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憑神縁日事変 7

憑神縁日事変 鉄板焼き


鉄板焼き、熱く焼けた鉄板の上で食べ物を焼くという料理だ。
単純見えて、しかし単純であるがゆえにごまかしの効かないその料理には、他の料理にはない独特の奥深さがある。
それに一生を捧げようという者も後を絶たない。
そして、何かに魂を賭けようというのに、男も女も関係ない。
美食倶楽部、鉄板会。
そこは、鉄板焼きを極めようとする者たちが集う虎の穴。
世界から隔絶された、いわばそれを極めるためだけに存在する空間。
その中では、道を究めんとするものが男も女も関係なくお互いを高めあって競争している。
一度中に入れば、出るときには挫折か栄光の二択しか与えられないその世界の扉が、開いた。

「ありがとうございました!!」

大きな声で挨拶をして出てきたのは、3人の女たち。
彼女たちはかつてこの道を究めんと欲し、ここにはいった者たちだ。
見送りに出てきた人物に、彼女たちは深々と頭を下げる。
あまりに眩しい逆光でその人物の姿を見ることはできないが、彼女たちはその人物に最大の敬意を払っているように見えた。

「ありがとうございます、鉄板王。ここまでお見送りいただいて」

その人物の名は鉄板王、世界でこの未知を求めるものに知らぬものはいないという鉄板焼き会の頂点に立つ者。
影はその言葉に頷いて、彼女たちに一枚の紙を渡した。
恭しくそれを受け取る彼女たち。
その目には、涙すら浮かんでいるように見えた。

「これが、免許皆伝の証……」

世界に2つとない、認められた証。
そう、彼女たちは本日見事に鉄板会を卒業することができたのだ。
まだ若い彼女たちの年頃で鉄板会を卒業できるのは非常に稀なこと。
彼女たちは世界に2つとない才能の持ち主だったのだ。
感動する彼女たちの前で、長年世界を隔ててきた厚い鉄板の扉がゆっくりとしまった。



「これからどうしようか」

そう言ったのは、此宮京子、彼女たちの中でもお好み焼きを焼かせたら右にでるもののない手練だ。

「んー。考えてないなぁ、キッコちゃんは?」

そう言って話を流したのは八木爽真、名前の割にはおっとりとした雰囲気持った女性で専門は焼きそばだ。

「私は、世界を放浪しようかな」

最後に、拳を握り、それを眺めながら答えたのは鉄半谷貴久子、彼女たちの中で最も鉄板焼きに精通しており得意分野こそないが彼女の作る鉄板焼きは奇跡の味を作り出す。
彼女の言葉を聞いた二人は頷き合って、彼女の両手をとった。

「仕方ないなぁ」

「私たちもついていくよ」

頼もしい仲間たちのその言葉に、貴久子は頷いた。

「君たちが来てくれるなら百人力だ。さあ、私たちの力を試そう。そして、世界に伝説を生み出すんだ!!」

熱く燃える瞳で遠くを見据えて、彼女たちは歩き出す。
その一歩は、まさに輝かしい栄光への一歩に他ならないのだ。
伝説が、今日から始まろうとしていた。



行く宛もない旅である。
西へうまい鉄板焼きの噂を聞けばそちらへ走り。
東に鉄板の技術を聞けば訪ね。
全ては技術を磨き、そして一人前の鉄板焼きを作り上げるためのため。
そのたびの第一歩、どこへ行こうかと迷っていたその時だ。
どーん、と大きな音が聞こえた。
見あげれば夜空に咲く光の大輪。
色とりどりの花が大きく咲いては散っていた。

「祭りか」

貴久子がつぶやく。

「普通のお祭りっていうのも、大分いっていないね」

鉄板会で修行している間、外の出来事に触れる機会はなかった。

「ちょうどいいかもしれない」

まずは、世間の鉄板焼きの実力いかなものであるかを試す小手調べ。
そのはじめの相手としては、ちょうどいいと、彼女は思った。
二人は、その思いをすぐにも汲み取って。

「よし、それじゃ早速いこう」

花火に釣られるように、そちらへ足を向けたのだった。



「結構賑わっているね」

最初の感想はそれだった。
訪れた縁日は、小さい神社で行われてるわにはかなり大規模なものだったのだ。
お客さんたちも多く行き来していて、これなら期待が持てるというものだ。

「きっこちゃん、貸浴衣だって!!」

入口近くにあるテントを指さして爽真がはしゃぐが。

「ダメだぞ爽真。私たちはこれから戦いに行くんだ。私たちの、この鉄板会の制服で戦わないでどうするっていうのさ」

厳しい口調の貴久子の言葉に戒められて諦めた。
ちっ、釣れなかったさね。
なんて言葉が聞こえた気がするが気にしない。
三人揃った格好で縁日の中を練り歩き、目指すのは鉄板焼きの屋台だ。
それ以外には目もくれない。
そしてたどり着いた鉄板焼きの屋台。
店の前に下がっているのはやきそば、お好み焼き等々の値段と名前。
いささか値段が高い気がするが、縁日気分で買うのであれば問題ないだろう。
しかし、問題はそこではなかった。

「ば、馬鹿なっ!!」

3人は目の前に広がるありえない事態に目を丸くして声を上げる。
こんな事があっていいのか、許されていいのか。

「縁日において、店が開いていないだなんて!!」

そう、その店には店員がいなかったのだ。
周囲を見回してみてもそれらしき人物はいない。

「準備も、こんなにしっかりできているというのに!!」

店を覗いてみれば、準備は完全に整っているのだ。
材料も、その他の設備も。
いっそ一流と言っていいほどに揃っている。
なのに、なぜ。

「許せない……」

眼の前で行われた非道に、黙っていられる鉄板会卒業生ではない。

「たくさんのお客さんたちが、私たちの鉄板焼きを待っているんだ。やるぞ!!二人とも!!」

居ても立ってもいられなくなった3人は鉄板会特性エプロンを装備すると、颯爽と店に入った。

「設備のチェックを」

促して、鉄板に火を入れる。
きれいに整備されている鉄板、火は素直について、鉄板の全土に熱を伝え始めた。

「準備は万全だよ、貴久子」

「すごい、製麺機まで揃ってる!!」

二人の報告に頷いて。

「よし、それじゃあはじめよう!!」

店の前に並ぶライトに、電源を入れた。

「さあさあ、おいしい美味しい鉄板焼だよ!!」

カンカンとヘラを叩いて注目を集める。
デモンストレーションにまずは一つ二つと焼き上げてみると、周囲に食欲をそそる香ばしい香りが広がった。
それに釣られるように、お客さんたちが次々に群がってくる。

「並んで並んで。いっぱいあるからね!!」

じゃまにならないように横向きに並べると、注文を受け取りながら焼きあげていくことにしたのだった。
人々はそれを口にするたび、天上の果実を頬張ったような表情を見せ声を上げる。

「おいしい!!」

それは、彼女たちが鉄板会で築き上げた技術の集大成なのだ。

「ふふ、やっぱりおいしいって言ってもらえると嬉しいねぇ。次、豚玉1つ!!」

「そうそう、私たちこの言葉を聞くために修行してきたんだものね」

「さあ、ガンガン作るよ!!」

京子が素早くお好み焼きのタネを作る。
爽真はなくなった焼きそば麺を練り上げ。
そして貴久子が美味しく焼きあげる。
流れるようなコンビネーションに、店は大いに盛り上がった。



「ん、なんか盛り上がってるね」

ラムネ憑き神からもらったラムネを飲み干しながら、祭里は声の上がった方を向いた。

「あっちは、今日呼んだ鉄板焼き屋さんがいるけど……なんかしてるのかな」

彼女の背後で双子の少女を抱き抱えた花火がそう言った。
顔もそっくりな双子の少女は、嬉しそうにそろって花火を見上げている。

「いってみる?」

花火の言葉に、祭里は頷いた。
飲み干したラムネのビンをラムネ憑き神に返す。

「もちろん」

花火は双子を器用に練り合わせるように球体に変えると、人のみにしてしまう。

「せっかく呼んだんだしね」

そして、二人はそちらに向かって歩き出した。



両手に持ったヘラを自在に操り、麺を踊らせお好み焼きをひっくり返す。
横の鉄板ではクレープだって作れるが、今はそれを求める客はいない。
銀光が翻る。
銀色のヘラはもはや彼女の体の一部だ。
指を曲げるように、腕を曲げるように自由自在に動くヘラは鉄板の上にあるすべてを見逃さない。
彼女は、鉄板のすべてを理解している。
温度、厚さ。
もちろん、その上で焼かれている物の状態までも。
彼女はそれを完璧に理解しているのだ。
熱くたぎる鉄板は彼女に熱を伝える。
しかし暑いとは思わない、なぜなら鉄板もまた、もはや彼女の体の一部なのだ。
素早くヘラを踊らせ、瞬時にソースをふりかける。
じゅっと音がして、香ばしいソースの焦げる匂いが広がった。
ささっと混ぜあわせてなじませれば、美味しい焼きそばが出来上がる。
素早くパッケージに盛りつけるのは、爽真の役目だ。
適量の青のりと紅しょうが。
梱包までのその速さは芸術的ですらある。

