憑神縁日事変 5.5
憑神縁日事変 フランクフルト
「おーう、ニッポンの服は小さいデスネー」
店で一番大きな服を試着してみてもオーバーサイズな彼女にとってはかなり窮屈だ。
特に太っているわけではないのだが、いかんせんもとの身長が大きすぎるのだ。
「これはちょっと、窮屈そうですね」
試着室から出てきた彼女を見上げながら、店員は半分呆れ半分驚きを込めてそういった。
本人としてはちょっとどころではないので適当に笑いながらそれを返すことにしたのだった。
フランシスカ・ルーシー。
日本に留学中の女子大生である。
驚くべきは2mに届こうかというその身長で、街中にいても頭ひとつ抜けて見えるほど。
注目されるのには慣れていたが。
「うーん、すけベェな視線デス」
窮屈な服を着ているせいでよりボリュームがあるように見える胸をジロジロとみられるのは、あまりいい心地ではなかった。
こちらに盛ってきていた服も大分古くなったので新しいのを買おう思っているのだが。
「どこに言っても、合うのがないデスね」
どうして日本人はこんなに身長がひくんだろう。
なんて思いながら、かろうじて切れる状態のシャツをパッツンパッツンに張って、暑い夏の街中を歩くのだった。
結局、いろいろ歩きまわってはみたもののめぼしいサイズの服は見つからず行く文化小さいサイズでかろうじて切ることが出来るものを見繕うにとどまった。
母に連絡して送ってもらおうか、などと考えながら歩いていると。
ドーン、と花火の音が聞こえてきた。
夏の時期に鳴り響く花火の音と、にぎやかな夏祭りは、彼女がこの国に留学しようと思ったきっかけだ。
「オオ、お祭りデスネ」
表情をほころばせて、その音に誘われるようにふらふらとそちらへと向かっていく。
朝から出歩いていたはずだが、気づけば時間は昼を過ぎ夕方になろうかとしている。
夏の昼が長いとはいえ、時期に暗くなるだろう。
道に並ぶ街灯には明かりがつき始め、道路を行き交う車もヘッドライトに光を入れている。
徐々に暗くなっていく世界の中で、赤々と光る提灯が照らし出す屋台の列は、ひどく幻想的に見えたのだ。
「オオ~、いつ見ても神秘的デスネー」
そんな景色が大好きで、近くで祭りが行われるたびに出向いていた彼女である。
一目その祭りの規模の大きさを見るや、目を輝かせた。
「オオキイ!!」
手を叩いて喜んだ彼女は、早速その中をまわってみることにした。
出店の割に、店員が少ないことが気にはなったが。
「コレカラデスネきっと」
と、適当に折り合いをつけて歩き出す。
思いの外少ないとはいえ、たくさんの食べ物屋に射的屋や金魚すくいといった遊べる出店まで十分に揃っていたのだ。
「イイ雰囲気デス」
彼女が何よりも気に入ったのは、ここにいる客の誰もが身長が高すぎる彼女のことをジロジロと見ることもなく目を輝かせて祭りを楽しんでいたことだ。
子供のように、といっては語弊があるかもしれないが、誰もが本当に楽しんでいるように見えて。
普段の忙しい日常から解放されたような、そんな印象すら受けたのだった。
「ンー、これは私も遊びマスデス!!」
自分もめいっぱい遊ぼうと決めて、彼女は縁日を回り始めた。
まず訪れたのは金魚すくいだ。
広めの水槽の中をいくらかの金魚たちが悠々と泳いでいる。
「一回ヤルヨ!!」
財布からお金を渡した彼女は、薄い紙のはられたポイを受け取って獲物を定めるべく水槽を睨みつけた。
けれど、どれも元気そうに泳いでいる上にそもそも数が少ないのでポイを近づけるだけで逃げてしまう。
「ムム、少ないヨ!!」
訴訟大国アメリカで生まれ育ったルーシーは、訴訟もじさぬ覚悟で不満を述べた。
対面に座っている店主の女性は、その言葉に。
「ちょっと、少なくなってきたわねぇ」
と頷いて。
