいにでも食われたかね」

聞いたところで返事は帰ってこない、ただきょとんとした表情をむけられるだけだ。

「はっは、まあ答えなんて求めないさ。ささ、お姉さんとあそぼう、ここへお入り」

そんな金魚憑き神に笑いかけて、彼女は着物の胸元を大きくはだけた。
たっぷりとしたボリュームが創りだす魅惑の谷間をたわわに揺らして誘う。
その揺れに食いつくように、金魚憑き神はぴょんとその他に間に飛び込んだ。

「待ってな、すぐ戻してやるさ」

その直後、彼女は豊満な乳肉を両側から抑えて中に入った金魚憑き神を押しつぶす。
ぴっちりと合わさった谷間に腕を突っ込んで取り出したのは、金魚の刺繍が施されたハンカチサイズの布だった。

「うん、やっぱり力はないはず」

それだけで彼女は、この憑き神の力を測りとったのだ。
そして得た結論、敵ではない。

「地蜘蛛の布束、推して参る」

ハンカチを懐にしまい込むと、袖から綺麗な刺繍の布をだらんと垂らして、彼女は歩き出した。

縁日の中には、たくさんの小憑き神たちが漂っていた。
それを見つけるなり彼女は布で器用に絡めとり、その魂を布へと固定していく。
しかしながら、行けども行けども大物は姿を表さない。
先ほどまでは出店のそこかしこに憑き神が店員として入っていたというのに。

「さすがに感づくか」

どうやら、異常を察知して隠れたらしい。
一度本気で隠れると、憑き神というのはなかなかに見つけ出しづらいのではあるが。

「まあ、これだけでかい根を張っているんだ。どこへだって行けないだろう」

そういうと、小憑神だけでも刈り取るべく縁日の中を練り歩き続けた。
そしてやがて、縁日がすっかり静かになってしまった頃。
やっぱり、ここだったか。
彼女は、ついにたどり着いていた。
神社の本殿、その前にたくさんの憑き神たちが勢ぞろいしている。
なにやらフワフワとした娘、銃のような目付きの娘、外人、他にも数人いるが、気になったのは中央、本殿の前に立つ娘だ。
他のメンツに比べて、異様に年齢が低く見える。

「ここにいるのが全員で。あんたが、ここの親分ってわけだね?」

その問に答えるように、娘は周囲を見回していった。

「お客さん以外に答える必要はないね。お客さんでも教えないけど。それに、小憑神だけじゃなく、お客さんまで全員気絶させていくなんて。せっかくのお祭りが台無しだよ」

「ふん、こんな人を食うような祭りなんてなくなって正解さね。子供たちまで巻き込んで……それは外道っていうんさ」

「……わたし、あなたを呼んだ覚えなんてないんだけど。あなたは誰?」

切って捨てるような彼女の返事に、娘は表情を険しくして尋ねた。
そう、彼女の侵入は予想外だったのだ。
打ち上げられた花火は、本来は別の者を呼ぶために使われた。
しかし、たまたまその近くにいた彼女が、それに気づいてしまったのだ。

「こっちは呼ばれたからきたんだけどねぇ。やっぱり新参は世間ってやつを知らない」

いって、彼女は布を娘へと向ける。
不思議なことに、垂れ下がっていたはずの布は刃のように鋭くのびてその切っ先を娘に向けていたのだ。

「あんたみたいなのがのさばらないようにするための組織も、この世界にはあるってことさね!!」

言うやいなや、彼女の背中からたくさんの帯が広がり憑き神たちを絡めとっていく。
憑き神たちは対応するようにその姿を憑き神へと変化させたものの瞬きする間もなく伸びてきた布からは逃げることが出来ず、娘以外すべて捕まってしまったのだった。
それはまるで、ハンターが獲物を捕まえるときのような、狙い済まされた動作だ。
逃げようとする憑き神たちを一瞥して。

「心配はしないでいいさ。お前らの魂はしっかりと戻してやる」

そしてそのまま、娘に向かって歩き始めた。

「うそ……」

その顔には、驚きの表情がありありと見て取れる。
それはそうだろう、いままで得た力でやりたい放題やってきたのだ。
それが、こうも一方的にやられるだなんて普通は考えもしない。

「神になったつもりだった?」

嘲るような問い掛けに娘は応えず、憑神の姿を現した。

「へえ、その姿。やっぱり神社か」

その姿に感心したような声を上げるが、歴戦の退魔師らしくうろたえもしなければ戸惑いもしない。

「えいっ!!」

お社憑き神は、手に持った器具を彼女に向けて振るう。
しかし、今まで彼女の願いを叶えてきた歪な神具は今度ばかりは手応えを返さない。

「せっかくだから教えておいてやるさね。憑神を作るには相手の体から霊力を追い出さないといけない。一般人ならまだしも、私みたいに長年生きて霊力を蓄えてるような奴には、涼しい風さね。それともう一つ、めだっちゃあいけないさ。ひっそりひっそりとね、わきまえないから私みたいのに見つかるんだ」

呆然とした表情を見せるの首筋に、布の刃が添えられた。

「悪いけど、あんたは少し救いようがないさ。それに、罪っていうのは償わないといけない」

添えられた刃の感触に、お社憑き神が小さく悲鳴を上げた、その瞬間だ。

「マツリ!!」

布に捉えられていた憑神の一人が、丸い体の一部を分離して拘束を逃れたのだ。
そして布に残された球体が、派手な音を立てて爆発する。

「なにぃっ!!」

突然の衝撃に、彼女は大きくバランスを崩しお社憑き神から刃を離してしまう。
その隙を突いて、花火憑き神がお社憑き神を救出する。

「お姉ちゃん!!」

思わず抱きつくお社憑き神を抱きかかえて、花火憑き神は浴衣に向き直った。

「ヨクモヤッタナ、蜘蛛女!!」

右手を向けて、大玉の花火を撃ち出す。
空では綺麗に咲く花火も、その場で爆発すれば爆弾だ。
大きな衝撃と音を伴って、縁日が揺れた。
まぶしすぎる光のせいで一瞬視力を失うが、それもやがて戻ってくる。

「良い線いってるさ」

そして二人が見たのは、布に包まれて全く無事な姿を見せる布束浴衣の姿だった。

「今のは驚いた。なかなかのパワーさね」

平然と言ってのける浴衣に、花火憑き神もさすがに驚く。

「とっておきの体育教師30号が……」

呆然としながらも、彼女は右手を相手へと向けた。
その様子に、浴衣は手を振って答える。

「むりむり、止めておくがいいさ。わかったろ、お前らじゃ私には勝てないって。しかし、私も悪かった。お前たちを侮っていたさ。これからは全力、もう容赦はしないさ。だから、その前に私の名前を教えておく。向こうに入ったら自慢するといいさね、私にやられたんだってね」

一息。

「私の名前は布束浴衣、地蜘蛛の布束とも呼ばれているね。この地にあんたの年齢の十倍以上昔から住んでいる、鬼蜘蛛の化身さ。あんたたちが相手にするのはそれだけの時間という名の重みを持った霊力だ。誇りに思うといいさ」

その自己紹介に、抱き合った二人の憑き神は顔を見合わせた。

「さあ、覚悟するさね。言っておくが、この布は私の糸から織り出した特別性だから。切れたり折れたりするんじゃないかなんて、無駄なことは考えないこと」

そして布を刀のように伸ばすと、一息で斬りかかった。
踏み込みは神速、捉えられていた憑き神たちでさえその動きを追うことができないほど。
その踏み込みの一歩は、石畳を砕く。
一直線に伸びた剣閃は、そのまま二人を両断するかと思われたのだが。

「年齢上限設定25歳!!」

喉元に届いた布の刃は、優しくそこに絡みつくにとどまった。

「な、ななんだこれは!!」

今までにない慌て様を見せる浴衣。
その焦りに答えるように、捕まっていた憑き神たちもその縛めを破って抜けだした。
それだけではない、彼女の胸元からたくさんの子憑き神たちが溢れでてきたのだ。
その反動でたってすらおれず座り込んでしまった彼女の前に、お社憑神が立った。