「さすがっ」

二人は言う。
けれど彼女は、己をまだまだ未熟だと感じる。
ヘラはまだ、彼女の体の延長であって一部ではないし。
鉄板の様子も、彼女はまだまだ知らないことが多い。
もっと、もっと。
高みに。
彼女は願い、思い、ヘラを振るう。
きっとこの思いは、私たち三人が持っているのだ。
現状に満足せず、より上を目指そうとする、その思いを。

「それは、楽しみだなぁ」

ふと、熱と蒸気に溢れ、怒号の飛び交う戦場に、少女の声が聞こえた。
思わず、鉄板から視線を離し、顔を上げる。
正面に、少女が立っていた。
イつからだろう。
並んでいたほかの客たちは、彼女に道を譲るように周囲に散っている。
宮司のような格好をした少女は、彼女に、彼女たちに器具を向けていた。

「お嬢ちゃん、何がいいの?」

爽真が訪ねた。
少女は応えず、それを振るった。

光も音もない、けれど変化は劇的だ。
貴久子の両手が、持っていたヘラと一体化した。
かと思えば彼女の体が溶けるように変化し、周囲にある鉄板と一体になる。
まるで大型の鉄板の真ん中からその上半身が生えているような格好になった。
たくさん置かれていた機器、設備は鉄板の下に格納され彼女の下半身が溶けるように姿を変えてそれらとつながっていく。
背中にはソースなどを載せた籠ができ、肩からは触手のようにお玉やホース、ボールなどが伸びた。
そう、彼女は鉄板焼き憑き神になってしまったのだ。

鉄板焼き憑神はヘラを大きく鳴らすと、鉄板を赤熱化させた。
そして手を伸ばして、両隣にいた仲間二人を手にかける。
お社憑き神の術により体が変化し始めていた二人を増えた触手を使って交互に加工していくのだ。
まずは京子。
体がとろけはじめていた彼女を、お好み焼きのタネを入れるボールに放り込む。
形が崩れ始めていた彼女の体はその衝撃でいともたやすく崩れた。
そこに野菜や肉、揚げ玉などをパパっと放り込んでさっとかき混ぜるとそのまま赤く焼けた鉄板の上に広げる。
それが焼きあがるのを待ちながら、爽真のからだを加工する。
爽真の体は、まるで練り上げた小麦粉のように弾性を持ち始めていた。
彼女はそれを器用に両手のヘラで練りあげると、適当な大きさに丸めてひとのみにする。
軽く頬を染めながら、彼女の下半身に融合した製麺機が動き出した。
音をたててそこから押し出されてくる麺は、先ほど飲み込んだ爽真だったもの。
それをお玉で器用に受け取ると、鉄板の上に広げる。
両方から香ばしい匂いと音が広がった。
二箇所での料理を、鉄板焼き憑神はきように行っていく。
麺をほぐし、野菜を絡ませる。
焼けすぎないようにお好み焼きの面倒を見る。
体の一部となった鉄板は、正確無比な情報彼女に伝えてくれるのだ。
もはや彼女に、隙はない。
両者にソースをかけると、2つの料理が完成した。
美味しそうな2つな料理はしかし、誰の口に入ることもなく急激にその質量を増加させる。
お好み焼きが急激に盛り上がり人の上半身の形をとったかと思えば、今日子の面影のある顔が出現した。
そう、彼女はお好み焼き憑き神になったのだ。
焼きそばが絡まり合って柱のようになった、それは歪な人の形を描くと爽真の面影のある顔が現れる。
そう、彼女は焼きそば憑き神になってしまったのだ。
二人の両手はヘラになっており、彼女たちはそれをかき鳴らした。
広い鉄板という部隊で踊るようにしながら、三人はお社憑き神に一礼する。

「そうね、注文はチコ玉とゆうき焼きそばにしようかしら」

「チコ玉一丁!!」

「ゆうき焼きそば入りまーす」

頷いた三人は、動き出した。
まずはお好み焼き憑き神、周囲にいたチコという名前の少女に手を伸ばして捕まえると、そのままボールに放り込む。
ボールの中でお好み焼きのタネに姿を変えた彼女を芸術的な技術で軽くかき回すと、鉄板焼き憑神の上に広げた。
焼きそば憑き神もまた、その手を伸ばしてチコの母ゆうきを捕まえる。
グイッと引っ張ってゆうきを自らの身体で抱きかかえるようにすると、彼女の体に埋まるようにしながら勇気は徐々に体を固まらせていく。
小麦粉の塊に変わってしまった勇気を叩いて伸ばして折り曲げて、芸術的な技術でもって美味しい麺に加工すると、それをポーンと放り投げる。
その先待っていたのは、口を大きく広げた鉄板焼き憑神だ。
彼女の体を通って製麺機が作動し、ゆうきの塊はゆうき麺に姿を変えた。
それを素早く受け取って、鉄板焼き憑神の上に広げる。
あっという間の華麗なコンビネーションに目を丸くするお社憑き神の前で鉄板焼き憑神の両手が翻り、銀線が夜を駆けた。
ソースが跳ねる、麺が、お好み焼きが翻る。
それはさながら、鉄板の上で繰り広げられる演舞のようにさえ見えた。

「オマチドウサマ」

出来上がった料理2つを口にしたお社憑き神は、驚嘆の声を上げる。

「おいしい!!」

そうして、最高の体と素材を手に入れた彼女たちの伝説がここで幕を開けようとしていた。




なんで屋台の焼きそばってあんなに美味しいんでしょうね。
火力の差でしょうか。
鉄板焼き憑き神はわりと難産でした、ギミックがいまいちです。
なんか思いついたら改良したいなぁ。