ルーシーの隣で金魚すくいに励んでいた二人の少女を手が変化したポイでひょいと掬い上げた。
いつの間にやら二人の少女はポイに乗るサイズにまで小さくなっていて器用に二人纏めて掬い上げたその技術にルーシーは目を丸くする。
「今、追加しますからねぇ」
そういって二人のいきの良い少女をごくんとひとのみにすると。
店主の胸部を形作る金魚鉢の中に、二匹の金魚が現れた。
元気に泳ぎ回る二匹の金魚は金魚鉢の壁をすり抜けて水槽に華麗に飛び込む。
あっという間に二匹の金魚が水槽に現れたのだ。
ルーシーはそれに満足して。
「ウンウン、コレナラきっと救えるネ」
とポイを水につけた。
狙うは今入った二匹、大人しそうな少女だったほうだ。
「動くなヨー……」
気分は狩人、哀れな犠牲者をしっかりと見据えて……
「イマダ!!」
勢い良く手を動かす。
水圧の抵抗を考慮した完璧な角度でポイが水中を高速移動する。
哀れな金魚は未だそれに気づかず、絶体絶命と思われたのだが。
「ああっ!?」
なんとそれを助けるようにもう一匹の活発な金魚がポイに飛び込んで薄い紙を破ってしまったのだった。
「クゥー悔しい!!」
悔しそうな声を上げたが、失敗は失敗。
ポイを店主に返して、彼女は金魚すくいをあとにした。
次に目についたのは、輪投げだ。
「オモシロソウ」
子供たちがたくさん群がっているのが気になって、彼女も覗いてみることにした。
輪を投げるラインが牽いてあって、少し遠いところに店主兼輪投げの杭が自慢気に立っている。
子供たちは輪っかを店主に向かって投げるのだが、店主は自慢気に笑ってそれをくねくねと避けるのだ。
「無理だと思うけど、やるかい?」
彼女を見つけた店主のその挑戦的な言葉に、ルーシーは俄然いきり立った。
「受けて立つヨ!!」
「いい心意気だ!!それじゃあ、輪っかをそのへんから選びな」
店主の言葉に力強く頷いて、彼女は周囲を見回した。
たくさん集まっている子供たち、そしてその後ろでそれを見守っている母親や姉たちの姿がある。
「アレがいいネ」
彼女はその中でも特に背の高い母親を選んだ。
「なるほど、大きい輪を選んだね。なかなか頭を使うじゃないか」
店主の言葉を背に受けつつ、彼女は件の母親の前に立つ。
「力を借りるヨ」
「あらあら、私を使ってくださるの?大丈夫かしら」
やんわりとそういう母親に頷いて。
「任セテ!!」
「うふふ、それでは不束者ですがよろしくお願いします」
自信満々のルーシーの様子に安心したようで、母親は立ったまま前屈するような格好をとった。
ぐにゃりと不自然なほど体が曲がり、つま先に指の先が届くとそれが溶けるようにつながる。
「ちょっと、手伝ってください。恥ずかしいですけど、若くないもので」
頷いて、その体を強引に丸くなるように加工していく。
体がありえない角度に曲がり綺麗な丸を作ると、母親はドンドンその厚みを失っていって輪投げに適した大きな輪になった。
それを軽く振ってみて重さを確かめると。
「イケルっ!!」
彼女は勝利を確信する。
例えるならそう、その心境は伝説の剣を手に入れた勇者のようだ。
いまなら、どんな敵だって負けない。
彼女はJRPGが大好きだった。
かくして店長の前にたった彼女は、予告ホームランをするようにまっすぐその手を伸ばした。
「いい表情だ!!それじゃあルールの確認、そのラインを超えないように輪を投げて私にうまく引っ掛けられたら価値だよ」
「望む所!!」
周囲が見守る中、その瞬間は訪れた。
体をぎりぎりと引き絞った彼女は、目標をきっと見据えて輪を放つ。
それは、黄金率のような素晴らしい曲線を描いて店長へと向かった。
店長はそれに驚くこともなく体を軽く傾ける。
しかしその時、回転して飛ぶ和がありえない変化を見せた。
その進行方向をぐいっと曲げたのだ。
変化球!!