「本当は、使わないつもりだったの。若い人ばかりじゃ、つまらないから。でも、長生きしたら、霊力がたまるっていうから……若くなってもらったの」

時間により蓄積された霊力を失った浴衣は、もはやただの変化でしかなかった。
その姿を保っているのがやっとというレベルだ。

「は、そんな奥の手があったとはね」

歯噛みする、楽しんでもらうために作られた結界。
そう甘く見て、それ自体を詳しく調べなかったことを公開した。
だがもう遅い。
横になって呆然とする浴衣の耳にずん、と重い音がした。
引かれるようにそちらに目を向けると、本殿の方に向かってくる大きな影がある。

「鳥居憑き神、そこをくぐった人の年齢を帰ることができるの」

「イキガイイヨー」

素っ頓狂な返事をする鳥居憑き神をいつもの位置に送り返して、お社憑き神はもはや立つことすらかなわない浴衣に向き直った。

「驚いたけど……ふふ、あなたに会えてよかったよ」

それから、手にした器具をむけて。

「だって、あなたのほうが浴衣作るの上手そうなんだもん」

振った。

その変化は劇的だった。
存在しているはずの現在から大きくさかのぼって過去の姿を変えようというのだ。
まだ未熟な霊力が一瞬にして書き換えられていき、その姿はお社憑き神の望むものへと加工されていく。
まばゆい光を発して下半身が着物の色合いのまま厚みを失っていく。
腰には布になった下半身からつながるロールができた。
上半身は、ほとんどそのまま。
艶やかな姿形をしているが、その左手は針刺しになっていて待ち針などの色とりどりの針が刺さっている。
右手には、何でも裁断できそうな大きなハサミを持っていた。
そう、彼女は浴衣憑き神になってしまったのだ。

「すてき、どんな浴衣を作ってくれるのかしら」

「チョキチョキっと作るさね」

お社憑き神に一礼して答えた浴衣憑き神はそのへんで気絶していた子供に待ち針をさした。すると、子供の厚みがドンドンとなくなっていきペラペラになってしまう。
それをひょいと持ち上げて筒状に丸めると一気に飲み込んだ。
ごっくんと飲み干すと、腰のロールが音を立ててカラカラと回りだす。
彼女の浴衣の色がしばらく続いて、それから突然別の色の布地が出てきた。
それは、まるで先ほどの子供の面影を残しているようにもみえる。
彼女は大きなハサミでその部分をきれいに切り取ると、左手の針を素早く動かして一着の浴衣を縫い上げた。
それは、受け取ったお社憑き神、いや祭里の体にぴったりとフィットするもので。

「すごーい、ぴったり!!」

祭里はそれに、非常に喜んだのだった。



「年齢上限設定解除」

過去に憑き神であったことにされてしまった浴衣。
その事実は現在に戻されたところで消えるわけではなく。
むしろそのまま時を超えたという。
いわば過去を改変されたという状況になってしまっていた。
つまり、百年以上の時をへた憑き神となっていたのだ。
その力は強力無比といってもよく、そしてそれの親である祭里の力もまた非常に強くなったのだった。




書いてるさなかに思いついた設定を放り込む
結果よくわからなくなる
悪い癖ですね。
鳥居憑き神なんかはツイッター上でそんな設定があったらいいななんて話してたのをいれたりしてます。

憑神縁日事変 4.5

憑神縁日事変 花火大会


ドーン、と音がして空に明るい花が開くたび祭里は両手を叩いて大喜びをする。

「わあ、すごいすごい」

目を輝かせてあまりにも喜ぶものだから、つい続けて二発三発と連続で打ってしまうのだった。
人の命を使った不思議な花火は、誘蛾灯のように人を引きつける力がある。
狙った人も呼べるし、無差別に呼ぶこともできる。
今日も、花火につられて沢山の人が縁日に遊びに来てくれた。
祭里はそれにまた、嬉しそうな声を上げる。

「いっぱい遊びに来てくれたね!!そうだ、私あのこの綿あめ食べたい」

どうやら、美味しそうな子を見つけたようでそちらに向かってかけていく。
私はその様子をいとおしそうに見ながら、その後を追いかけていくのだった。

「美味しかったー」

狙ったこの綿あめをぺろりと食べた祭里は、縁日を見て回り始める。
どんな人がきているか、どんな出店をだそうか。
そんなことを考えながらうろうろとするのも、彼女の楽しみの一つだ。
私はいつだって、そんな彼女の後ろに付いて回る。
いつでも助けてあげれるように。

「あっち、すごいたくさんいるね」

ふと、気がついたように祭里が言った。
つられてその方向を見てみると、確かに。
数十人規模の人だかりができていた。

「あ、カメラだ!!」

よくよく見てみるとたしかに、人だかりの中にカメラやマイクを持った人たちがいる。
どうやら、番組の撮影中か何かだったらしい。

「写ってこようかな」

そんなことを言いながらそわそわとしはじめる祭里に。

「ここで写っても放映されないよ」

と教える。
この縁日から彼女たちが出ることはないし、ライブ配信だったとしても電波は外まで届かない
そもそも、彼女たちが目の前から消えたところで誰一人として不思議に思わないだろうが。

「むー、そっかぁ」

祭里は、少し残念そうな顔をした。
そんな表情をされると、こちらも悲しくなってしまう。
だから私は、こんな提案をした。

「祭里、花火大会しよっか」



やってきていたのは、40人を超えるとかいう噂の超大型アイドルグループだ。
その中でさらにグループ分けができているというのだからその規模は恐るべしといったところ。
そんなにも数がいながら、誰もがはっとするほどの可愛さを持っているのだから、人気が出るというのもうなずける。

「きっと、綺麗な花火になるね」

憑き神の姿を現した私は、その中の一人に目星をつけると高く飛び上がった。
そして、その子めがけて下の口で飲み込むようにおちる。
あっという間もなくその子を飲み込むと、その中でくるりと丸めて花火に加工。
私の胴体につなげる。
今の私は、いつもよりもずいぶんと背が高い。
さっき打ち上げ分の残りの花火たちが、まだストックされているからだ。
最近は、祭里に危険が及ぶこともあったし何があってもいいように3つくらいはストックするようにしているが。
はじめは嫌がっていた彼女たちも、私の体であることに大分慣れてきたようだ。
それはともかく、突然現れた異形の私に、一団は驚いたようだった。
それはそうだろう。
驚かなかったらむしろ驚く。

「驚ナイデ、コレカラ花火大会ダヨ」

私がそう言うと、一団は顔を見合わせて。

「花火大会だって!!いい絵が取れるぞ」

「やったー、超ラッキーじゃん」

などと喜び始める。
喜んでもらえるなら私も嬉しい。

「ソレジャ、準備スルヨ」

近くでうれしがっているアイドルを器用に丸めて飲み込む。
私の体がまた一つ増える。
ここまで背が高いと、かがむようにして彼女たちをつまみ上げる格好になる。
一人また一人とクルッと丸めてゴクリと飲み込んで花火に変えていく。
たまには下から飲み込んだりもする。

「エート、アナタタチぐるーぷダヨネ?」

「そうでーす、私たち3人でイーグル3!!よろしく!!」

「ヨロシク」

三人を纏めてひとつの大玉に変えて飲み込む。
さすがに、そろそろお腹がきつくなってきたけど。
まだまだアイドルたちは残ってる。

「サア、ぐるーぷゴトに打チ上ゲルカラオイデー」

そう言うと彼女たちは嬉しそうにグループを着くつって寄ってくるので、それをくるりとそれぞれのグループごとにまとめた大玉に変えて飲み込んでいく。
縁日をすっかり見下ろせるほどに体が大きくなった頃、ようやくアイドルたちは全員花火になった。
スタッフも一緒だが。