憑神縁日事変 6

憑神縁日事変 飴屋


「いいお祭りだねー」

「ふふ、そう思ってくれたなら良かった」

褒められて悪い気はしない、花火は笑顔を見せた。

「なんていうのかな、安心できるっていうか。ほっとするっていうか」

花火と話をしているのは、かつて花火と同級生だった娘たち二人だ。
彼女たちは、どちらも可愛らしい浴衣に身を包んで祭りを満喫しているように見える。

「なんか、久しぶりにお祭り来たなー。最近は勉強ばっかりだったし」

そう言って、んー、と大きく背伸びをすると。

「今日は、目一杯楽しもう」

といってあたりを見回した。

「そうしていくといいんじゃないかな」

そんな友人の様子に微笑んで、花火は頷く。
限界まで伸びをした彼女は、ふと思い出したように周囲を見回した。

「あれ、アキとミーちゃんは?」

そういえば、もっとたくさんできたような。
そう思った彼女は、傍らにいるもう一人にそう尋ねた。

「もう、忘れちゃったの。アキは綿あめ、ミーちゃんはフランクフルトになったんじゃない」

その言葉に、ポンと手を叩いて。

「そうだったそうだった。ミーちゃん意外と肉が詰まってて美味しかったねぇ」

「そうだね。アキも甘くて美味しかったよ」

思い出して笑みを浮かべる二人に花火は。

「うー、そんな話聞いてたらお腹すいてくるじゃん」

そういって腹のあたりに手を当てるのだった。

「あはは、ごめんごめん。なにか食べに行く?」

「んー、いや。ここで済ませるからいいよ」

友人の提案を断った花火は、二人のうちの一人に手をかけた。
両手で軽く押すような動きをすると、相手の体がぐにゃりと曲がる。

「ん、そういえば最近見なかったけどどうしてたの」

そのあまりにも異常と言ってもいい光景にもかかわらず、その娘は何事もないかのように花火に尋ねた。
花火は彼女を休憩に加工しながら答える。

「妹とね、お祭り作ってたんだ」

「そっかー。それなら仕方ないねー、学校にはいつもどるの?」

歪な球体となった娘が話すとは、なんともシュールな光景ではあるが、花火も同級生もそれに違和感を覚えることなどない。

「戻らないかな。ずっと妹と一緒にいるよ」

「さっすが、妹思いだね」

「もちろん」

彼女のその言葉に頷いて、花火はその娘をひとのみにしたのだった。
そんな光景を目の当たりにしながらも、もう一人の娘は驚きもせずに話を続ける。

「そうそう、そういえば最近雨宮さんがおかしいのよねー」

「雨宮さんが?どうしたんだろ」

「んー、なんかね。最近ずっと、なにか忘れている気がするって言ってるの」

「へぇ、あの成績優秀な雨宮さんの忘れ物か、なんだろうね」

「すっごい深刻そうだったよ。今日一緒に来てるから、聞いてみたらいいんじゃない?」

その言葉に頷いて。

「そうする。きっと探しもの見つけてあげれると思うし。ところで」

花火はお腹をさすって友人を指さした。

「まだお腹空いてるんだけど、食べていい?」

「んー、私?仕方ないなぁ、私もお腹いっぱいになってるしねー。でも食べ過ぎると太るよ?」

「その時には打ち上げるからいいのよ」

お互いに笑って、花火は友人に手を伸ばしたのだった。



雨宮みずきが、その違和感に気がついたのはつい最近だった。
ふと、家族で撮った写真を眺めていた時のことだ。
そこにははにかんだ彼女と両親が写っている。
それは、いいのだ。
彼女は思う、この写真の私が大事そうに抱いている少女は誰だろう。
妹なんていないはずなのに。
家族の誰に見せても、その少女の存在に気がつかないかのような反応を見せる。
彼女は、参っていた。
それは、それに気づいたあたりから感じ始めた違和感だ。

「何かを、忘れている気がする」

それが何であるのかはわからない。
けれど、ふと思いついたその考えがずっと彼女の頭から離れないのだ。
それが、決して忘れてはならない大事なものであったかのようなそんな印象。

「受験生だものね、疲れているのよ」

先生に相談しても、そんなふうに一蹴されるだけで終わってしまう。
ちがう、ちがうのだ。
違和感は確かに存在し、現実という機械に確かな齟齬を生んでいる。
誰もそれに気がつかない。
彼女自身でさえ、それが何であるかは理解していないのだ。
思春期にありがちな誇大妄想、受験勉強疲れ、妄想、虚言。
大人たちは、他人は、そういって切り捨てる。
そうして誰にも相談できないまま日々を送っていた彼女はある日の帰り道、彼女は花火を聞いたのだ。
パンパンと、空で花開く花火の音を。
そして、何故だろう。
それに呼ばれていると思ったのは。
周囲を見てみると、そこにいる誰もがそう思ったようで。

「祭りか、久し振りに行ってみようか」

誰ともなくそういって、そこに居た全員がそちらへと足を向けたのだった。

「へえ、こんなところに神社があったんだ」

何度も行き来した道であるはずなのに、その神社の存在を初めて知った。
明るく輝く出店の列、規模の大きな縁日だ。
賑やかなその様子に、彼女たちは目を丸くする。
祭り囃子が耳をかすめ、出店の匂いが鼻をくすぐった。

「や、久しぶり」

そして、思いがけない再会。

「花火!!」

たった今思い出したが、最近姿を見かけなかった日比野花火がそこに居たのだ。
彼女は、あまり親しいわけではないのだが。
親しかった友人たちはすぐにも彼女を取り囲んだ。

「ふふ、言いたいことはいろいろあるけどね、せっかくお祭りに来てくれたんだ。楽しんでいっていよ。そうそう、そこのテントで貸浴衣してるんだ。只だから、皆着替えておいでよ」

なぜか、誰もそれに異を唱えない。
めんどくさいということも、思うこともなく、誰もがそれに従うようにテントへと入っていく。

「これはこれは、団体さんさね」

中にいた女性は、同性ながら顔を赤らめてしまうほどに美しい女声だった。

「待ってな、今浴衣を見繕ってあげるさ」

その声には力が宿っているようで、彼女たちは黙って頷いた。
女性は彼女たちをじっと、舐め回すように見てその内の二人を指さした。

「決めた。あんたらが良さそうさね。こっちにおいで」

怪しく手招きされて、それに誘われるように二人はふらふらとそちらによっていく。
そして女性は、その二人の眉間に針を、何事もないかのように刺したのだ。
次の瞬間、まるで風船から空気が抜けるように二人は厚みを失って、そのまま地面にへちゃりと落ちた。
女性はそうなった二人を纏めて、くるくると巻きずしのように巻いていく。
そして、それを一口で飲み込んだのだ。

「ほうら、生地ができるさ」

女性の腰のあたりに付いているロールがカラカラと回りだし莫大な量の布を吐き出した。
その布は今まで見たこともないような不思議な色合いで温もりと、どこかで見たような印象を彼女たちに与えたのだが。
それが何であるかをついに彼女たちが思い出すことはなかった。

「すぐにできるさね」

右手の大きなハサミで布をチョキチョキと切り取ると、左手の針ですぐさま縫いあげていく。
そして、一瞬の内に彼女たち全員分の浴衣が完成したのだった。
着付けまで一瞬で済ますという徹底ぶりで、彼女たちはあっという間に夏祭り装備に身を包んでテントを出てきた。
そこでは、花火が待っていた。

「まあまあ、こんなところで話すのも何だし。お祭り回りながら奥に行こう」

一緒にいたうちの何人かは、彼女についていってしまう。
花火とそれほど親しくない者たちも、おのおの縁日を回り始めた。
彼女も、頭の隅から消えない違和感に首をかしげながら縁日を回ることにした。
回っていて、なんとなく不思議に思ったのは出店に空きがあるということだ
たくさんのデ店がならんでいるのに、店員が入っていない店も見受けられたのだ。
彼女がふと足を止めたその出店も、店員がいなかった。

「飴かぁ」

飴屋、出店にはそう書いてある。
りんご飴などの果実飴、いわゆる飴玉といわれる大玉、それに飴細工のための練りあめ。
それぞれのポップがつているのに、店員も商品自体もない。

「売ってたら、食べたかったかな」

そういえば自分は、こういうのが好きだったなぁとしみじみ思い出しながらつぶやく。
最近はめっきり、食べていなかったが。
そんなことを思っていると、足元に何かがよってきていることに気がついた。

「ふわふわー」

それはふわふわとした白い物体で、ぴょんぴょんと跳ね回っていた。
この縁日でたまに見かける小さい、妖精のような何かの一体だろうと思いそいつを抱き上げる。

「お前は一体なんなんだ?綿あめ?」

最近の綿あめは歩くのか知らなかった。
一人で納得して頷くみずきに、そのふわふわした奴は懐いたように頬をすり寄せる。
甘い香りが鼻をついた。
どうやらやっぱり綿あめで合ったようだ。
自分の予想があたったことになんとなく満足して、そして無意識のうちに言葉を吐き出していた。

「そういえば、あの子も綿あめ好きだったなぁ」

そして、言葉にしてからハッと思う。

「あの子って、だれ?」

自分は今、一体誰のことを思い浮かべた?
思い出の中で浮かび上がったのは、今と同じような縁日。
彼女は、誰かの手を引いていた。
『おねぇちゃん』
親しげにそう言ってついてくる、その姿は……

「りん、ご?」

ふと、そんな名前が頭をよぎる。
口に出してみれば思うよりもずっと馴染んで、そしてそこから滝のように記憶が蘇ってきた。
りんご、そうりんごだ。
雨宮りんご、彼女の大事な、大切な妹。
それがいなくなったということに、なぜ気がついていなかったのだろう。
なぜ誰もそれを思い出しもしなかったのだろう。
そう思うと悔しくて、そしていないという現実がようやく襲ってきた。
そして、まるで自分だけが別の世界にキてしまったかのような孤独感も襲ってきて。
涙がこみ上げてきた。
人の行き交う縁日の中で座り込んで、ポロポロと涙をこぼす。
しかし人々はそれを気にしないどころか、目にもとめようとしないのだ。

「ふわふわー」

そんな中でただ綿あめの妖精だけが、彼女を慰めるように甘い香りのする体をこすりつけていた。

「ありがとう」

まるで世界から隔絶されたようなそんな孤独の中で、ただひとり自分を理解できるものに出会ったかのような言いようのないうれしさに、彼女は思わず妖精を抱きしめていた。
果たして、それで奇跡が起こったとでもいうのか。
抱きしめられた妖精は、どこか呆然と彼女の顔を見上げ。

「おねぇちゃん?」

と、つぶやいたのだった。
頼りなさげで、どこか独特なそのイントネーションは間違いなく。

「りんご……りんご!!」

彼女の妹であった。



パンパン、とどこか乾いた拍手の音が彼女の耳に届いた。
振り返ってみれば、少女がひとり立っている。

「お姉さんすごいね。気づいたのは初めてだよ。私もまだ修行が足りないなー」

何を言っているかは、わからない。
けれどなんとなく、その少女がこの状態を創りだした犯人で有ろうことは想像できた。
無意識の内に、腕の内のふわふわとした妹をぎゅっと抱きしめる。
そんな彼女に微笑んで、少女はどこからかお祓い棒のような器具を取り出した。
気づけばその格好も、まるで宮司のような格好に変わっている。

