マット憑き神の仕業だ!!
この学校の体操部のエースといえば、はいったばかりの一年生だって知っている有名人だ。
文武両道容姿端麗その上家まで金持ちという、絵に書いたような完璧超人。
性格も優しいというのだから、まったくもって非の打ち所が無い。
西島茜の名は、それくらい有名だった。
短い髪に汗を散らせて、その日も茜は練習に励んでいた。
エースでいる秘訣は誰よりも練習すること。
彼女はそう信じ、それを実践している。
日がくれて、学校からほとんど人がいなくなる時まで彼女はずっと練習を続けるのだ。
しかし、彼女のために体育館を占めないというのも迷惑だ。
だから彼女は人知れず、一人で練習できるところを見つけていた。
学校から少し離れたところにある、第二体育館。
普段使われることのない古びたそこは、練習にはもってこいだったのだ。
激しく動き、じっとりと汗をかく。
疲れを感じてマットに倒れこめば、仄かな冷たさが心地いい。
「よし、もうひと頑張り!!」
もう少しだけ練習しようと飛び起きた彼女の背後から、声が聞こえた。
「ガンバルネ」
驚いて振り返り、そこに居た姿に再び驚く。
そこに居たのは、なんと言っていいのだろうか。
顔の生えたマット、とでも言えばいいのだろうか。
いままで彼女が練習に使っていたマットが起き上がり、こちらを見ていたのだ。
「え、なに!?」
驚く彼女に、マットは微笑みかける。
「私モ、マット遊ビシタイナァ」
これは一体何の冗談かとはてなマークを浮かべる彼女の前で、マットはくるりと己の身を丸めた。
太い円柱のような形になったマットは、そのまま彼女に向かってゴロゴロと転がってくる。
「転ガルのは、得意ダヨ」
あっという間もない出来事、虚を突かれて動く、逃げるということすら頭に浮かばなかった彼女は何も出来ないまま丸まったマットにひかれてしまった。
すると、なんとも不思議なことに、彼女の体がのし棒で伸ばされるようにピローンと平らになってしまったのだ。
「え、なんで私。平になってるの!?」
驚き、声を上げるがどうしようもない。
彼女の体は、一切動かないのだ。
「アハハー、コロコロー」
通り過ぎたマットは再び反対に転がって戻ってきた。
何度も何度も彼女の上を転がって往復する。
そのたびに彼女の体は薄く伸ばされていき、気づけばマットと同じ大きさ厚さにまでなってしまっていた。
(私、マットになっちゃったの?)
考えることはまだできた、けれどもう何も語ることはできない。
なぜなら彼女はマットになってしまったからだ。
「フゥ、楽シカッタ」
ひと通り転がったマットは、満足したような声を上げた。
(戻れる!?)
と期待したのだが。
「オ片ヅケオ片ヅケ」
そんなことはなく、マットの手によって彼女の体は綺麗に折りたたまれてしまう。
そして、そのまま体育倉庫に放り込まれてしまったのだ。
(ああ、誰か助けて・・・)
薄れ行く意識の中、彼女は助けを求めていた。
次の日、体育の授業があった。
今日のメニューはマット体操だ。
生徒たちはその準備に、ブツクサと言いながら体育倉庫からマットを取り出して並べる。
その中に、一際カラフルなマットがあった。
肌色や黒、更には体操のレオタードのような模様まで付いている。
そんな異様なマットに、誰も違和感を抱かず。
今日もめんどくさそうにその上で汗を流すのだった。
誰にも聞こえない、想像すらしない。
マットが、悲鳴を上げているだなんて。
(止めて、私人間だよ。転がらないで、汗を染み込ませないで!!)