焦ったがもう遅い、店長が体を曲げた先に輪は間違いなく向かっている。
誰もがルーシーの勝利を確認したその時。
店長が体をおって、ぴょんととんだ。
完璧なタイミングで行われたそれは、大きすぎる輪の中を華麗に飛び越えて、着地。
「な、ナナナナナナナンダッテー!!」
悲鳴をあげるルーシーに、店長は勝ち誇った笑みを見せた。
「私は動かないなんて、言ってないからね」
「クソー!!」
縁日の夜に、ルーシーの叫びがこだました。
見事に敗北を喫してしまったルーシーだが、持ち前のポジティブさで早くも元気を取り戻し自己主張を始めた腹を満たすべく縁日を回り始めていた。
何がいいかなぁ、と回っていた彼女が足を止めたのは、フランクフルトの出店。
「フランクフルト!!美味しそうデス」
丁度いいだろうと思ったのだが、残念なことに店主が見当たらなかった。
しかし、どうにも諦めきれなかった彼女は。
「自分で焼いてもいいデスかネ?」
なんてことまで考え始めたのだ。
なぜか出店は準備がしっかりと整っているのだから、これで食べれないというのは非常にもったいない。
彼女はそう思って、店の内側にこっそり入ろうとしたところで。
「外人さんはアグレッシブだね!!」
後ろからそんな声をかけられた。
「はウアっ!?」
後ろめたいことをやっていた彼女はビクンと体を震わせて動きを止め、背後に向き直った。
二人の少女がにこにこと彼女を見つめてる。
「あ、あの。これはデスネ」
しどろもどろになりながら釈明しようとする彼女に、少女は笑いかけた。
「フランクフルト食べたいんでしょ?」
その言葉にきょとんとして、頷く。
「うんうん、分かるなぁ」
少女もウンウンと頷いた。
それから彼女の体を舐め回すようにじっくりと見て。
「だって、たっぷりと肉が詰まってるもんね。溢れ出しそうで美味しそう。きっと、フランクフルトになったら似合うんだろうなぁ」
なんてことをいうのだが、いまいちその意味を理解することができない。
フランクフルトになる?
何を言っているのだろう、フランクフルト屋さんになれということか。
日本語は難しい。
彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
「うん、あなたがいいね」
いって、少女は彼女に妙なものを向ける。
いつの間にかその姿は変わっていて、ミステリーと思う間もなくそれは彼女に向かって振るわれた。
光も音もない。
けれど変化は急激だった。
まずは足、肉付きのいい足がひとつに溶けて混ざり合って一本の棒になる。
両手も同じように棒のようになると、次は体が変化し始めた。
ぴっちりとしていた服がのっぺりとしはじめ、円筒状の形に変わっていく。
色は茶色くなり、パッツンパッツンの表面に切れ目が入ると周囲に食欲をそそる匂いが広まった。
髪の毛も同じようにより集まって太く茶色く姿を変える。
背中には赤と黄色のボトルがくっついた。
それはまさにウィンナー。
特別大きなフランクフルト。
そう、彼女はジャンボフランク憑き神になってしまったのだ。
「うーん、ジューシーな香りで美味しそう。早速一本、ううん二本ちょうだい?どっちもマスタードたっぷりで!!」
ジャンボフランク憑き神は頷いた。
その答えに彼女は頷いて、近くを通りかかった母娘を手招きするとその股間から両うでの串をそれぞれ突き立てる。
その瞬間二人の体は起立したようにまっすぐになった。
手足は癒着するように曖昧になり、体の表面がのっぺりとなっていく。
色合いは艶やかな茶色に変わり、切れ目が入って香ばしい匂いが周囲に漂った。
すぐにも肉汁が滴り始める。
綺麗に焼きあがったジャンボフランクに、背後から取り出したマスタードをたっぷりと掛けて。
「デキタヨ!!」」
彼女はそのままジャンボフランクとなった腕をそのままお社憑き神に差し出した。
「いっただっきまーす!!もう一本は持ち帰りでいいわ」
腕にそのままかぶりついたお社憑神を愛おしそうに眺め。