「頑張るお姉さんは好きなのです。だから、ご褒美なんていかがでしょう」

彼女に向けて器具を振るうと、腕のうちで変化が起きた。
まるで重さなんてなかったかのような状態だった妹が、急に大きさとその重さを取り戻していったのだ。
驚く彼女の見る前で、妹はドンドンと人の姿を取り戻していき。
そしてついには。

「おねぇちゃん!!」

彼女の記憶にある通りの姿になったのだ。

「りんごぉっ!!」

抱きしめた。
ぎゅっと、力強く。

「もう放さないから!!」

そう、この手を二度と離すもんか。
大事な大事な妹だ、ずっとずっと守ってみせる。
それに答えるように、りんごも彼女の体をぎゅっと掴み返してきた。

「うんうん、よきかなよきかな」

それを後ろで見ていた少女はそう笑って、器具を振るった。

光も音もないが、それでも変化は劇的だ。
彼女の体が徐々に半透明になっていき、その内部は空洞になった。
胸は、まるで駄菓子屋で飴を入れてあるもののように変化し、透明の蓋がつく。
そして下半身はどろりと溶けて形を失ったあと、同じように透明になって中身が空洞になった。
丸く形を整えられたそれは、ガラスのビンのようだ。
そしてその中には色とりどりの飴玉がぎっしりと詰まっている。
りんごをぎゅっと抱きしめる腕にも、変化は訪れる。
ドロドロとその形が溶けるように姿を失っていき、色も透明になっていくのだ。
甘い香りが漂い始め、それがどろりと溶け出してりんごの体をゆっくりと覆っていく。
肩は、それからつながる缶になった。
腕を形作る水飴は、そこから伸びている。
そして最後に、頭が変化していく。
サラリとした髪が、ドロドロと姿を変えていくのだ。
それは腕を構成する水飴と同じように甘い香りを漂わせ始める。
水飴となった髪は滴って、りんごの顔に落ちそれをゆっくりと覆っていった。
耳は割り箸が飛び出てるような形に変わり、背中にも大きな割り箸が現れるとそこで変化は止まった。
そう、彼女は飴屋憑き神になってしまったのだ。

「おねぇちゃん?」

変化を目の当たりにして、りんごは心配するような声を上げた。
その声にゆっくりと目を開いた彼女は微笑んでその頭をなでる。

「大丈夫ダヨリンゴ」

そうすると、より一層の水飴がリンゴの体を覆っていく。
もはや、体中水飴で覆われていないところはないと言えるほどだ。
それによって徐々に固まっていくリンゴの体を撫でながら。

「オ姉チャンが立派ナりんご飴ニシテあげるから」

取り出した割り箸をさしたのだ。
そうすると、リンゴの体は徐々に小さくなっていき固まった水飴はリンゴのように赤い色になった。

「ウン、イイ出来」

その出来に頷いた彼女は、それをお社憑き神に差し出す。
何のためらいもなく。

「ありがとっ」

ぺろりとなめたお社憑き神は、感嘆の声を漏らした。

「うーん、やっぱり雨宮さんはおいしい飴になるねぇ」

その言葉に、飴屋憑き神は嬉しそうに笑った。
舐めながら、もう一つ注文をする。

「そうだ、飴細工見てみたいな。ちょうど、いい飴がきたみたいだし」

そちらを向けば、彼女と一緒にやってきた同級生が二人向かってきている。

「おーい、みずきー」

手を振ってやってきた一人を、両手を合わせて作った大きな水飴でドップりと飲み込む。
分厚い水飴の中で浮かぶような格好で、友人は動きを止めた。
飴屋憑神はせおった割り箸を取り出して、その水飴をくるくると巻き取り始める。
すると、友人も水飴になってしまったかのようになんの抵抗もなくくるくると巻き付いていくのだ。
両手で持った割り箸を器用に使って水飴を練り上げる。
友人はうにょうにょと姿を変えて、そしてついには溶けて混ざって元の形がわからなくなってしまった。
練りに練ってある程度硬くなった水飴から、割り箸を器用に使って形を作っていく。

「そうだなぁ。やっぱり鳥がいいな」

お社憑き神のその注文に頷くと、そこからはまさに神業。
すっと、なでるようにしたり割り箸で形を変えるたびに水飴は鳥の形なっていくのだ。
そしてすぐにも、白鳥の形を模した飴細工が完成した。

「すごい!!」

感動したような声を上げて、お社憑き神は手に持っていたりんご飴を噛み砕くいて飲み込むと嬉しそうに飴細工を受け取った。

「食べるのもったいないなー。食べちゃうけど」

悩んだ挙句、頭から齧りにかかることにした。
それを微笑ましく眺めながら飴屋憑き神は呆然と立ち尽くす友人を胸元から瓶に放り込み、飴玉へ変えてしまっていた。
そして、彼女の頭の上ではりんご飴の形をした小さな子憑き神が懐いたようにピョンピョン飛び跳ねていた。



「ん、覚えていた?」

「そうなの、なんとなくって感じだったみたいだけど」

縁日に取り込まれ者の記憶は失われる。
それが存在しないかのようになるはずなのに、みずきはそれを覚えていた。
不思議に思った祭里と花火は、詳しそうな浴衣に相談に行くことした。

「まあ、霊力が高かったんだろうさ。そういうのが成長すると、縁があれば退魔師になったりするさね」

「へぇー」

「でもまあ、それほど大きな霊力を持ってる奴なんてそうはいない。訓練を積んでいない状態で、みずきほどの霊力持っているようなのなんて本当に稀さね。まあ、つまり。そういうのをドンドン取り込んでいってる祭里の魔力はどんどん強くなる。そして、向こうは減ってるわけだから。ドンドン見つかりにくくなっているってことさね。問題ない問題ない。私はもっと客が増えてくれれば沢山浴衣作れて幸せさ」

以前だったら絶対に言わないようなことを言って、浴衣はカラカラとロールを回して笑った。





りんご飴は食べるのが難しいですよね。
スプーンで表面割って中身をすくって食べるという方法を教わって依頼その方法で食べてます。
飴細工は本当に芸術です、動画とか見惚れるレベル。

憑神縁日事変 5.5

憑神縁日事変 フランクフルト


「おーう、ニッポンの服は小さいデスネー」

店で一番大きな服を試着してみてもオーバーサイズな彼女にとってはかなり窮屈だ。
特に太っているわけではないのだが、いかんせんもとの身長が大きすぎるのだ。

「これはちょっと、窮屈そうですね」

試着室から出てきた彼女を見上げながら、店員は半分呆れ半分驚きを込めてそういった。
本人としてはちょっとどころではないので適当に笑いながらそれを返すことにしたのだった。
フランシスカ・ルーシー。
日本に留学中の女子大生である。
驚くべきは2mに届こうかというその身長で、街中にいても頭ひとつ抜けて見えるほど。
注目されるのには慣れていたが。

「うーん、すけベェな視線デス」

窮屈な服を着ているせいでよりボリュームがあるように見える胸をジロジロとみられるのは、あまりいい心地ではなかった。
こちらに盛ってきていた服も大分古くなったので新しいのを買おう思っているのだが。

「どこに言っても、合うのがないデスね」

どうして日本人はこんなに身長がひくんだろう。
なんて思いながら、かろうじて切れる状態のシャツをパッツンパッツンに張って、暑い夏の街中を歩くのだった。

結局、いろいろ歩きまわってはみたもののめぼしいサイズの服は見つからず行く文化小さいサイズでかろうじて切ることが出来るものを見繕うにとどまった。
母に連絡して送ってもらおうか、などと考えながら歩いていると。
ドーン、と花火の音が聞こえてきた。
夏の時期に鳴り響く花火の音と、にぎやかな夏祭りは、彼女がこの国に留学しようと思ったきっかけだ。

「オオ、お祭りデスネ」

表情をほころばせて、その音に誘われるようにふらふらとそちらへと向かっていく。

朝から出歩いていたはずだが、気づけば時間は昼を過ぎ夕方になろうかとしている。
夏の昼が長いとはいえ、時期に暗くなるだろう。
道に並ぶ街灯には明かりがつき始め、道路を行き交う車もヘッドライトに光を入れている。
徐々に暗くなっていく世界の中で、赤々と光る提灯が照らし出す屋台の列は、ひどく幻想的に見えたのだ。