マットになっても尚、西島茜は己の意思を保っていた。
己は人間であると感じていた。
だというのに、誰も気づかない。
彼女の上で飛んだりはねたり、時には寝そべって休憩したりしているのだ。
けれど彼女の中には、それを愛おしく思う意識も生まれ始めていた。
その日の授業は終わり、彼女は他のマット共にたたまれて体育倉庫にいれられた。
それから毎日のように彼女は誰かに転がられる日々を送ることになったのだ。
(ケガシナイヨウニネ、アブナイヨ)
そしていつの間にか彼女は、マットになっていた。
こころ、その精神までも。
自らの上で遊ぶ者たちを愛おしく思い、その安全を願う。
少し前からは想像も出来なかったことだ。
染み込む汗すらも、愛おしい。
それから、いくらの時がたっただろうか。
彼女はひとつの思いに支配され始めていた。
(私モ、遊ビタイ)
マットで転がって遊びたい。
そう、かつてのように。
かつてであった、あのマット憑き神の様に……
おそらくその日はやがて、来るのだろう。
そう、遠くない内に。
というわけで縁日事変以外の憑き神です。
文武両道容姿端麗その上家まで金持ちという、絵に書いたような完璧超人。
性格も優しいというのだから、まったくもって非の打ち所が無い。
西島茜の名は、それくらい有名だった。
短い髪に汗を散らせて、その日も茜は練習に励んでいた。
エースでいる秘訣は誰よりも練習すること。
彼女はそう信じ、それを実践している。
日がくれて、学校からほとんど人がいなくなる時まで彼女はずっと練習を続けるのだ。
しかし、彼女のために体育館を占めないというのも迷惑だ。
だから彼女は人知れず、一人で練習できるところを見つけていた。
学校から少し離れたところにある、第二体育館。
普段使われることのない古びたそこは、練習にはもってこいだったのだ。
激しく動き、じっとりと汗をかく。
疲れを感じてマットに倒れこめば、仄かな冷たさが心地いい。
「よし、もうひと頑張り!!」
もう少しだけ練習しようと飛び起きた彼女の背後から、声が聞こえた。
「ガンバルネ」
驚いて振り返り、そこに居た姿に再び驚く。
そこに居たのは、なんと言っていいのだろうか。
顔の生えたマット、とでも言えばいいのだろうか。
いままで彼女が練習に使っていたマットが起き上がり、こちらを見ていたのだ。
「え、なに!?」
驚く彼女に、マットは微笑みかける。
「私モ、マット遊ビシタイナァ」
これは一体何の冗談かとはてなマークを浮かべる彼女の前で、マットはくるりと己の身を丸めた。
太い円柱のような形になったマットは、そのまま彼女に向かってゴロゴロと転がってくる。
「転ガルのは、得意ダヨ」
あっという間もない出来事、虚を突かれて動く、逃げるということすら頭に浮かばなかった彼女は何も出来ないまま丸まったマットにひかれてしまった。
すると、なんとも不思議なことに、彼女の体がのし棒で伸ばされるようにピローンと平らになってしまったのだ。
「え、なんで私。平になってるの!?」
驚き、声を上げるがどうしようもない。
彼女の体は、一切動かないのだ。
「アハハー、コロコロー」
通り過ぎたマットは再び反対に転がって戻ってきた。
何度も何度も彼女の上を転がって往復する。
そのたびに彼女の体は薄く伸ばされていき、気づけばマットと同じ大きさ厚さにまでなってしまっていた。
(私、マットになっちゃったの?)
考えることはまだできた、けれどもう何も語ることはできない。
なぜなら彼女はマットになってしまったからだ。
「フゥ、楽シカッタ」
ひと通り転がったマットは、満足したような声を上げた。
(戻れる!?)
と期待したのだが。
「オ片ヅケオ片ヅケ」
そんなことはなく、マットの手によって彼女の体は綺麗に折りたたまれてしまう。
そして、そのまま体育倉庫に放り込まれてしまったのだ。
(ああ、誰か助けて・・・)
薄れ行く意識の中、彼女は助けを求めていた。
次の日、体育の授業があった。
今日のメニューはマット体操だ。
生徒たちはその準備に、ブツクサと言いながら体育倉庫からマットを取り出して並べる。
その中に、一際カラフルなマットがあった。
肌色や黒、更には体操のレオタードのような模様まで付いている。
そんな異様なマットに、誰も違和感を抱かず。
今日もめんどくさそうにその上で汗を流すのだった。
誰にも聞こえない、想像すらしない。
マットが、悲鳴を上げているだなんて。
(止めて、私人間だよ。転がらないで、汗を染み込ませないで!!)
マットになっても尚、西島茜は己の意思を保っていた。
己は人間であると感じていた。
だというのに、誰も気づかない。
彼女の上で飛んだりはねたり、時には寝そべって休憩したりしているのだ。
けれど彼女の中には、それを愛おしく思う意識も生まれ始めていた。
その日の授業は終わり、彼女は他のマット共にたたまれて体育倉庫にいれられた。
それから毎日のように彼女は誰かに転がられる日々を送ることになったのだ。
(ケガシナイヨウニネ、アブナイヨ)
そしていつの間にか彼女は、マットになっていた。
こころ、その精神までも。
自らの上で遊ぶ者たちを愛おしく思い、その安全を願う。
少し前からは想像も出来なかったことだ。
染み込む汗すらも、愛おしい。
それから、いくらの時がたっただろうか。
彼女はひとつの思いに支配され始めていた。
(私モ、遊ビタイ)
マットで転がって遊びたい。
そう、かつてのように。
かつてであった、あのマット憑き神の様に……
おそらくその日はやがて、来るのだろう。
そう、遠くない内に。
というわけで縁日事変以外の憑き神です。