「イクヨ祭里」

これだけあれば、花火大会といってもいいだろう。
両手と頭を使って、一気に花火を打ち上げる。
爆発音が連続して、空が一気に明るくなった。
花火の種類に合わせて綺麗に見えるようにドンドンと打ち上げる。
ひゅるひゅると音を弾いて飛ぶもの、シダレヤナギのようになるもの。
色も様々だが、どれもやっぱり美しい。
仕掛け花火はないけれど、そのうち出来るようになるんじゃなかと思う。
そして最後は、三人以上をまとめてるグループ大玉花火を連続で打ち上げる。
空を覆うほどの大輪の花が咲いた。

「アイドル48号ダヨ」

アイドル花火を全部打ち上げて体の大きさがほとんど戻った私は、ひどく喜んだ祭里の手を引いて再び縁日を回り始めたのだった。



8月8日は丸呑みの日だったんだそうな。
マジかよ。
というわけで外伝的作品です

憑神縁日事変 4

憑神縁日事変 射的

小さな音を立てて飛ぶ弾はものの見事に的の中央を貫いた。
横の電光板に表示された点数は百。
それはつまり正確にど真ん中を撃ちぬいたことを意味する。

「すごい。今回も満点じゃない」

周囲から称賛の声が上がっても、銃を手にした彼女はにこりともせずに次の弾を込めた。
ここは射撃場。
ライフル射撃という競技を行うための場所だ。
そして、この射撃場は全国でも珍しく女性会員限定の場所なのだった。
周囲を見回してみてもいるのは女性ばかり、そしてその誰もが彼女を見ていたのだ。

「さっすが、我が部のエースよね」

茶化したように言う言葉にも耳を貸さず、彼女は淡々と的を射抜き続けた。
今ここにいる誰もは、全く同じユニフォームに身を包んでいる。
彼女たちは全員、近くの大学のライフル射撃サークルなのだ。
ライフル射撃のライセンスを持っているもの、しかもそれが女性ともなればその数は本当に少なくなる。
この射撃場の客の殆どは彼女たちサークルメンバーで占められているのだ。
今までほとんど無名だったこのサークルだが。
最近は彼女、的場亜里射の活躍で方々にその名を知られつつあったのだ。
といっても、サークルメンバーの殆どは並以下と行っていい腕前で、有名になったのはサークルというより的場であったのかもしれない。
そのためそれをよく思わないものも多く、冷やかすような言葉を浴びせる者も多いのだが本人は全く意にかえしたような様子もなく、いつもの様に淡々とライフルを打ち続けのだった。
その姿は本物のスナイパーのようで非常に格好良く一分からは逆に人気があったりもする。
彼女目当てで入部するものが増えたくらいだ。

「的場さんって、すごく寡黙でかっこいいわよね」

「本当、スナイパーってああいう人なんでしょうね」

陰口とも賞賛ともつかない言葉は亜里射にとっては、雑音にすらない。
銃の重さと、冷たさを頼りに。
彼女はただ銃口を向け、引き金を引く。
それだけを考える。
それだけ出来ればいい。
周囲はスナイパーのようだというが、むしろ彼女は銃そのものであるかのような、そんな人間だった。
生まれる国を、あるいは時代を間違ったのではないかと本気でそう思うときがあるほどだ。
手にしたライフルをなでる、黒くて鈍い光を放つ相棒はすっかりと手に馴染んでいる。
それはもはや、自らの一部であるかのようだ。

「そろそろ、帰りましょうか」

会長の言葉に、全員が片付けを始める。
彼女もライフルを丁寧に磨き上げると鞄の中にそっとしまいこんだ。

外に出ると、もうあたりは真っ暗になっている。
朝から来たのだから、もうどれだけの時間そこにいた事になるのか。
なんてことを考えながら最寄りのバス停までサークル員みんなで列になって歩いていると。

「的場さん」

背後から、会長が話しかけてきた。
射撃の腕はまずまずだが人当たりがよく、誰とでもにこやかに話せるようなタイプの人間で。

「あ、会長」

普段鋼鉄のスナイパーである彼女も、その前では朗らかな笑顔を見せるほどだ。

「お疲れ様。今日も絶好調だね」

「いえ、いつもどおりですよ」

どこかで茶化すような声も聞こえたが亜里射は無視。

「あはは、さすが的場さん。でも、前から言ってるけどさ。もっとにこやかに行こうよ。あんまり無表情だと皆怖がっちゃうよ」

こんな性格をしているせいか、彼女の周囲には友人と呼べるような人間はほとんどいない。
すこし遠くから、危ないものを触るような距離感でいるのだ。
それは友好的であろうと、彼女を疎ましく思っていようと変わらず。
彼女自身はもうそれに慣れて、なんとも思わなくなっていたのだが……ただ会長だけが、その領域に踏み込んできた。

「もっとみんなと仲良くしよう?」

そんな風なことをいって、にこにこと笑いながら。
はじめのうちは、ただ鬱陶しいと思っていた。
何度も邪険にして、追い払った。
嫌われてもおかしくないような態度だってとった。
一人にして欲しかったから。
しかし、会長はそのたびに、何度だって笑いながらやってきたのだ。
北風と太陽のように、暖かな日差しのような笑顔が、鋼鉄の銃でできた彼女の心を少しずつ解きほぐしていったのだ。

「はい」

気を付けてみます。
口先だけではない、それは本心だった。
ライフルを持っているときだけは鋼鉄の精神に戻るのだが、そうでないときは人間になろうと。
自らを銃として育ってきた彼女が、初めてそう思ったのだ。
背負ったライフルを軽くなでる。
冷ややかな感触が心地よく、愛しいとすら感じる。
世界大会出場者だった父からもらった相棒。
今まで、ずっといっしょにいたいと思うものなんてこのライフルくらいしかなかったのだが。

「先輩となら……」

ずっと一緒にいてもいいかな、なんて。
不器用ながらも思ったりしていたのだ。
もし、他の人と分かり合うことがこんなに素晴らしいことなら。

「悪くない」

「よかった」

小さくつぶやいた言葉は会長にも聞こえていたようで、ほっと胸をなで下ろすようなしぐさを見せた。

「そうだね、それじゃ今度。どっか皆で遊びに……」

会長がそう提案した時だ。
ドーンと大きな音が鳴り響いた。
ドンドンと連続して、それからパラパラと続く。
音と共に一瞬明るくなった空を見上げて、彼女たちは足を止めた。

「綺麗な花火ね」

誰となく零したその言葉に頷き、しばし空を彩る魔法に見惚れる。
花火は近くの山から上がっているようで、見上げる空いっぱいに広がる大きな花火にいつもとは違う震えるほどの美しさを感じた。

「かいちょー!!」

先に行っていたメンバーがにわかに慌ただしく後ろへ走ってきたのは、そんな時だ。
うれしそうに、というか楽しそうな表情を隠そうともしないで走ってきたメンバーたちは山を指さした。

「いま、夏祭りやってるんだって。見に行こうよ!!」

口々に行こうと誘うメンバーに、他のメンバーたちも調子を合わせて言い始めた。
会長は周囲を見回して。

「そうね、せっかくだし行きましょうか」

と頷いた。
やったぁと声を上げ早速走りだすメンバーたちを見送り、会長は亜里射に向き直った。

「丁度いい機会よ。的場さん、皆と仲良くお祭り回りましょう」

どうやら、会長にも思う所あって許可を出したらしい。
うん、と小さく頷いたのを確認してから会長は亜里射のてをとって、山の方へと走りだしたのだった。

少しはいったところに、それはあった。
立ち並ぶ出店、ずらりと連なる提灯が夜を明るく照らし出している。

「へぇ、こんなところあったんだ」

気づかなかった。
その事実に違和感を覚える程度には、そこは広く大きく見える。

「まあ、神社なんてお祭りでもないと来ないけどね」

会長はそう言って、先に行ったメンバーを探して歩き出した。
亜里射は、そのあとをついていく。
周囲を見回してみれば、人はそれほど多くない。
こんな場所だから客の入りがイマイチなのは仕方ないと思うが、それにしても祭りの規模とあまりにも不釣合であるように見えた。
大体、出店に人がいないのが多いというのはどういうことなのか。
そんなことを思ったが、会長の方は気にした様子もなくずんずんと進んでいく。
自分より人間らしい彼女がそう思うのならきっとそちらのほうが正しいのだろうと、そう思って彼女は思考を追いやった。