「オオ~、いつ見ても神秘的デスネー」

そんな景色が大好きで、近くで祭りが行われるたびに出向いていた彼女である。
一目その祭りの規模の大きさを見るや、目を輝かせた。

「オオキイ!!」

手を叩いて喜んだ彼女は、早速その中をまわってみることにした。
出店の割に、店員が少ないことが気にはなったが。

「コレカラデスネきっと」

と、適当に折り合いをつけて歩き出す。
思いの外少ないとはいえ、たくさんの食べ物屋に射的屋や金魚すくいといった遊べる出店まで十分に揃っていたのだ。

「イイ雰囲気デス」

彼女が何よりも気に入ったのは、ここにいる客の誰もが身長が高すぎる彼女のことをジロジロと見ることもなく目を輝かせて祭りを楽しんでいたことだ。
子供のように、といっては語弊があるかもしれないが、誰もが本当に楽しんでいるように見えて。
普段の忙しい日常から解放されたような、そんな印象すら受けたのだった。

「ンー、これは私も遊びマスデス!!」

自分もめいっぱい遊ぼうと決めて、彼女は縁日を回り始めた。
まず訪れたのは金魚すくいだ。
広めの水槽の中をいくらかの金魚たちが悠々と泳いでいる。

「一回ヤルヨ!!」

財布からお金を渡した彼女は、薄い紙のはられたポイを受け取って獲物を定めるべく水槽を睨みつけた。
けれど、どれも元気そうに泳いでいる上にそもそも数が少ないのでポイを近づけるだけで逃げてしまう。

「ムム、少ないヨ!!」

訴訟大国アメリカで生まれ育ったルーシーは、訴訟もじさぬ覚悟で不満を述べた。
対面に座っている店主の女性は、その言葉に。

「ちょっと、少なくなってきたわねぇ」

と頷いて。
ルーシーの隣で金魚すくいに励んでいた二人の少女を手が変化したポイでひょいと掬い上げた。
いつの間にやら二人の少女はポイに乗るサイズにまで小さくなっていて器用に二人纏めて掬い上げたその技術にルーシーは目を丸くする。

「今、追加しますからねぇ」

そういって二人のいきの良い少女をごくんとひとのみにすると。
店主の胸部を形作る金魚鉢の中に、二匹の金魚が現れた。
元気に泳ぎ回る二匹の金魚は金魚鉢の壁をすり抜けて水槽に華麗に飛び込む。
あっという間に二匹の金魚が水槽に現れたのだ。
ルーシーはそれに満足して。

「ウンウン、コレナラきっと救えるネ」

とポイを水につけた。
狙うは今入った二匹、大人しそうな少女だったほうだ。

「動くなヨー……」

気分は狩人、哀れな犠牲者をしっかりと見据えて……

「イマダ!!」

勢い良く手を動かす。
水圧の抵抗を考慮した完璧な角度でポイが水中を高速移動する。
哀れな金魚は未だそれに気づかず、絶体絶命と思われたのだが。

「ああっ!?」

なんとそれを助けるようにもう一匹の活発な金魚がポイに飛び込んで薄い紙を破ってしまったのだった。

「クゥー悔しい!!」

悔しそうな声を上げたが、失敗は失敗。
ポイを店主に返して、彼女は金魚すくいをあとにした。

次に目についたのは、輪投げだ。

「オモシロソウ」

子供たちがたくさん群がっているのが気になって、彼女も覗いてみることにした。
輪を投げるラインが牽いてあって、少し遠いところに店主兼輪投げの杭が自慢気に立っている。
子供たちは輪っかを店主に向かって投げるのだが、店主は自慢気に笑ってそれをくねくねと避けるのだ。

「無理だと思うけど、やるかい?」

彼女を見つけた店主のその挑戦的な言葉に、ルーシーは俄然いきり立った。

「受けて立つヨ!!」

「いい心意気だ!!それじゃあ、輪っかをそのへんから選びな」

店主の言葉に力強く頷いて、彼女は周囲を見回した。
たくさん集まっている子供たち、そしてその後ろでそれを見守っている母親や姉たちの姿がある。

「アレがいいネ」

彼女はその中でも特に背の高い母親を選んだ。

「なるほど、大きい輪を選んだね。なかなか頭を使うじゃないか」

店主の言葉を背に受けつつ、彼女は件の母親の前に立つ。

「力を借りるヨ」

「あらあら、私を使ってくださるの?大丈夫かしら」

やんわりとそういう母親に頷いて。

「任セテ!!」

「うふふ、それでは不束者ですがよろしくお願いします」

自信満々のルーシーの様子に安心したようで、母親は立ったまま前屈するような格好をとった。
ぐにゃりと不自然なほど体が曲がり、つま先に指の先が届くとそれが溶けるようにつながる。

「ちょっと、手伝ってください。恥ずかしいですけど、若くないもので」

頷いて、その体を強引に丸くなるように加工していく。
体がありえない角度に曲がり綺麗な丸を作ると、母親はドンドンその厚みを失っていって輪投げに適した大きな輪になった。
それを軽く振ってみて重さを確かめると。

「イケルっ!!」

彼女は勝利を確信する。
例えるならそう、その心境は伝説の剣を手に入れた勇者のようだ。
いまなら、どんな敵だって負けない。
彼女はJRPGが大好きだった。
かくして店長の前にたった彼女は、予告ホームランをするようにまっすぐその手を伸ばした。

「いい表情だ!!それじゃあルールの確認、そのラインを超えないように輪を投げて私にうまく引っ掛けられたら価値だよ」

「望む所!!」

周囲が見守る中、その瞬間は訪れた。
体をぎりぎりと引き絞った彼女は、目標をきっと見据えて輪を放つ。
それは、黄金率のような素晴らしい曲線を描いて店長へと向かった。
店長はそれに驚くこともなく体を軽く傾ける。
しかしその時、回転して飛ぶ和がありえない変化を見せた。
その進行方向をぐいっと曲げたのだ。
変化球!!
焦ったがもう遅い、店長が体を曲げた先に輪は間違いなく向かっている。
誰もがルーシーの勝利を確認したその時。
店長が体をおって、ぴょんととんだ。
完璧なタイミングで行われたそれは、大きすぎる輪の中を華麗に飛び越えて、着地。

「な、ナナナナナナナンダッテー!!」

悲鳴をあげるルーシーに、店長は勝ち誇った笑みを見せた。

「私は動かないなんて、言ってないからね」

「クソー!!」

縁日の夜に、ルーシーの叫びがこだました。

見事に敗北を喫してしまったルーシーだが、持ち前のポジティブさで早くも元気を取り戻し自己主張を始めた腹を満たすべく縁日を回り始めていた。
何がいいかなぁ、と回っていた彼女が足を止めたのは、フランクフルトの出店。

「フランクフルト!!美味しそうデス」

丁度いいだろうと思ったのだが、残念なことに店主が見当たらなかった。
しかし、どうにも諦めきれなかった彼女は。

「自分で焼いてもいいデスかネ?」

なんてことまで考え始めたのだ。
なぜか出店は準備がしっかりと整っているのだから、これで食べれないというのは非常にもったいない。
彼女はそう思って、店の内側にこっそり入ろうとしたところで。

「外人さんはアグレッシブだね!!」

後ろからそんな声をかけられた。

「はウアっ!?」

後ろめたいことをやっていた彼女はビクンと体を震わせて動きを止め、背後に向き直った。
二人の少女がにこにこと彼女を見つめてる。

「あ、あの。これはデスネ」

しどろもどろになりながら釈明しようとする彼女に、少女は笑いかけた。

「フランクフルト食べたいんでしょ?」

その言葉にきょとんとして、頷く。

「うんうん、分かるなぁ」

少女もウンウンと頷いた。
それから彼女の体を舐め回すようにじっくりと見て。

「だって、たっぷりと肉が詰まってるもんね。溢れ出しそうで美味しそう。きっと、フランクフルトになったら似合うんだろうなぁ」

なんてことをいうのだが、いまいちその意味を理解することができない。
フランクフルトになる?
何を言っているのだろう、フランクフルト屋さんになれということか。
日本語は難しい。
彼女は曖昧な笑みを浮かべた。

「うん、あなたがいいね」

いって、少女は彼女に妙なものを向ける。
いつの間にかその姿は変わっていて、ミステリーと思う間もなくそれは彼女に向かって振るわれた。

光も音もない。
けれど変化は急激だった。
まずは足、肉付きのいい足がひとつに溶けて混ざり合って一本の棒になる。
両手も同じように棒のようになると、次は体が変化し始めた。
ぴっちりとしていた服がのっぺりとしはじめ、円筒状の形に変わっていく。
色は茶色くなり、パッツンパッツンの表面に切れ目が入ると周囲に食欲をそそる匂いが広まった。
髪の毛も同じようにより集まって太く茶色く姿を変える。
背中には赤と黄色のボトルがくっついた。
それはまさにウィンナー。
特別大きなフランクフルト。
そう、彼女はジャンボフランク憑き神になってしまったのだ。