もう一本のジャンボフランクを腕ごと切り落として渡した。
取り外されたジャンボフランクは持てる大きさにまで小さくなる。
そして腕の串はすぐにもとの長さにまでもどった。
「んー、おいしい!!」
満足そうな声を上げて、お社憑き神は至福のときを味わっていた。
それに始めての危機が訪れるのは、もう少し後のことである。
5の少し前の話になりますね。
フランクフルトにはマスタードたっぷり派です。
「おーう、ニッポンの服は小さいデスネー」
店で一番大きな服を試着してみてもオーバーサイズな彼女にとってはかなり窮屈だ。
特に太っているわけではないのだが、いかんせんもとの身長が大きすぎるのだ。
「これはちょっと、窮屈そうですね」
試着室から出てきた彼女を見上げながら、店員は半分呆れ半分驚きを込めてそういった。
本人としてはちょっとどころではないので適当に笑いながらそれを返すことにしたのだった。
フランシスカ・ルーシー。
日本に留学中の女子大生である。
驚くべきは2mに届こうかというその身長で、街中にいても頭ひとつ抜けて見えるほど。
注目されるのには慣れていたが。
「うーん、すけベェな視線デス」
窮屈な服を着ているせいでよりボリュームがあるように見える胸をジロジロとみられるのは、あまりいい心地ではなかった。
こちらに盛ってきていた服も大分古くなったので新しいのを買おう思っているのだが。
「どこに言っても、合うのがないデスね」
どうして日本人はこんなに身長がひくんだろう。
なんて思いながら、かろうじて切れる状態のシャツをパッツンパッツンに張って、暑い夏の街中を歩くのだった。
結局、いろいろ歩きまわってはみたもののめぼしいサイズの服は見つからず行く文化小さいサイズでかろうじて切ることが出来るものを見繕うにとどまった。
母に連絡して送ってもらおうか、などと考えながら歩いていると。
ドーン、と花火の音が聞こえてきた。
夏の時期に鳴り響く花火の音と、にぎやかな夏祭りは、彼女がこの国に留学しようと思ったきっかけだ。
「オオ、お祭りデスネ」
表情をほころばせて、その音に誘われるようにふらふらとそちらへと向かっていく。
朝から出歩いていたはずだが、気づけば時間は昼を過ぎ夕方になろうかとしている。
夏の昼が長いとはいえ、時期に暗くなるだろう。
道に並ぶ街灯には明かりがつき始め、道路を行き交う車もヘッドライトに光を入れている。
徐々に暗くなっていく世界の中で、赤々と光る提灯が照らし出す屋台の列は、ひどく幻想的に見えたのだ。
「オオ~、いつ見ても神秘的デスネー」
そんな景色が大好きで、近くで祭りが行われるたびに出向いていた彼女である。
一目その祭りの規模の大きさを見るや、目を輝かせた。
「オオキイ!!」
手を叩いて喜んだ彼女は、早速その中をまわってみることにした。
出店の割に、店員が少ないことが気にはなったが。
「コレカラデスネきっと」
と、適当に折り合いをつけて歩き出す。
思いの外少ないとはいえ、たくさんの食べ物屋に射的屋や金魚すくいといった遊べる出店まで十分に揃っていたのだ。
「イイ雰囲気デス」
彼女が何よりも気に入ったのは、ここにいる客の誰もが身長が高すぎる彼女のことをジロジロと見ることもなく目を輝かせて祭りを楽しんでいたことだ。
子供のように、といっては語弊があるかもしれないが、誰もが本当に楽しんでいるように見えて。
普段の忙しい日常から解放されたような、そんな印象すら受けたのだった。
「ンー、これは私も遊びマスデス!!」
自分もめいっぱい遊ぼうと決めて、彼女は縁日を回り始めた。
まず訪れたのは金魚すくいだ。
広めの水槽の中をいくらかの金魚たちが悠々と泳いでいる。
「一回ヤルヨ!!」
財布からお金を渡した彼女は、薄い紙のはられたポイを受け取って獲物を定めるべく水槽を睨みつけた。
けれど、どれも元気そうに泳いでいる上にそもそも数が少ないのでポイを近づけるだけで逃げてしまう。
「ムム、少ないヨ!!」