「あー、いたいた。かいちょー、的場さーん」

縁日の中を出歩いているさなか、先に行ったメンバーたちがこちらを探しに戻ってきた。
なにやら面白いものでもあったのか、気分が上向きになっているようだ。

「射的見つけたんですよ射的!!ほら、私たちが射的をやらないでどうするんだっていうか。ほらほら、いきましょう。的場さんもね!!」

縁日に射的はつきものだ。
話を聞いた会長は頷いて、それから亜里射に耳打ちした。

「チャンスだよ、いいところ見せて……皆もう知ってるか。まあ、こういうところで一緒に盛り上がろう」

小さく頷いて、歩き出した。

案内された先には確かに、射的の文字が踊る出店があった。
わかりやすい白と黒の的を矢が射ぬくデザインのロゴもある。
その前でメンバーが数人たむろしている、全員というわけではないが。
先に始めているかと思っていたのだが、しかし彼女たちは屋台の前にたむろしているだけに見えた。

「どうしたの?他の皆は?」

会長の問に。

「他の連中なら、向こうで綿あめ売ってたって言って買いに行きました。それと、この射的やってないみたいなんです」

促されて視線を出店にうつせば、確かに屋台の準備は整っているようなのに動く題に乗っているはずの景品や、それを狙うためのコルク銃も置かれていない。

「まあ、結構寂れてるんで。出店の割に人がいないですし。仕方ないですね」

「そっかぁ、それじゃ仕方ないねぇ」

その報告に、会長は落ち込んだような声を出した。

「ごめんね的場さん。また今度ってことで」

そして、亜里射に向かって小さくそう謝る。

「いや、そんな謝らないでください」

「うーん、いいチャンスなんだけどなぁ。まあでもほら、お祭り気分で皆とお話ししてみたらどうかな?」

「そうですね、そうしてみます」

会長の提案に頷いて、ワイワイとしたサークル員の輪の中に意を決して入っていくことにした。
会長もそうするのかと思ったのだが、折角の機会なのだから、と諦め切れないようで集まったメンバーたちから少し離れて周囲を見回し始める。
何か、ほかに遊べるものがないかと思ったのだ。
そんな会長に、後ろから声がかかった。

「射的したいの?」

少し幼い声質ではあるが、それは会長の興味をひくのに十分な内容で。

「できるんですか?」

思わず彼女はそう訪ね返していた。
振り返った先に居たのは、二人の女声。
どちらも、自分より年下だろうと思われる年齢だ、姉妹だろうか。
会長の問に、妹と思われる方が頷いた。

「うん、たくさんいるみたいだし。すぐに用意できるよ」

たくさん、というのはサークル員のことだろう。
これだけの人数が遊んでくれるなら、ということだろうか。

「そっか、あんまりお客さんいない時に回してもダメかも知れないものね」

「お客さんは、これからいっぱい来るんだよ?」

「明日以降も続くのかな。なるほど、だからあいてる店が多いのか」

「明日も、あさっても、その先も続くの。そしてお店も増えていくんだから」

どうやら、かなり長い間にかけて行われる祭りであるらしい。
おそらくまだ初日で、本当は射的については今日行わないつもりだったのだろう。
それをわざわざ開けてくれるというのだ、悪い気もしたが。

「それじゃ、お願いしていいかしら」

その言葉に、甘えることにした。
おねがい、と頭を下げると。

「うん、すぐ用意するね」

にこやかな笑顔で頷いた少女は、どこへ行くでもなく。
一瞬姿がぶれたかと思うと、次の瞬間には全く違う服装になっていて。
手品?
なんて思う間もなく、会長の鼻先に、宮司の持っているような器具がつきつけられる。
ただそれだけなのに、全身を走る悪寒に彼女は動きを止める。

「それじゃ……」

「会長どいて!!」

少女が、何かを言おうとした。
それに答える暇もなく、彼女は横に向かって吹き飛ばされる。
突き飛ばされたのだ、と思った彼女が振り向きざまに見たのは。
少女に向かってライフルをつきつける亜里射の姿だった。

「あなた、何?」

鬼気迫る表情で、亜里射はそう尋ねる。



メンバーの中に入っていった亜里射だが、いかんせん今までこういうところに自分から入っていった経験がそれほどなかったということもあって、なんとなく相打ちを売っているだけになっていた。
それでも、そういうこと自体がほかからしたら珍しい光景であるようで。
小さな相槌にもしっかりと反応してくれて、それとなく居心地の良さを味わっていた。

「あら、会長なにしてるんだろ」

そのさなか、誰かそんなことを言った。
会長という単語に反応して、その視線をたどれば。
ここから少し先で、二人の少女と話をしている会長の姿が見えた。
可愛らしい笑顔の少女と、その姉だろうか、そちらも人当たりのいい笑顔を浮かべている。

「可愛い娘だねー。このあたりの子かな」

そんな二人に対して、他のメンツはそんなことを言うが。
彼女だって、そうだとは思うのだが。
しかし、何故だろう。
その二人から、震えるほどの悪寒を得るのは。
他の人がどうにも感じていないのなら、それは間違いなく一般的な感性ではないのだろうが。
彼女は、知らずの内に背負ったライフルへと手を伸ばしていた。
そして、何かあったのだろうか会長が二人に向かって頭を下げる。
それに答えるようにして少女が笑った。
朗らかな、可愛らしい、無邪気な笑み。
混じりっけなしの純粋な笑みと言っていいだろう。
それを見た彼女は、反射的に飛び出していた。
銃弾のように。
不気味なほどに純粋無垢なその笑みを恐れるように、だ。
走りながら器用にバッグからライフルを取り出すと、肩から会長にあたって吹き飛ばした。

「会長どいて!!」

場所を入れ替わるように少女の目の前にたち、その額に銃口を突きつける。
走った最中に見た瞬間的な服装の変化も、彼女の心を乱すには至らない。
ただ、鉄の冷たさ、重たさだけが体に伝わり、彼女をただの銃へと変える。

「あなた、何?」

会長の静止する声も、サークル員達の悲鳴も、彼女の心を動かすには至らない。
銃は彼女の延長であり、彼女は銃の一部だった。
それである限り、彼女はただの銃だったのだ。

「会長、逃げて」

構えを解くこともないまま、会長にそういった。
戸惑った様子が伝わってくる。
悪ふざけをするような、そんな人間ではないことは会長は百も承知だから。
人に悪意を持って銃を向けたのは始めてのことだった。
しかし、自分が思っていたよりもずっと自分の心は銃でできていたようで、震えることも戸惑うこともない。

「今、何をしようとしたの?」

少女の背後、こちらに右手を向けたポーズでいる姉にも視線を向ける。
動くなという意思表示。
このライフルに銃弾は入っていないが、そんなことは自分以外にはわからない。
視線を少女に戻す。
少女は先程から、銃には目をくれることもなく彼女を、その瞳を覗き込んでいた。

「答えて」

強い口調で言って、より強く銃口を押し付ける。

「へぇ」

その答えは、驚きのような呆れのような言葉で帰ってきた。

「すごいね、鉄砲が好きなのかと思ったけど。お姉さんが鉄砲なんだ」

それは、彼女の心のなかを覗いたとしか思えない言葉で。

「人間になんてならなくていいよ、私が使ってあげるんだから」

笑った。

「黙れっ!!」

珍しく、心を揺さぶられた強い口調。
鋼鉄のスナイパーにはありえない照準のブレ。
引き金を弾く指に力を込める。

「お姉さんは、射的になっちゃえ」

しかしそれよりも先に、彼女の持つその器具が、銃の横をコツンと叩いた。
瞬間、何が起きたのか大きくバランスを崩しながらも、どうにかその引き金を引いた。
不意に崩れたバランスのさなかでも標的を照準に収めつづけたのはさすがのスナイパーである。
しかし、カチン、とふざけた軽い音が響いて。
ただそれだけ、他に何も起きはしなかったのだ。