「うーん、ジューシーな香りで美味しそう。早速一本、ううん二本ちょうだい?どっちもマスタードたっぷりで!!」

ジャンボフランク憑き神は頷いた。


その答えに彼女は頷いて、近くを通りかかった母娘を手招きするとその股間から両うでの串をそれぞれ突き立てる。
その瞬間二人の体は起立したようにまっすぐになった。
手足は癒着するように曖昧になり、体の表面がのっぺりとなっていく。
色合いは艶やかな茶色に変わり、切れ目が入って香ばしい匂いが周囲に漂った。
すぐにも肉汁が滴り始める。
綺麗に焼きあがったジャンボフランクに、背後から取り出したマスタードをたっぷりと掛けて。

「デキタヨ!!」」

彼女はそのままジャンボフランクとなった腕をそのままお社憑き神に差し出した。

「いっただっきまーす!!もう一本は持ち帰りでいいわ」

腕にそのままかぶりついたお社憑神を愛おしそうに眺め。
もう一本のジャンボフランクを腕ごと切り落として渡した。
取り外されたジャンボフランクは持てる大きさにまで小さくなる。
そして腕の串はすぐにもとの長さにまでもどった。

「んー、おいしい!!」

満足そうな声を上げて、お社憑き神は至福のときを味わっていた。

それに始めての危機が訪れるのは、もう少し後のことである。



5の少し前の話になりますね。
フランクフルトにはマスタードたっぷり派です。

憑神縁日事変 5

憑神縁日事変 貸浴衣

「うーん」

祭里は首をかしげていた。。
祭りはどんどん大きくなり、今までやっていなかった屋台の営業も始まっている。
お客さんもドンドン入るようになって、賑やかになってきているのだ。
しかし。

「うーん」

祭りはその光景を見ながら首を傾げる。

「何かが、足りないなぁ」

なんだろう、何が足りないのだろう。
香ばしい匂い、にぎやかな音楽。
どれもこれも、彼女の望んだ祭りの形であるはずなのに。

「うーん、何かが足りないなぁ。若さ……うーん、結局違うって話しなったしなぁ」

そのために作った憑き神を思い出して、それから頭を振った。
老若男女楽しんでほしい、そういう祭りにしようと思っていたのだ。
男はあまり来ないが。
しかしこの祭り、どうにも何かが足りないような気がしてならないのだ。
道行く客たちを見て周り、あーでもないこーでもないと思いを巡らせる。

「なかなか、上手くいかないみたいね」

そんな彼女に背後から話しかけたのは、花火だ。
花火は両手で少女をひとり抱き抱えている。
少女はきょとんとした様子で、花火を見上げていた。

「うーん。なにかいい考えないかな、花火憑き神」

花火はうーん、と困ったような顔をした。

「そう言われても、なんだろう。わからないよ。ほら、こういう時には、何か食べて考えるといいんじゃないかな。私もお腹すいちゃったから」

そう言うと、花火は憑神に姿を変えて抱き抱えた少女をくるりと器用に丸く加工。
そしてそのまま一息で飲み込んでしまった。
ぼこん、と音がして彼女の体が一段階大きくなる。
少女は花火に慣れたことが嬉しいのかにこやかな表情をしている。

「ソノウチ打チ上ゲテアゲルヨ」

腹に収まった少女を撫でて、花火は元の姿に戻った。

「さ、なにか食べに……どうしたの?」

誘おうとしたところで、祭りが何かを見ていることに気がついた。
それは、さっきの少女が身にまとっていたもので、花火にする時に落としてしまったらしいものだ。
祭りはそれを持ち上げてしげしげと並べると、花火に勢い良く向き直った。

「そうだ、浴衣だよ!!せっかくのお祭りなんだもん、皆にも浴衣を着てもらうの!!花火憑き神、花火を上げて!!」

花火はすぐにも頷いて、右手を空へ向けて高く掲げた。
夏の夜に、光の花が咲く。


花火の鳴る音が聞こえた。
空気を震わせる大きな音だ。
おや、と思って空を見上げれば晴れ渡る空に幾つか煙が浮いている。

「あら、どうかしました?」

けれど話している相手は、そんなことには全く気がつかないかのようで。

「いや、なんでもないさね」

彼女はそう言って話を続けるのだった。
その井戸端会議もほどほどに切り上げて、彼女は再び空を見上げる。

「まったく、挑発っていうのは受けてもうれしい物じゃないさな」

彼女には聞こえていた、それは霊力のあるものにしか感じられないだろう存在しないはずの花火の音。
白昼堂々と上がった花火は彼女たち、退魔師への挑発に他ならない。

「憑き神なら憑き神らしく、こそこそとしてればいいさね」

ふんと不満気に鳴らした彼女は、着の身着のまま、まるで花火に誘われるかのように歩き出したのだった。
今時珍しく艶やかな着物をしっとりと着こなした女性で、その腰まで届くほどに長い黒髪は吸い込まれるほど艶やかだ。
かと思えば、その目線はまるで刃物のように鋭く、彼女が只者ではないことを教えていた。
彼女を知っているものは少ない、けれど知っているものはこう呼ぶ。
地蜘蛛の布束と。
彼女の名は布束浴衣、この地を古くから守ってきた退魔師だ。
それほど名が売れているわけでもない。
彼女はこの地から動こうとせず、この近辺に現れたものだけを狩るからだ。
しかしながらその実力は折り紙つきと言ってよく、彼女から逃れられた憑き神はそうはいない。
妖艶、そうとしかいい用のないしぐさでキセルを取り出しながら歩く姿はまるで男を誘っているようにしか見えない。
出るとこは出て、くびれるところは括れるというスタイルを持った彼女に流し目でもされようものなら、そこらの男なんていちころであろうことは間違いない。
ふぅ、と甘ったるい煙を口から吐いて、彼女はいっぽいっぽと目的地を目指すのだった。

たどり着いたのは、山間にある寂れた神社。
道路からも離れていて、ここしばらく人のはいった形跡がないのではないかと思うほどに寂れている。
参道には大きくクモの巣が張ってあるほどだ。

「おじゃまさせてもらうよ」

蜘蛛の巣を器用に避けて、彼女はゆっくりとそこを登り始めた。
やがてたどり着いた鳥居の前で立ち止まり、そこに手を触れてみる。

「ここにいるってわけじゃあない。鳥居を媒介に他の場所につないでいるんだね。小賢しいっていうのさ」

鳥居の創り上げる何もないはずの空間に手を当てると、布を押すような微かな反応が帰ってきた。
ゆっくりとその奥まで手を突っ込んでみる。

「ん、攻撃的な結界ってわけでもない、か。大方、中に人を閉じ込めるための催眠用かね」

引きぬいた手に鼻を近づける。

「煙、人、香ばしい匂いだ、火薬、花火か。あまり、やばいっていう気配はない。となると、祭りか……神輿か、神社にでも憑いたかね」

手についた匂いだけで中の状況を推測すると。

「知らせておいたほうがいいか……まあ、ここで逃しても面倒だ。私が潰せば問題ないだろう。新参に礼儀ってやつを教えるとしようかね」

そういって、何事もないようにその中へと足を踏み入れたのだった。

まず感じたのは、明るさ。
外は真っ暗だったのに、その中は驚くほどに明るかった。
立ち並んだで店の明かり、店店の間をロープがつなぎ、ぶら下がった提灯があかあかと夕焼けのような明かりをこぼす。
そして匂い。
屋台特有の香ばし匂いが鼻を突くと同時、絡みつくような甘ったるい匂いもどこからかたどり着いていた。
そして音。
祭り囃子、それもただの祭り囃子ではない。
聞く人の心を操るたぐいの魔曲が、この縁日を満たしていたのだ。
創り上げられた祭りの雰囲気が、この結界を形作っているのだと彼女は確信した。
一度踏み込んだが最後、楽しい祭りの気分に当てられて帰ることなく違和感なくこの祭りの一部とかしてしまうのだろう。
事実、彼女でさえもどこか懐かしい雰囲気を感じていたのだから。

「……見誤った?私が、軽くとはいえ術にかかってるだなんて……でも、作り自体は稚拙だし……」

つぶやくが、だからといってここから出れるわけでもない。
この祭りの本体を見つけて、討伐しないことにはどうしようもないのだ。

「まあ、少し小手調べでもしてみようか」

そういって周囲を見回す。
屋台が立ち並んではいるが、その多くはまだ無人だ。
それはこの憑き神が未だ完成されていないことを意味していた。
やがてこれが全て埋まったとき、これほどの規模の憑き神の力がどれほどになるのか。