訴訟大国アメリカで生まれ育ったルーシーは、訴訟もじさぬ覚悟で不満を述べた。
対面に座っている店主の女性は、その言葉に。
「ちょっと、少なくなってきたわねぇ」
と頷いて。
ルーシーの隣で金魚すくいに励んでいた二人の少女を手が変化したポイでひょいと掬い上げた。
いつの間にやら二人の少女はポイに乗るサイズにまで小さくなっていて器用に二人纏めて掬い上げたその技術にルーシーは目を丸くする。
「今、追加しますからねぇ」
そういって二人のいきの良い少女をごくんとひとのみにすると。
店主の胸部を形作る金魚鉢の中に、二匹の金魚が現れた。
元気に泳ぎ回る二匹の金魚は金魚鉢の壁をすり抜けて水槽に華麗に飛び込む。
あっという間に二匹の金魚が水槽に現れたのだ。
ルーシーはそれに満足して。
「ウンウン、コレナラきっと救えるネ」
とポイを水につけた。
狙うは今入った二匹、大人しそうな少女だったほうだ。
「動くなヨー……」
気分は狩人、哀れな犠牲者をしっかりと見据えて……
「イマダ!!」
勢い良く手を動かす。
水圧の抵抗を考慮した完璧な角度でポイが水中を高速移動する。
哀れな金魚は未だそれに気づかず、絶体絶命と思われたのだが。
「ああっ!?」
なんとそれを助けるようにもう一匹の活発な金魚がポイに飛び込んで薄い紙を破ってしまったのだった。
「クゥー悔しい!!」
悔しそうな声を上げたが、失敗は失敗。
ポイを店主に返して、彼女は金魚すくいをあとにした。
次に目についたのは、輪投げだ。
「オモシロソウ」
子供たちがたくさん群がっているのが気になって、彼女も覗いてみることにした。
輪を投げるラインが牽いてあって、少し遠いところに店主兼輪投げの杭が自慢気に立っている。
子供たちは輪っかを店主に向かって投げるのだが、店主は自慢気に笑ってそれをくねくねと避けるのだ。
「無理だと思うけど、やるかい?」
彼女を見つけた店主のその挑戦的な言葉に、ルーシーは俄然いきり立った。
「受けて立つヨ!!」
「いい心意気だ!!それじゃあ、輪っかをそのへんから選びな」
店主の言葉に力強く頷いて、彼女は周囲を見回した。
たくさん集まっている子供たち、そしてその後ろでそれを見守っている母親や姉たちの姿がある。
「アレがいいネ」
彼女はその中でも特に背の高い母親を選んだ。
「なるほど、大きい輪を選んだね。なかなか頭を使うじゃないか」
店主の言葉を背に受けつつ、彼女は件の母親の前に立つ。
「力を借りるヨ」
「あらあら、私を使ってくださるの?大丈夫かしら」
やんわりとそういう母親に頷いて。
「任セテ!!」
「うふふ、それでは不束者ですがよろしくお願いします」
自信満々のルーシーの様子に安心したようで、母親は立ったまま前屈するような格好をとった。
ぐにゃりと不自然なほど体が曲がり、つま先に指の先が届くとそれが溶けるようにつながる。
「ちょっと、手伝ってください。恥ずかしいですけど、若くないもので」
頷いて、その体を強引に丸くなるように加工していく。
体がありえない角度に曲がり綺麗な丸を作ると、母親はドンドンその厚みを失っていって輪投げに適した大きな輪になった。
それを軽く振ってみて重さを確かめると。
「イケルっ!!」
彼女は勝利を確信する。
例えるならそう、その心境は伝説の剣を手に入れた勇者のようだ。
いまなら、どんな敵だって負けない。
彼女はJRPGが大好きだった。
かくして店長の前にたった彼女は、予告ホームランをするようにまっすぐその手を伸ばした。
「いい表情だ!!それじゃあルールの確認、そのラインを超えないように輪を投げて私にうまく引っ掛けられたら価値だよ」
「望む所!!」
周囲が見守る中、その瞬間は訪れた。
体をぎりぎりと引き絞った彼女は、目標をきっと見据えて輪を放つ。
それは、黄金率のような素晴らしい曲線を描いて店長へと向かった。
店長はそれに驚くこともなく体を軽く傾ける。
しかしその時、回転して飛ぶ和がありえない変化を見せた。
その進行方向をぐいっと曲げたのだ。
変化球!!