「そん、な……」

その事実に、彼女は呆然とした。
もとより、弾など入ってはいない。
そもそも、そこに呆然としたわけではない。
彼女が手にしたライフルが立てた、あまりにも軽すぎる音。
音だけではない、実際にその銃自身もあまりに軽くなっていた。
それはまるで、射的に使うコルク銃のような。
そして自分が、その一部になってしまったような違和感。

「ダメだよお姉さん、しっかりコルク詰めないと」

クスクスと笑い声が降ってきて、彼女の手からライフルをもぎ取っていく。
見あげれば、姉がライフルのコイルを引き、その先にコルクを詰めて渡しているのが見えた。

「こんなふうにね」

少女はそれを、彼女に向ける。
パコン、と軽い音が響いた。

ただそれだけ、光るわけでは唸るわけでもない。
けれど変化は劇的だった。
両手両足が細い筒に姿を変える。
腕や足と同じように曲がって形を整えると、細部が形を変えていく。
出来上がった形は、銃。
肘や膝の裏に引き金が現れて、両手両足は完全に銃になってしまう。
次に変化が起こったのは頭だった。
耳が大きくコルクのように姿を変え、結ってあった髪が燃え上がり導火線のようになった。
いつの間にか着ていた服も法被に変っている。
そう、彼女は射的憑き神になってしまったのだ。

「きゃぁ、かっこいい!!」

うれしそうに声を上げるお社憑き神に一礼すると、彼女は早速その腕前を見せつけた。

「ばーん」

振り返りながら右手の一発。
クルッと回りながら左手の一発。
宙返りしながら両足の二発。
放たれた弾丸はまっすぐととんで、事についていけずぼーっと立っていたサークルメンバーたちの眉間に直撃した。
その瞬間、ボワンと音を立ててあたった者たちが小さな景品に姿を変える。
あまりのことにあっけにとられるもの、悲鳴を上げて逃げ出すもの。
それらすべてを平等に、全く撃ち漏らしすることなく、華麗に優雅に、彼女の銃弾は撃ちぬいた。
気づけばそこには、景品になって転がるサークル員たちと、腰を抜かして見上げる部長しか残っていなかったのだ。

「ま、的場さん?」

近づいた彼女に、会長は震える声でそう尋ねた。

「違ウヨ、会長」

射的憑き神はそういって、彼女の口に特大のコルクを突っ込んだ。
目を丸く下の束の間、会長は勢いよく立つとお辞儀するように腰を曲げた。
コルクを加えた口は、コルクごと小さくなりながら丸く形を整えていって顔だった部分は細長く胴体に同化していった。
その状態で体はどんどん細く小さくなっていき、そしてついにはライフル程度の大きさにまでなってしまう。
そう、彼女はコルク銃になってしまったのだ。

「デモ、ズットイッショ」

射的憑き神はそれを拾い上げて背負うと、祭里に遊んでもらうべく射的出店の準備に向かった。




射的は面白いですよね、でも落とせません。
きっとあの景品にはおもりが仕込んであるに違いないのです。

憑神縁日事変 3

憑神縁日事変 わたあめ



どこかで、ドーンと花火のなった音がした気がした。
遠くで縁日なんてあったかしらと思いながら、彼女は後ろを向く。
子供たちが数人列を作ってついてきていた。

「はーい、もうすぐつくからねぇ」

にこやかに手を振るが、子供たちは熱さに浮かぶ汗を拭いながら疲れたような生返事を返すだけだ。
子供たちは皆、彼女の教え子だ。
まだまだ教えることはいっぱいあるが、誰も彼も反抗期なのかなかなかいうことを聞いてくれない。
それが可愛いのだけど、と彼女は思ったりもするのだが。

「せんせー、少し休憩しようよ」

先頭を歩く子供が、疲れた声でそういった。
なるほど確かに、もうすぐ日が暮れるという時間ではあるがそろそろ歩きどおしが辛くなってくる頃でもあるだろう。

「そうねぇ」

実のところを言えば、さっさと進んで目的地にたどり着きたいところではある。
しかし、優しい彼女は生徒の提案に頷いた。

「もう少ししたところに休憩できる所があるから。そこまでがんばろうか」

休憩、という言葉をきいてどうやらすこしばかり元気を取り戻したらしい子供たちは、先程よりも幾分早足になって歩き出した。

「深呼吸して、ゆっくりあるきなさーい」

危なげな生徒たちにそう注意を促して、彼女自身も大きく空気を吸い込む。
青々とした夏のにおいが、そこら中に満ちているようだった。

夏休みのキャンプ。
彼女が勤める学校では夏の定例行事だ。
とはいえ夏休みに入ってのことであるから、希望者だけになるのだが。
今年は例年よりも参加する人数が少ないということで、行事の担当になっていた彼女は自らの生徒を数人よんだのだった。
キャンプは山のキャンプ場で行われる。
それまでは引率ごとに別れて様々なレクリエーションを行うのだ。
昼間の間普段とは違う自然に囲まれてはしゃいだ子供たちの疲れが頂点に達しているのは仕方のないことではあった。

「だけど、ちょっと離れすぎたかしら」

より自然に馴染んでもらおうと、山奥を選んだのがまずかったのか。
腕時計に視線を落とせば、そろそろ集合予定の時間だ。
しかしまあ、こんなに自然にあふれたところに来てきっちりと時間通りに物事を行おうとするのも馬鹿馬鹿しい。
心配されない程度の時間に戻ればいいだろう。

「うん、生徒たちが楽しければ。それでいいわよね」

心の底からそう思えるあたり、彼女は生粋の教師であったといえよう。

「せんせー、綿貫せんせー」

彼女をそんな思案の海から引っ張り上げたのは、己を呼ぶ生徒たちの声だった。
ぼんやりと考え事をしている内に休憩所についてしまったのだろう。
こうやってぼんやりと考え事に浸ってしまうのは、彼女の悪い癖でもあった。
ふわふわとした髪型とこのぼんやりとした性格を合わせてふわふわ先生なるアダ名も子供たちからもらっていたりする。
時間まで守る必要はないだろうが、引率者たる彼女までいつものようでは良くない。
山では一瞬の油断が命取りになることだって十分にあるのだから。

「はーい、そこでまっててねぇ。すぐに行くから」

先客がいたりして失礼をしないよう監督するべく、彼女は軽く駆け足で走りだす。

「せんせー、すごいよぉ」

たどり着いた彼女が驚く生徒たちに促されて見たのは、暗くなり始めた森の夜を煌々と照らす赤い提灯の行列。
森の青々強い匂いを一瞬で覆い隠すような香ばしい匂い。

「え、縁日?」

人はまばらにしか見ることができないが、彼女の目の前に広がるのが縁日でなければ何だというのだろう。
休憩所とは神社のことだったのか?
こんな人のいない山奥で?
様々な思いが頭をよぎる。

「お祭りだ~、お祭り!!」

「せんせー、少し寄って行こうよ」

「いいでしょ?」

子供たちのうれしそうに弾む声が、それを中断させた。

「そうねぇ」

思案顔で首をかしげる彼女に、生徒たちは抱いた。

「お願い!!綿貫先生!!」

「しかたないわねぇ、すこしだけよ」

教師の了解を得た生徒たちはやったぁと声を上げて縁日へ散っていった。

「こらこら、あんまり離れちゃダメよ」

元気よく走り去る子供たちに、先ほどまでの疲れはどこへ言ったのかと呆れながら、彼女はその後を追いかけた。

子供たちを探しながら見まわってみる縁日は、どうにも変な様子だ。
たくさんの出店が並んでいるにもかかわらず、その殆どに店員がいない。
こんな山中でやるのだから客が少ないのは当然理解できるのだが、それにしては出ている店の数が多すぎた。