「芽は、早く摘み取るに限るさ」

空恐ろしい事実に首を振る。
と、彼女の視界の端に何かが写った。
小さな、手のひらに乗るほどの大きさの何かが空に浮かんでいる。

「見つけた見つけた」

それに向かって手招きすると、それは器用に体をくねらせて彼女のところまでやってきた。
きょとんとした顔で彼女を見るそれは、人の顔を持った金魚だった。

「子分憑き神、金魚すくいにでも食われたかね」

聞いたところで返事は帰ってこない、ただきょとんとした表情をむけられるだけだ。

「はっは、まあ答えなんて求めないさ。ささ、お姉さんとあそぼう、ここへお入り」

そんな金魚憑き神に笑いかけて、彼女は着物の胸元を大きくはだけた。
たっぷりとしたボリュームが創りだす魅惑の谷間をたわわに揺らして誘う。
その揺れに食いつくように、金魚憑き神はぴょんとその他に間に飛び込んだ。

「待ってな、すぐ戻してやるさ」

その直後、彼女は豊満な乳肉を両側から抑えて中に入った金魚憑き神を押しつぶす。
ぴっちりと合わさった谷間に腕を突っ込んで取り出したのは、金魚の刺繍が施されたハンカチサイズの布だった。

「うん、やっぱり力はないはず」

それだけで彼女は、この憑き神の力を測りとったのだ。
そして得た結論、敵ではない。

「地蜘蛛の布束、推して参る」

ハンカチを懐にしまい込むと、袖から綺麗な刺繍の布をだらんと垂らして、彼女は歩き出した。

縁日の中には、たくさんの小憑き神たちが漂っていた。
それを見つけるなり彼女は布で器用に絡めとり、その魂を布へと固定していく。
しかしながら、行けども行けども大物は姿を表さない。
先ほどまでは出店のそこかしこに憑き神が店員として入っていたというのに。

「さすがに感づくか」

どうやら、異常を察知して隠れたらしい。
一度本気で隠れると、憑き神というのはなかなかに見つけ出しづらいのではあるが。

「まあ、これだけでかい根を張っているんだ。どこへだって行けないだろう」

そういうと、小憑神だけでも刈り取るべく縁日の中を練り歩き続けた。
そしてやがて、縁日がすっかり静かになってしまった頃。
やっぱり、ここだったか。
彼女は、ついにたどり着いていた。
神社の本殿、その前にたくさんの憑き神たちが勢ぞろいしている。
なにやらフワフワとした娘、銃のような目付きの娘、外人、他にも数人いるが、気になったのは中央、本殿の前に立つ娘だ。
他のメンツに比べて、異様に年齢が低く見える。

「ここにいるのが全員で。あんたが、ここの親分ってわけだね?」

その問に答えるように、娘は周囲を見回していった。

「お客さん以外に答える必要はないね。お客さんでも教えないけど。それに、小憑神だけじゃなく、お客さんまで全員気絶させていくなんて。せっかくのお祭りが台無しだよ」

「ふん、こんな人を食うような祭りなんてなくなって正解さね。子供たちまで巻き込んで……それは外道っていうんさ」

「……わたし、あなたを呼んだ覚えなんてないんだけど。あなたは誰?」

切って捨てるような彼女の返事に、娘は表情を険しくして尋ねた。
そう、彼女の侵入は予想外だったのだ。
打ち上げられた花火は、本来は別の者を呼ぶために使われた。
しかし、たまたまその近くにいた彼女が、それに気づいてしまったのだ。

「こっちは呼ばれたからきたんだけどねぇ。やっぱり新参は世間ってやつを知らない」

いって、彼女は布を娘へと向ける。
不思議なことに、垂れ下がっていたはずの布は刃のように鋭くのびてその切っ先を娘に向けていたのだ。

「あんたみたいなのがのさばらないようにするための組織も、この世界にはあるってことさね!!」

言うやいなや、彼女の背中からたくさんの帯が広がり憑き神たちを絡めとっていく。
憑き神たちは対応するようにその姿を憑き神へと変化させたものの瞬きする間もなく伸びてきた布からは逃げることが出来ず、娘以外すべて捕まってしまったのだった。
それはまるで、ハンターが獲物を捕まえるときのような、狙い済まされた動作だ。
逃げようとする憑き神たちを一瞥して。

「心配はしないでいいさ。お前らの魂はしっかりと戻してやる」

そしてそのまま、娘に向かって歩き始めた。

「うそ……」

その顔には、驚きの表情がありありと見て取れる。
それはそうだろう、いままで得た力でやりたい放題やってきたのだ。
それが、こうも一方的にやられるだなんて普通は考えもしない。

「神になったつもりだった?」

嘲るような問い掛けに娘は応えず、憑神の姿を現した。

「へえ、その姿。やっぱり神社か」

その姿に感心したような声を上げるが、歴戦の退魔師らしくうろたえもしなければ戸惑いもしない。

「えいっ!!」

お社憑き神は、手に持った器具を彼女に向けて振るう。
しかし、今まで彼女の願いを叶えてきた歪な神具は今度ばかりは手応えを返さない。

「せっかくだから教えておいてやるさね。憑神を作るには相手の体から霊力を追い出さないといけない。一般人ならまだしも、私みたいに長年生きて霊力を蓄えてるような奴には、涼しい風さね。それともう一つ、めだっちゃあいけないさ。ひっそりひっそりとね、わきまえないから私みたいのに見つかるんだ」

呆然とした表情を見せるの首筋に、布の刃が添えられた。

「悪いけど、あんたは少し救いようがないさ。それに、罪っていうのは償わないといけない」

添えられた刃の感触に、お社憑き神が小さく悲鳴を上げた、その瞬間だ。

「マツリ!!」

布に捉えられていた憑神の一人が、丸い体の一部を分離して拘束を逃れたのだ。
そして布に残された球体が、派手な音を立てて爆発する。

「なにぃっ!!」

突然の衝撃に、彼女は大きくバランスを崩しお社憑き神から刃を離してしまう。
その隙を突いて、花火憑き神がお社憑き神を救出する。

「お姉ちゃん!!」

思わず抱きつくお社憑き神を抱きかかえて、花火憑き神は浴衣に向き直った。

「ヨクモヤッタナ、蜘蛛女!!」

右手を向けて、大玉の花火を撃ち出す。
空では綺麗に咲く花火も、その場で爆発すれば爆弾だ。
大きな衝撃と音を伴って、縁日が揺れた。
まぶしすぎる光のせいで一瞬視力を失うが、それもやがて戻ってくる。

「良い線いってるさ」

そして二人が見たのは、布に包まれて全く無事な姿を見せる布束浴衣の姿だった。

「今のは驚いた。なかなかのパワーさね」

平然と言ってのける浴衣に、花火憑き神もさすがに驚く。

「とっておきの体育教師30号が……」

呆然としながらも、彼女は右手を相手へと向けた。
その様子に、浴衣は手を振って答える。

「むりむり、止めておくがいいさ。わかったろ、お前らじゃ私には勝てないって。しかし、私も悪かった。お前たちを侮っていたさ。これからは全力、もう容赦はしないさ。だから、その前に私の名前を教えておく。向こうに入ったら自慢するといいさね、私にやられたんだってね」

一息。

「私の名前は布束浴衣、地蜘蛛の布束とも呼ばれているね。この地にあんたの年齢の十倍以上昔から住んでいる、鬼蜘蛛の化身さ。あんたたちが相手にするのはそれだけの時間という名の重みを持った霊力だ。誇りに思うといいさ」

その自己紹介に、抱き合った二人の憑き神は顔を見合わせた。

「さあ、覚悟するさね。言っておくが、この布は私の糸から織り出した特別性だから。切れたり折れたりするんじゃないかなんて、無駄なことは考えないこと」

そして布を刀のように伸ばすと、一息で斬りかかった。
踏み込みは神速、捉えられていた憑き神たちでさえその動きを追うことができないほど。
その踏み込みの一歩は、石畳を砕く。
一直線に伸びた剣閃は、そのまま二人を両断するかと思われたのだが。

「年齢上限設定25歳!!」

喉元に届いた布の刃は、優しくそこに絡みつくにとどまった。

「な、ななんだこれは!!」

今までにない慌て様を見せる浴衣。
その焦りに答えるように、捕まっていた憑き神たちもその縛めを破って抜けだした。
それだけではない、彼女の胸元からたくさんの子憑き神たちが溢れでてきたのだ。
その反動でたってすらおれず座り込んでしまった彼女の前に、お社憑神が立った。