焦ったがもう遅い、店長が体を曲げた先に輪は間違いなく向かっている。
誰もがルーシーの勝利を確認したその時。
店長が体をおって、ぴょんととんだ。
完璧なタイミングで行われたそれは、大きすぎる輪の中を華麗に飛び越えて、着地。
「な、ナナナナナナナンダッテー!!」
悲鳴をあげるルーシーに、店長は勝ち誇った笑みを見せた。
「私は動かないなんて、言ってないからね」
「クソー!!」
縁日の夜に、ルーシーの叫びがこだました。
見事に敗北を喫してしまったルーシーだが、持ち前のポジティブさで早くも元気を取り戻し自己主張を始めた腹を満たすべく縁日を回り始めていた。
何がいいかなぁ、と回っていた彼女が足を止めたのは、フランクフルトの出店。
「フランクフルト!!美味しそうデス」
丁度いいだろうと思ったのだが、残念なことに店主が見当たらなかった。
しかし、どうにも諦めきれなかった彼女は。
「自分で焼いてもいいデスかネ?」
なんてことまで考え始めたのだ。
なぜか出店は準備がしっかりと整っているのだから、これで食べれないというのは非常にもったいない。
彼女はそう思って、店の内側にこっそり入ろうとしたところで。
「外人さんはアグレッシブだね!!」
後ろからそんな声をかけられた。
「はウアっ!?」
後ろめたいことをやっていた彼女はビクンと体を震わせて動きを止め、背後に向き直った。
二人の少女がにこにこと彼女を見つめてる。
「あ、あの。これはデスネ」
しどろもどろになりながら釈明しようとする彼女に、少女は笑いかけた。
「フランクフルト食べたいんでしょ?」
その言葉にきょとんとして、頷く。
「うんうん、分かるなぁ」
少女もウンウンと頷いた。
それから彼女の体を舐め回すようにじっくりと見て。
「だって、たっぷりと肉が詰まってるもんね。溢れ出しそうで美味しそう。きっと、フランクフルトになったら似合うんだろうなぁ」
なんてことをいうのだが、いまいちその意味を理解することができない。
フランクフルトになる?
何を言っているのだろう、フランクフルト屋さんになれということか。
日本語は難しい。
彼女は曖昧な笑みを浮かべた。
「うん、あなたがいいね」
いって、少女は彼女に妙なものを向ける。
いつの間にかその姿は変わっていて、ミステリーと思う間もなくそれは彼女に向かって振るわれた。
光も音もない。
けれど変化は急激だった。
まずは足、肉付きのいい足がひとつに溶けて混ざり合って一本の棒になる。
両手も同じように棒のようになると、次は体が変化し始めた。
ぴっちりとしていた服がのっぺりとしはじめ、円筒状の形に変わっていく。
色は茶色くなり、パッツンパッツンの表面に切れ目が入ると周囲に食欲をそそる匂いが広まった。
髪の毛も同じようにより集まって太く茶色く姿を変える。
背中には赤と黄色のボトルがくっついた。
それはまさにウィンナー。
特別大きなフランクフルト。
そう、彼女はジャンボフランク憑き神になってしまったのだ。
「うーん、ジューシーな香りで美味しそう。早速一本、ううん二本ちょうだい?どっちもマスタードたっぷりで!!」
ジャンボフランク憑き神は頷いた。
その答えに彼女は頷いて、近くを通りかかった母娘を手招きするとその股間から両うでの串をそれぞれ突き立てる。
その瞬間二人の体は起立したようにまっすぐになった。
手足は癒着するように曖昧になり、体の表面がのっぺりとなっていく。
色合いは艶やかな茶色に変わり、切れ目が入って香ばしい匂いが周囲に漂った。
すぐにも肉汁が滴り始める。
綺麗に焼きあがったジャンボフランクに、背後から取り出したマスタードをたっぷりと掛けて。
「デキタヨ!!」」
彼女はそのままジャンボフランクとなった腕をそのままお社憑き神に差し出した。
「いっただっきまーす!!もう一本は持ち帰りでいいわ」
腕にそのままかぶりついたお社憑神を愛おしそうに眺め。
もう一本のジャンボフランクを腕ごと切り落として渡した。
取り外されたジャンボフランクは持てる大きさにまで小さくなる。
そして腕の串はすぐにもとの長さにまでもどった。
「んー、おいしい!!」
満足そうな声を上げて、お社憑き神は至福のときを味わっていた。
それに始めての危機が訪れるのは、もう少し後のことである。
5の少し前の話になりますね。
フランクフルトにはマスタードたっぷり派です。