「うちの町内会のより大きいんじゃないかしら」

学校近くの公民館で行われる夏祭りと脳内で比較してみても、やっぱりこちらの方が大きい。
それが、どうにも妙に思えるのだ。

「狐に化かされてるってわけじゃないわよね」

昔話を思い出し、つばを眉にぬったりしていた時だ。
走っていった子供たちが集まっているのを見つけた。

「あら、何かいいのがあった?」

物欲しそうに出店を見つめる生徒たちの視線を追えば、そこには綿あめの出店があった。
フワフワしていて甘い、子供も大好きだが彼女も大好きなお菓子だ。
夏祭りの定番と言っていい。
親御さんからすればベタベタが色々とつきやすく、しかも大きすぎて食べ切れない時の処理に困るのであまり好かれてはいないかもしれないが。
それはともかく、綿あめくらいなら買ってあげようかなどと思って財布に手を伸ばした彼女は、そこでその手を止めた。

「あら、店員さんがいないのね」

準備は万全に整っているように見える。
綿あめを作る機械だって動いているのだ。
にもかかわらず、そこには店員の姿がなかった。
周囲を見回しても、そもそも店員と呼べる人影が少なすぎる。

「うーん、残念だけど。お店やってないみたい、今日はもう戻りましょう」

ふと思い出した不気味さに小さく身震いをして、彼女は生徒たちに帰るよう促した。
しかし、生徒たちは綿あめが気になるようでなかなか動いてはくれない。
どうしようか、そう思った矢先。

「そうだ、先生が綿あめ作って!!」

生徒の一人が、名案だというように手を叩いた。

「だって、先生学校の夏祭りの時にわたあめ屋さんしてたじゃない!!」

確かに、夏祭りの時には綿あめを作ってはいたが。

「雨宮さん、それに皆もよく聞いて。人ものを許可無く使ってはいけないの。授業で教えたでしょ」

その気になった生徒たちの顔が、みるみる残念そうな表情になるのは見ていて辛かったが一刻も早く去りたいという気持ちと、教師として生徒を導かねばという気持ちが勝ったのだ。

「あら、綿あめが作れるなら作ってくれていいよ」

そんな声は、彼女の背後から飛んできた。
振り返ってみればにこにことした笑みを浮かべる少女と、姉だろうか守るようにその背後に立つ女性の姿があった。

「あの、それってどういう」

さっきの言葉について聞き返してみると、少女はぐるっと周囲を見渡して笑う。

「ここの祭り、ぜーんぶ私のだから。その綿あめ屋さんも私のなの。でも、作れる人が今いないのよね。ねえ、先生。作れるなら綿あめやさんにならない?」

本当なのかと姉らしき人物を見ると、肯定するように首を振った。
生徒たちのために綿あめをつくれということだろうか?
すこしばかり言葉に違和感を感じながら、そして背後の生徒たちからの期待を込めた視線を一心に浴びながら。

「そんな、悪いですよ」

一度は、否定してみせた。
けれど。

「悪くなんてないわ。ただでってわけじゃないんだし、それに……私綿あめ食べたかったところなの」

背後を押す一言だ。

「せんせー、あの人もいいって言ってるよぉ」

生徒たちの視線もそろそろ痛い。

「分かりました」

頷いて、彼女は勢い良く袖まくりをした。

「先生が皆に、おいしい綿あめを作ってあげましょう!!」

喜ぶ生徒たちを尻目に、ポケットから財布を取り出して振り返る。

「あの、それでいくら払えば……」

振り返った先に、先ほどまでの少女たちはいなかった。

「オダイハ、イラナイヨ」

球体でできた化物が笑みを浮かべて彼女をみおろし。
その前に立つ宮司のような格好の少女が、手にした器具をこちらに向けた。

「うん、だってこれから。わたあめ屋さんになるんだもんね!!」

いいながら、すっと器具を彼女に向けて振る。

光も音もないが、それでも変化は急激だった。
まず、もともとモコモコしてた彼女の髪が膨らむようにボリュームを増す。
色は雲のように真っ白になりほのかに甘い香りを漂わせ始めた。
増えた分の綿あめの髪が両サイドに別れてちた。
綿あめが両手を覆い、それは肩と手に分かれていく。
別れた綿あめが通ったうでは、まるで綿あめを支える割り箸のような形なった。
綿あめはそのまま足まで通りぬけ、くるぶしのあたりでとまる。
まるで雲でできた靴を履いたような格好で、足はやはり割り箸になっていた。
次の変化は、胴体で起きた。
腰回りが急激に大きくなったかと思うと、胴体が大きく開く。
中には何も無い空間が広がり、彼女の胴体は空間を囲むように透明の仕切りになった。
そして、胴体の中で変化が起きる盛り上がり、形が変わり機械的な機関を創り上げていくのだ。
銀色の、ドーナツのような輪っかがついた器具。
それは、綿あめ作り機に他ならない。
彼女は、生きた綿あめ作り機になってしまったのだ。

変化が完了したわたあめ憑き神は、主たるお社憑き神にふわりと一礼する。

「あら素敵、早速一本いただけるかしら」

そして、手を叩いて喜ぶ主に頷いて振り返った。

「せん、せい?」

急な変化に目を丸くする子供たちに、綿あめのようにふんわりと微笑んで。

「ふわふわー」

頭からぽんと、ふわふわの塊を飛ばした。
雨宮と呼ばれた少女の頭にそれはちょこんと乗っかって。
そして急激にその体を覆っていく。
まるで蛹のように。
そして全身をすっぽり覆ってしまったふわふわを、割り箸の手で器用に絡めとると。
中からはちみつのような色をした少女の、雨宮の姿をそのまま固めた像が出てきた。
少女は砂糖の塊になってしまっていたのだ。
そしてわたあめ憑き神は両手でそれを持ち上げると。
バリバリと噛み砕きながら頭から食べてしまった。
すると、透明な彼女の腹の中で動きが起こる。
喉から、砕かれた砂糖がぱらぱらと機械の真ん中に降ってはいった。
わたあめ憑き神はふわふわとした笑みのまま腰をゆっくりと回し始める。
同時に、音を立てて機械が回り始めた。
砕かれた砂糖が溶け、遠心力によって砂糖の糸となって飛び出てくる。
彼女はそれを手で器用に絡めとると、あっという間に大きな綿あめが完成した。
取り出した綿あめに、頭を振って取り出した袋をかぶせる。
袋には、「雨宮わたあめ」と写真付きで書かれていた。

「まあ美味しそう!!」

それを受け取ったお社憑き神は袋をポイと捨てるとふわふわの綿あめにかぶりついた。

「うーん、口の中で蕩ける甘さ。雨宮さんはいい飴になるのねぇ」

堪能するようにほころんだ笑みを浮かべてぺろりとそれを食べきった彼女は。

「ううん、もうひとつ食べたくなっちゃったなぁ」

すでに綿あめ憑き神の手により砂糖像となってしまった生徒たちを見ながら、舌なめずりをするのだった。




おいしいですよね、綿あめ。
口の周りにベタベタつくので食べるのが苦手でしたが。

憑神縁日事変 2

憑神縁日事変 打ち上げ花火


「祭里っ!!」

焦ったような声が響いた。
誰もいない神社の境内では、何も反応するものはないのだが。
それがかえって、彼女の焦りを呼び起こす。

「どうしよう」

震えた声を上げるのは、背の高い活発そうな印象をうける女だった。
その顔立ちはどこか祭里に似ている。
それもそのはず、彼女は祭里の姉であったのだから。
普段病院で祭里に付き添っている彼女だが、今日に限って用事があって付き添ってやれないでいたのだ。
しかし、祭里がいなくなったという話を聞かされて用事もそこそこに彼女を探しに戻ってきた。
病院中探しまわってどこにもその姿を見ることが出来なかったとわかるや、彼女はここだと目星をつけて飛び出してきた。
窓から見下ろせるこの神社を眺めては、お祭りに行きたいとずっとそう言っていたのだ。
おりしも日付はまさに縁日の日、ここ数年は行われていないとはいえ、彼女が訪れるには十分であるように思われた。
それほど広くない境内で、しかも体力のない祭里のことだ。
走り回ればすぐにも見つかるだろうと、高を括っていたのだが。