「本当は、使わないつもりだったの。若い人ばかりじゃ、つまらないから。でも、長生きしたら、霊力がたまるっていうから……若くなってもらったの」

時間により蓄積された霊力を失った浴衣は、もはやただの変化でしかなかった。
その姿を保っているのがやっとというレベルだ。

「は、そんな奥の手があったとはね」

歯噛みする、楽しんでもらうために作られた結界。
そう甘く見て、それ自体を詳しく調べなかったことを公開した。
だがもう遅い。
横になって呆然とする浴衣の耳にずん、と重い音がした。
引かれるようにそちらに目を向けると、本殿の方に向かってくる大きな影がある。

「鳥居憑き神、そこをくぐった人の年齢を帰ることができるの」

「イキガイイヨー」

素っ頓狂な返事をする鳥居憑き神をいつもの位置に送り返して、お社憑き神はもはや立つことすらかなわない浴衣に向き直った。

「驚いたけど……ふふ、あなたに会えてよかったよ」

それから、手にした器具をむけて。

「だって、あなたのほうが浴衣作るの上手そうなんだもん」

振った。

その変化は劇的だった。
存在しているはずの現在から大きくさかのぼって過去の姿を変えようというのだ。
まだ未熟な霊力が一瞬にして書き換えられていき、その姿はお社憑き神の望むものへと加工されていく。
まばゆい光を発して下半身が着物の色合いのまま厚みを失っていく。
腰には布になった下半身からつながるロールができた。
上半身は、ほとんどそのまま。
艶やかな姿形をしているが、その左手は針刺しになっていて待ち針などの色とりどりの針が刺さっている。
右手には、何でも裁断できそうな大きなハサミを持っていた。
そう、彼女は浴衣憑き神になってしまったのだ。

「すてき、どんな浴衣を作ってくれるのかしら」

「チョキチョキっと作るさね」

お社憑き神に一礼して答えた浴衣憑き神はそのへんで気絶していた子供に待ち針をさした。すると、子供の厚みがドンドンとなくなっていきペラペラになってしまう。
それをひょいと持ち上げて筒状に丸めると一気に飲み込んだ。
ごっくんと飲み干すと、腰のロールが音を立ててカラカラと回りだす。
彼女の浴衣の色がしばらく続いて、それから突然別の色の布地が出てきた。
それは、まるで先ほどの子供の面影を残しているようにもみえる。
彼女は大きなハサミでその部分をきれいに切り取ると、左手の針を素早く動かして一着の浴衣を縫い上げた。
それは、受け取ったお社憑き神、いや祭里の体にぴったりとフィットするもので。

「すごーい、ぴったり!!」

祭里はそれに、非常に喜んだのだった。



「年齢上限設定解除」

過去に憑き神であったことにされてしまった浴衣。
その事実は現在に戻されたところで消えるわけではなく。
むしろそのまま時を超えたという。
いわば過去を改変されたという状況になってしまっていた。
つまり、百年以上の時をへた憑き神となっていたのだ。
その力は強力無比といってもよく、そしてそれの親である祭里の力もまた非常に強くなったのだった。




書いてるさなかに思いついた設定を放り込む
結果よくわからなくなる
悪い癖ですね。
鳥居憑き神なんかはツイッター上でそんな設定があったらいいななんて話してたのをいれたりしてます。

憑神縁日事変 4.5

憑神縁日事変 花火大会


ドーン、と音がして空に明るい花が開くたび祭里は両手を叩いて大喜びをする。

「わあ、すごいすごい」

目を輝かせてあまりにも喜ぶものだから、つい続けて二発三発と連続で打ってしまうのだった。
人の命を使った不思議な花火は、誘蛾灯のように人を引きつける力がある。
狙った人も呼べるし、無差別に呼ぶこともできる。
今日も、花火につられて沢山の人が縁日に遊びに来てくれた。
祭里はそれにまた、嬉しそうな声を上げる。

「いっぱい遊びに来てくれたね!!そうだ、私あのこの綿あめ食べたい」

どうやら、美味しそうな子を見つけたようでそちらに向かってかけていく。
私はその様子をいとおしそうに見ながら、その後を追いかけていくのだった。

「美味しかったー」

狙ったこの綿あめをぺろりと食べた祭里は、縁日を見て回り始める。
どんな人がきているか、どんな出店をだそうか。
そんなことを考えながらうろうろとするのも、彼女の楽しみの一つだ。
私はいつだって、そんな彼女の後ろに付いて回る。
いつでも助けてあげれるように。

「あっち、すごいたくさんいるね」

ふと、気がついたように祭里が言った。
つられてその方向を見てみると、確かに。
数十人規模の人だかりができていた。

「あ、カメラだ!!」

よくよく見てみるとたしかに、人だかりの中にカメラやマイクを持った人たちがいる。
どうやら、番組の撮影中か何かだったらしい。

「写ってこようかな」

そんなことを言いながらそわそわとしはじめる祭里に。

「ここで写っても放映されないよ」

と教える。
この縁日から彼女たちが出ることはないし、ライブ配信だったとしても電波は外まで届かない
そもそも、彼女たちが目の前から消えたところで誰一人として不思議に思わないだろうが。

「むー、そっかぁ」

祭里は、少し残念そうな顔をした。
そんな表情をされると、こちらも悲しくなってしまう。
だから私は、こんな提案をした。

「祭里、花火大会しよっか」



やってきていたのは、40人を超えるとかいう噂の超大型アイドルグループだ。
その中でさらにグループ分けができているというのだからその規模は恐るべしといったところ。
そんなにも数がいながら、誰もがはっとするほどの可愛さを持っているのだから、人気が出るというのもうなずける。

「きっと、綺麗な花火になるね」

憑き神の姿を現した私は、その中の一人に目星をつけると高く飛び上がった。
そして、その子めがけて下の口で飲み込むようにおちる。
あっという間もなくその子を飲み込むと、その中でくるりと丸めて花火に加工。
私の胴体につなげる。
今の私は、いつもよりもずいぶんと背が高い。
さっき打ち上げ分の残りの花火たちが、まだストックされているからだ。
最近は、祭里に危険が及ぶこともあったし何があってもいいように3つくらいはストックするようにしているが。
はじめは嫌がっていた彼女たちも、私の体であることに大分慣れてきたようだ。
それはともかく、突然現れた異形の私に、一団は驚いたようだった。
それはそうだろう。
驚かなかったらむしろ驚く。

「驚ナイデ、コレカラ花火大会ダヨ」

私がそう言うと、一団は顔を見合わせて。

「花火大会だって!!いい絵が取れるぞ」

「やったー、超ラッキーじゃん」

などと喜び始める。
喜んでもらえるなら私も嬉しい。

「ソレジャ、準備スルヨ」

近くでうれしがっているアイドルを器用に丸めて飲み込む。
私の体がまた一つ増える。
ここまで背が高いと、かがむようにして彼女たちをつまみ上げる格好になる。
一人また一人とクルッと丸めてゴクリと飲み込んで花火に変えていく。
たまには下から飲み込んだりもする。

「エート、アナタタチぐるーぷダヨネ?」

「そうでーす、私たち3人でイーグル3!!よろしく!!」

「ヨロシク」

三人を纏めてひとつの大玉に変えて飲み込む。
さすがに、そろそろお腹がきつくなってきたけど。
まだまだアイドルたちは残ってる。

「サア、ぐるーぷゴトに打チ上ゲルカラオイデー」

そう言うと彼女たちは嬉しそうにグループを着くつって寄ってくるので、それをくるりとそれぞれのグループごとにまとめた大玉に変えて飲み込んでいく。
縁日をすっかり見下ろせるほどに体が大きくなった頃、ようやくアイドルたちは全員花火になった。
スタッフも一緒だが。

「イクヨ祭里」

これだけあれば、花火大会といってもいいだろう。
両手と頭を使って、一気に花火を打ち上げる。
爆発音が連続して、空が一気に明るくなった。
花火の種類に合わせて綺麗に見えるようにドンドンと打ち上げる。
ひゅるひゅると音を弾いて飛ぶもの、シダレヤナギのようになるもの。
色も様々だが、どれもやっぱり美しい。
仕掛け花火はないけれど、そのうち出来るようになるんじゃなかと思う。
そして最後は、三人以上をまとめてるグループ大玉花火を連続で打ち上げる。
空を覆うほどの大輪の花が咲いた。

「アイドル48号ダヨ」

アイドル花火を全部打ち上げて体の大きさがほとんど戻った私は、ひどく喜んだ祭里の手を引いて再び縁日を回り始めたのだった。



8月8日は丸呑みの日だったんだそうな。
マジかよ。
というわけで外伝的作品です
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