「いない……」

走れど叫べど、祭里の影すら見つけることができないのだった。

「ここじゃないとなると、どうしよう。もうわからないよ」

ずっと一緒に付き添っていながら、彼女の行きそうな先すら思い当たることのできない自分に歯噛みして。
それでも、何かしようと走りだした矢先だ。
境内と俗世を隔てる鳥居をくぐって外に出ようとしたところで。
彼女の耳を、にぎやかな音楽がかすめていった。
それはまるで、祭ばやしのような。
どこか近くで縁日でもあるのだろうか。
そう思っていた矢先、再び祭ばやしが聞こえてくる。
今度ははっきりと、もっと近くで。

「え?」

太鼓や笛の音。
祭りを盛り上げる音楽。
それが、まるで今この場で祭りが行われているかのように彼女にまとわりついてきたのだ。
ゆっくりと、振り返る。
時刻は夕方、太陽は山の彼方へ沈み、横薙ぎに赤い光線が指す時間帯。
もうそろそろ夜になる。
そうなれば、この明かりの乏しい神社は真っ暗な闇に包まれることだろう。
だというのに。

「うそ……」

振り返った彼女が見たのは、提灯がたくさんぶら下がりほんのりとした明かりが灯った境内の姿だった。
たくさん立ち並んだ出店は、準備中なのだろうか店員も客もいないが、その景色はまさに縁日だ。
いまこの瞬間までそこに居たというのに、こんなものはなかったはず。
狐につままれたような、そんな感覚を得ながらも彼女はそちらに足を向けた。
人っ子ひとりいない縁日。
不思議であり、不気味である。

「祭里?」

なぜだろう、そんなところに妹がいるだなんて思ったのは。

「なぁに?」

小さな問いかけに帰ってきた答えは背後から、思いの外近い距離だ。
驚いて、勢いよく振り返ればニコニコとこちらを見上げる探し人の姿があった。

「ま、祭里?」

「うん、だから。なあに?」

何事もないかのように、いつものような笑顔を向ける彼女に。
怒ろうとして、けれどなにより無事だった安心感で、彼女は祭里を抱きしめた。

「全く、皆心配してたぞ。ほら、帰ろう」

その手を引いていこうとするも、祭里は拒否するように手を払った。

「いや!!だって見てよお姉ちゃん、お祭りだよ!!私のためのお祭り!!」

誰もいない縁日をぐるっと指さして、祭里は叫んだ。

「でも、だれもいないよ。きっと準備中だから、明日またこよう?」

「嘘。お姉ちゃんはずっと前からそういって。今まで一度も一緒に来なかったじゃない。それに、皆これから来るの。増えるの。だって私のためのお祭りなんだもん」

祭里の言葉に、彼女は足を止めた。
確かに、ずっと一緒に祭りに行こうと言ってきた。
それは、まだ一度たりともかなっていなかったのだ。
これからも、来れるかどうかなんてわからない。
目の前にいる祭里は元気そうだけど、それが明日も続くかはわからないのだ。
おそらく、たまたま復活した縁日を祭里は自分の為に行っているのだと勘違いしたのだろう。
準備中のようだが、少しくらい彼女と一緒に回ってあげるのもいいかなと思った。

「仕方ないわね」

彼女は祭里の横に並んで、人のいない縁日の中を歩き始めた。
出店の前を通るたび、祭里はおお、と声を上げて喜ぶ。
お好み焼き、りんご飴、綿菓子、どれもこれも準備は万全といった様子だ。

「うんうん、準備はできてるね。あとは人が来るだけだよ」

覗いてはしきりにうなずく祭里を微笑ましく思いながら、それでも彼女はこの人のいない縁日から不気味さを拭いとることが出来なかった。
もう、ずっとこうして回っているのに、本当に一人足りとも姿を見せないのだ。
今にも営業できそうな準備だけは、整っているというのに。

「祭里、楽しんでるとこ悪いけどさ。やっぱり変だ、この縁日。誰も人がいないなんておかしいよ。帰ろう?」

その言葉に、祭里は足を止めた。
やはり、聞かないか。
こうなったら抱き上げて強引にでも連れて帰る。
そう思った時だ。

「あたりまえだよ」

さも当然であるように、祭里が首をかしげながら言ったのは。

「だってさ、まだ始まってないもん。お祭り」

「いや、そういうのじゃなくて。おかしいんだよ、祭里は始めてだからわからないかもしれないけど、普通は準備中でも人がいるものなんだ」

「だから、始まってないんだって。だってさ、花火。なってないでしょ。ドンドンって」

何を、言い出すのだろうか。
何かがかみ合っていない違和感。
そして、なぜ祭里は笑っているのだろう。

「だから誰も来ないの。始まりの合図がないと、誰も気づかないよ」

向い合って離す祭里は、どこかおかしい。
彼女の体を、舐るように見回して。

「うん、やっぱり花火担当はお姉ちゃんにしよう。だって、お姉ちゃん花火大好きだもんね。名前だって、花火って名前なんだし」

花火、確かにそれは彼女の名前。
祭り好きの母が名付けた。

「さあ、花火お姉ちゃん」

果たしていつの間にやら、対面する祭里はその格好を変えていた。
宮司がするような格好をしていて手にはお祓いに使う器具を持っている。
その割には、色が黒いが。
祭里はそれを、花火に向けた。

「打ち上げ花火になぁれ」

光もなく音もない。
しかし変化は劇的だった。
まずは、肉付きのいい下半身が溶けるように形を変えて一本になり円筒形を形作った。
スタイルのいい上半身は極端にくびれと膨らみを繰り返し球体が連なったような体を創り上げる。
顔はそのまま、けれど頭の上に角のような円筒が生え、そこからも球体がぶら下がる。
両の手のひらもそれぞれ下半身のように姿を変えて、円筒形の姿になった。
彼女の体を形作る球体は、それぞれが打ち上げ花火で紙に包まれている。
彼女は生きた打ち上げ花火になったのだ。

「うん、よく似合うよ。花火憑き神」

祭里の言葉に、花火憑き神は会釈した。
もはや姉としての意識はなく、お社憑き神と化した祭里の部下としての意識だけが残っている。

「さあ、早速打ち上げて。ちゃんと素材も用意してあるから!!」

いつの間にか、祭里の足元に両手を後ろ手に縛られたナースが倒れていた。

「私を探しに来たの。でも、もういいよね」

頷いて、花火憑き神はナースに手を伸ばした。
猿轡をかまされて言葉がでない彼女の体を両手を器用に使って丸めていく。
人体では絶対にありえないような不自然な曲がり方を繰り返し、人間を強引に丸めたら出来上がるような歪な球体が出来上がった。
球体の表面に浮かぶナースの顔は困惑と恐怖に満ちている。
花火憑き神はそれに意も返さず両手で持ち上げると、大きく口を開けてそれを人のみにしてしまった。
口の大きさは絶対的に合っていないのに、物理というものを無視する動きだ。
口いっぱいに頬張って、ゴクリと飲み干す。
次の瞬間、彼女のからだが少し伸びた。
彼女の体を形作る花火がひとつ増えたのだ。
胸部に存在する新たな花火には、ナースの顔が浮かび上がりその横にはでかでかとナース30号と書かれている。

「すごい!!」

その様子に祭里は驚き、嬉しがった。

「はやく、はやく!!」

ねだる彼女に微笑んで、花火憑き神は右手を天高く伸ばす。
そして、ナース30号が彼女の体から消えたと同時右手から甲高い音を立てて天高く光が登っていった。
次の瞬間、それは大きく花開く。
音を響かせ、光を散らす。
降り注ぐ光は、まるでナース服のように清浄な白だ。

「わぁい!!お祭りの始まり!!皆ー、早く来てねぇ!!」

ひかりのシャワーの中で、祭里が一人はしゃいでいる。
かくして、たった一人のための縁日が始まったのだ。






というわけで第二話。
こいつの存在があったからこのネタを思いつたといっても過言ではない花火憑き神です。
飲み込んだ人を花火にして打ち上げるっていうのが能力。

憑神縁日事変

憑神縁日事変 事の始まり


古い神社がある。
ずっと昔からその地に立っていた由緒正しい神社だ。
まあ、それほど大きい規模なわけではないが、長年地域の人々から親しまれてきた神社だ。
夏になれば小さいながらもにぎやかな縁日が開かれ、子連れの親や近辺の若者が集まってきたものだった。
それも、もう昔の話になるのだが。
人口減少の影響か、若者の地域離れによるものか、いつしか人が集まらなくなった神社は縁日を行うこともなくなり、忘れ去られたように寂れたままそこにあるだけだった。

休日だというのに人っ子ひとり見当たらない境内。
そろそろ夏だとうこともあって、生い茂る木ではセミたちが求愛の歌を口ずさんでいる。
それほど広くない境内が広々と思えるほど、人の気配が感じられない空間だった。
青々とした木々が影を作る参道は、近頃は人が通ったこともないのではないかと思われるほどで、落ちた木の葉などがそのまま散らばっている。
そんな砂利道に、真新しい足跡が幾つか。
引きずるような、どことなく元気のない形跡の足あとを残しながら一人の少女がゆっくりと参道を登ってきていたのだった。

「あつ……夏だもんね」

誰ともなく呟いて、少女はようやくたどり着いた大きな鳥居にその小さな背中を預けた。
たいして急な角度を持っているわけでも、長い距離を持っているわけでもない参道だが、彼女の体は限界を訴えるように滝の汗を流す。
すこしばかり青ざめた顔で、彼女は何も無い、寂れた境内を見渡す。
一度、二度、三度。
何度も、何も無い空間から何かを見つけ出そうとするように、彼女は視線を往復させた。
そして、深い溜息をひとつ。

「はは、やっぱり、か」

その声色は、多分に悲しみを含んでいるようだった。
溜息をつくと共に、彼女の体を支える何かも抜け落ちてしまったようで、彼女は力なくその場に腰をおろした。

「今日だったはずなのになぁ」

ごそごそとポケットから取り出した携帯電話、スケジュールを開いてみれば今日を示す日付に赤い丸がつけてある。
その画面と境内とを交互に見渡して、彼女はもう一度大きなため息をついた。
それから彼女は力なく立ち上がり、軽く咳き込んでからふらふらと風に吹かれるように危なげな足取りで正面にある本殿を目指す。

数度何も無いところで転びそうになりながら、彼女はどうにか本殿にたどり着いた。
だれもいないことを確認してから、全身を投げ出すように本殿前の階段に腰を下ろす。

「はぁ、はぁ……やっぱ、しんどい」

荒く不規則な呼吸は、彼女の体が本当に休息を求めていることを教えていた。
そんなことは、誰に言われるでもなく彼女自身が一番理解しているのだが。

「ごほっ……」

連続する咳は疲れによるものではなく、もっと危なげな気配を伝える。
口に当てたてを離してみれば、白い肌に微かに赤い飛沫が見て取れた。

「神様」

それを見て、彼女は全身の力を抜いて階段にしなだれかかる。
もう、体を起こす力すら残っていないかのように。

「見える?あそこ」

誰もいないにもかかわらず、腕を高く上げてとある方向を指差す。
鎮守の森の高い木々の間から見て取れるのは、近くに立つ総合病院だ。

「私さ、ずっとあそこにいたんだ」

少し言葉を紡ぐたびに痛みを伴う咳を出しながら、彼女は言葉を紡いだ。

「あそこから、ずっとここを見てたの。そしてさ、にぎやかなお祭りの音を聞いてた。沢山の人がいて、明るくて、いい匂いは私の病室まで漂ってきてたよ。治ったら、絶対にそのお祭りに参加するんだって。決めてた」

言葉を区切ったのは、体を折るほどの大きな咳だ。
血が塊のようになって口を抑える彼女の手にこびりつく。
口の端から赤い涙を流して続ける彼女の声は、もはや霞んでいるようにすら聞こえた。

「でもさ、もうだめなんだって……私、死ぬんだってさ」

それ以降は、かすれ嗚咽混じりの慟哭となった。
しっかりと聞きとることもできない叫び声と、涙を流して。

「だから、だから最後にお祭りに来ようって!!一度だけでも楽しもうって、そう思ったのに!!なのに!!お祭りなんて、どこにもないじゃない!!今日この日にやってたじゃない!!なんで!!なんで私が死ぬってわかったらお祭りなくなるの!?ねえ!!出店は!?花火は!?お客さんは!?どこ!!どこにあるのよ!!」

もはや、言葉にもなっていない感情をぶちまけて。
それから彼女は突然、電池が切れたように口を閉ざした。
呼吸を落ち着けるように、深呼吸を繰り返し。

「ごめんね神様。うるさくしちゃって……でも、悔しくてさ。私の名前、祭里っていうの。お母さんがつけてくれたんだ。お祭りみたいににぎやかな子になるようにって。でもさ、一蓋も言ったことないんだよ、私……なんか、眠くなってきちゃったな。大声出して、疲れちゃったみたい……すこし、ここで眠ってもいいかな」

足を抱くように体を丸めた祭里は、どんどん小さくなる声で言った。

「神様神様。私をお祭りに連れて行ってください。大きくて、賑やかで、ずっと続く。楽しいお祭に」

願いを込めて零したその言葉を最後に、彼女は何も言わなくなった。



灼熱の太陽が照りつける夏の日のこと。
古い神社の片隅で、少女が身を小さく丸めていた。
だからなんだというのだろう。
寝ていようが、そうでなかろうが地球は回るし時間は進む。
世界も自然も広大で、世の中には波紋ほどの変化も起きはしない。
筈だ。
そうであるはずだし、そうであって当然だ。
世界には理があって、だからこそ世界は存在している。

しかし風が吹いた。
何の変哲もない一陣の風。
木々の間を駆け抜け、葉を揺らす。
盛んに自らの位置を告げるセミたちが畏れたように歌を止めた。
風が止めば、音が消えた世界が訪れる。
まるで世間から切り取られてしまったかのように神聖に満ちた静寂が。
そして、風もなく音もなく本殿の扉が開いた。
神を祀る扉が。
音もなく開いた扉は、風もなく閉まった。
次の瞬間、止まっていたビデオを再生するようにセミたちから、世間から音の洪水があふれ満ちた。
何も変わらない理の中、地球は周り自然は揺らぐ。
ただ、世界には波紋ほどの変化も起こさないだろう小さな変化があった。
古い神社の片隅で身を丸めていた少女が、忽然と姿を消していたのだ。
はじめからそこに誰もいなかったのではないかと思えるほど、突然に忽然と。

世界は理で満ちている。
物は落ちるし、人は死ぬ。
太陽は回るし、月は日毎に形を変える。
そうであって当然だ。
そうでなければならない。
けれど、そうでない何かというのも確実に存在していた。
理で図ることのできない何かを、かつて人は神と呼んだのだ。
小さな古い神社の片隅に、かつて神と呼ばれた何かが居た。
ただそれだけのこと。
少女の小さな願いを叶えた、ただそれだけのことなのだ。

「あは、あはははははは。お祭り、お祭りだよ!!楽しい楽しいお祭!!いっぱいいっぱい出店を出して、いっぱいいっぱい花火を上げて、いっぱいいっぱいお客さんに来てもらって。食べて遊んで見て笑って、私が楽しむ!!私の、お祭りだよ!!」





夏と言えば縁日ですね。
憑神というのは彗嵐さんのところの概念です。
素敵な企画だったので書かせてもらいました。
これからたくさん事件が起きるはずです。

プロフィール

ヤドカリ

Author:ヤドカリ
基本的に要らんことをつらつらと書いてます
エロとか変脳とか悪堕ちとか

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